第11話 すぐそばにある真実
「ジョイ、聞いて。すごいんだ。僕は初めて幸せになれると思った。明るい未来ってあるんだね! 僕には母と父がいたんだ。ジョイが言った通りだ。愛情は見えないこともあるんだ。母さんに教えてあげたい。陛下は、父さんは優しい人だった」
興奮して執事に話しているロイ。幼い子供が親に報告をするようだ。きっとジョイと言う執事は父親代わりだったのだろう。何事も上手く事が進み、心の枷がなくなり喜びに浮かれていた。注意力も散漫だったと思う。
「良かったですね。本当に良かった。リアム様も空から喜んでおります。さぁ、落ち着いてお座りください。お茶をお持ちします。このジョイに、ゆっくり聞かせてください」
中年執事のジョイが穏やかな表情で語りかける。ロイは沢山の愛に守られてきたのだ。少人数ながら愛情のある人たちに囲まれている。茶の準備をしに下がったジョイがロイに声をかける。
「ロイ様、少し手を貸していただけますか?」
「うん。いいよ」
そんなやり取りにも安心しきっていた。席を立つ楽しそうなロイを眺める。この居室は安心できる。そう思っていた。
ドアでロイを呼んだジョイ。ドアまで歩いて向かったロイ。その様子を見ていた。が、ドアでジョイと向き合ったロイが、崩れ落ちる。一瞬何が起きたか、分からなかった。
「え? ジョイ、何、で……」
床にどさりと倒れたロイがポツリと疑問の言葉を放つ。何が起きたのか、混乱する。
「はぁ? え?! ロイ! おい、何をした?! 衛兵!!」
目の前の光景が信じられず怒鳴り声を上げていた。倒れたロイから床に染み出る血液。穏やかな笑いを浮かべた使用人ジョイ。手には血の付いた料理包丁。すぐにジョイの手から包丁を蹴り落とす。その拍子に壁まで吹き飛ぶジョイ。手加減なんてできなかった。ジョイはすぐに他の使用人と警備兵に取り押さえられる。ロイは床に横たわり起き上がれない。
「ロイ! しっかりしろ。今、アドレアの医師が来る。大丈夫だ」
そう言いながら、腹部の中心にある刺し傷を押さえる。手が震える。出血が激しい。目を閉じて薄く唸り声を出すロイ。話そうとするな。
「あなただけ幸せな結末なんて、あるはずないでしょう」
穏やかなゾッとする声。取り押さえられているジョイの声。
「うるさい! ジョイを確保しておけ! 自害させるな!」
「はっ!」
ジョイのことなど後でいい。それよりロイだ。顔色が白くなってきている。「寒い……」ポツリと溢した言葉と共に意識を失ってしまう。
「ロイ! 死ぬな! 俺を置いていくな!」
「ディモン殿下、どちらですか! 軍医が来ました!」
その場でロイの応急処置が始まる。色々声をかけられた気もするが、ロイ以外、何も分からなかった。
ロイは腹部を深く刺され、刃が胃を貫いていたが心臓ではなかったために一命をとりとめた。内臓を痛めて絶対安静のため、リーベント滞在が延長になった。アドレアでロイの身長が伸びて良かった。ジョイは今より十センチ以上背が低かったころのロイのイメージが強く、心臓一突きを狙ったようだが実際は腹を刺していた。ジョイはそのまま王城地下の幽閉牢に入れられた。
ロイは翌日には目が覚めた。助かったことに神に感謝を捧げた。胃の損傷を手術で縫合しているため、痛み止めと鎮静剤を持続的に身体に投与している。ぼんやりと覚醒して、何も言わず薄っすらと涙を浮かべ、また寝入る。その繰り返し。リーベント国王以外はロイと面会させていない。リーベントの全てが信用できず、俺たちは浮遊移動車内で過ごしている。周囲はアドレア兵で完全に警護。軍用移動車の人感知センサーで侵入者警報を鳴らし警戒している。リーベント国王からは滞在中の安全が守れず申し訳ない、と謝罪された。この件についてはアドレア国王が返事をする旨を伝えた。今回は俺が国王名代で訪問している。そしてアドレア王家の勲章を着けた者が襲われたとなると国家間の大きな問題だ。俺の手に負える事ではない。そんな政治的な事より、目の前のロイだ。一言も言葉を言わず、大泣きもしない。わずかに見える感情は、ジワリと浮かぶ涙だけ。ロイの心を支えるには、まず俺がジョイと話す必要がある。だが、今会えば怒りで殺してしまいそうだ。向き合う自信がない。
「ディモン殿下、リーベント国王の訪室です」
今日も来たか。
「通していい」
「かしこましりました」
ロイの怪我から三日。ここ数日、立て込んでいるはずなのに必ず顔を出す。
「ディモン王子殿下。ロイはどうでしょうか?」
顔色の悪いリーベント国王。そりゃそうだろうな。
「変わりないですね。そちらはジョイの事は分かりましたか?」
「ジョイ本人は黙っておりますが、出身から調べがつきました。ジョイは元子爵家の長男であった。前国王時代に貴族賭博で粛清された者だった。この国は平和なのです。変わらない風景に変わらない文化。刺激もなく国民の鬱憤が貯まりやすい。定期的に貴族や王族の粛清や不幸をまき散らし、好奇の目に晒して鬱憤晴らしにしてきた歴史があります。恥ずかしい話ですが国民感情を操るために必要な事でした」
「なるほど。陽動を避けるためですか」
「何の罪もなく粛清されていく貴族や王族もあった。ジョイの父は賭け賭博で人身売買を行ったとして粛清されている。真実かは今では分からない。貴族の称号剥奪と財産没収。一市民として領地外に追放。その後の記録は残っていなかったが、ジョイは一般家庭に養子に出て、成人と共に一市民として城勤めに来ている。働きは有能で地道に出世しておった。ロイたちの世話係も快く引き受けてくれた。貴族との繋がりもなく信用できる者だと思っていた。ロイとリアムを支えてくれていると思っていた。リアムへ毒を盛ったのは第一公妾ではなくジョイだったかもしれん。それも突き詰めてこれから調べていく。アドレア国王子殿下にこのような国内の恥を見せて申し訳ない。我々リーベントは変わるべき時に来ているのだと思う。人の不幸で成り立つ国など、いつか滅びる」
「あなただけ意識を変えても、逆に周囲から粛清されてしまうでしょうね」
「今回の件、真相を広く国民に広める。この国はこのままでいいのか、国民意識に問うていく。人の不幸を笑えば恨みを買う。どこかでそれが返ってくる。それを皆に知って欲しい。王位継承権を復帰させる弟たちも、好奇の目にさらされ苦しい思いをした者たちだ。きっと協力してくれる。少しずつリーベントを変えていく努力をする。どうかアドレア国から温かく見守っていてはくれないだろうか。ロイはわが国には置いておきたくない。意識改革を行うならば、危険すぎる。これまでもロイには苦しい思いをさせすぎた。ロイは貴殿にお任せしたい。お願いできますか?」
ジョイもこの国の犠牲になった一人か。許せないが話をしなければロイが後悔するだろう。真実を知ることが大切か。
「ロイは俺が生涯をかけて大切に幸せにします。私のもとにロイを連れて行きます。国王陛下、ジョイと会うことはできますか? ロイのために、ジョイの事を知っておきたい」
「いつでも」
「では、ロイが寝ているうちに」
王城地下牢。緊急拘束用幽閉室。地下牢といっても大昔のような湿った土壁のような牢獄ではない。窓がない一部屋。一面だけ全て鋼鉄の檻で覆われた洋室。一室内にデスク、椅子、ベッドと隅にトイレ。他には何もない。全て監視できる部屋。檻の外に椅子を用意されていた。鋼鉄の檻を挟んでジョイと対面する。
「ロイに嫉妬でもしたか?」
正面で黙っているジョイに問いかける。思ったより落ち着いて向き合えることに安堵した。
「ロイが弓で射られた時、これだけ広大にアドレアと隣接しているリーベント領地で第一王子トーマスがロイを見つけられたのは、誰かの入れ知恵があったからだと思う。ロイがアドレアに行くなら、決められたルートがあったからではないか?」
ロイには「この道しかない」と刷り込みがされていたのではないのか。そうすれば待ち伏せも簡単だ。
「良く分かりましたな。アドレアへの道には第一王子。他二国への逃避道には第二王子、第三王子に知らせておりました。狙うなら国境手前と決めていました。国外で慎ましく生きる夢をみる母子が、夢実現の手前で命を落とす。その姿を思い浮べるのが私の楽しみでした。王妃と公妾は扱いやすかったので協力させるのは簡単でした。権力と欲だけの人間は扱いやすいものです」
無表情で俺を見て話すジョイ。これが本当の素顔か。
「ロイの母に毒を盛ったのはお前か」
「第一公妾が手に入れてくれたので、飲ませるのは簡単でしたよ」
「ロイたちに復讐して何の得がある?」
「ありますとも。私の子を王に出来たかもしれない。この憎らしい王家の血筋を絶やすことが出来たかもしれないのに」
「お前の、子?」
「第一王子のトーマスは私と王妃の間に出来た子だ。他の子は貴族の若造の子だが。夜伽があるのに子が出来ず、悩み苦しむ王妃に付け入るのは簡単だった。貴族のしがらみがない私だからこそ、秘密を守れる者として皆が安心して信用した。国王もそうだ。王族貴族でない事、これがこの国では一番の信用さ! 笑える話だ!」
言い返してやりたいが、国王の話を聞いた後では何も言えない。その通りだと思う自分もいる。
「私の父は賭博など一度もしていない。貴族の付き合いが苦手で田舎でゆっくり生きていた。それが叩くのにちょうどいいとされたんだ! こんなバカな話があるか! 真面目に生きれば損をする。食べるのに困る生活を知っているか? 本当の困窮を知っているか? 野良犬の味を知っているか? 昨日まで貴族として生きてきた者が耐えられると思うか!」
ジョイが見せる激しい感情を正面から受け止める。見えないところで聞いている国王陛下にも届いているだろう。
「そうか。では、ロイに、ロイの母にその怒りをぶつけるのは正しかったか?」
俺の一言にジョイが静止する。
「恨みと怒りをぶつける相手は、ロイだったか? ロイはお前を信じて必死に生きて来たではないか。ロイの母は苦境に歯を食いしばり生きて来たではないか。その者たちを殺めて、すっきりしたか? ロイがいなくても、ロイの母がいなくても、王家は続いていく。お前がしたことに、何の意味がある?」
ハッとしたように俺を見つめるジョイ。
「お前の人生には同情の余地がある。だが今となっては、ただの八つ当たりだ。罪を犯したからには全てはただの言い訳だ。お前は、少しも救われる瞬間がなかったか? 憎しみが薄れる瞬間が無かったか? 十五年もロイと、ロイの母といて心が休まる時間が無かったか? ロイの母は殺されるべき存在だったか?」
椅子に座ったままガタガタと震えているジョイ。
「この先は、リーベント国王の裁きに任せる。生涯をかけて罪に向き合え」
ジョイの死罪は免れないだろう。全てはリーベント国王に権限がある。ジョイの本心が見えただけでいい。
牢から立ち去るときに、廊下に泣き声が響いていた。
ロイの傷の縫合部が一週間で抜糸できた。ロイが安静にしていたおかげで傷の治癒が早かった。抜糸のタイミングでリーベント国から出国した。
リーベント国の元王子王女は王家からの除籍とはなったが、母実家の貴族の一員としての地位に落ち着いた。元王妃と元公妾は王城への登城禁止と政治的介入禁止の処分となったが、これまでのリーベントでの没落貴族扱いよりはるかに寛容だった。ジョイは処刑となった。ジョイの息子のトーマスは、ロイを射貫いたのは狩りの最中の事故と言い張った。その件に関しては王子時代の事故として処理された。これまでのリーベントなら面白おかしく吊るし上げて袋叩きにしていただろう。しかし、淡々と事実が広められただけで国民感情を刺激することは無かった。このことが不満を高めるか改革の一歩となるか、リーベント国王の手腕に期待したい。
ロイはリーベント国からの「親善大使」という名目でアドレア永住権を得た。生涯をアドレアで過ごすことが可能だ。こうしておけば、リーベント国籍も残せるためいつでも帰国できる。ロイは母の墓参りに行きたいだろう。リーベント国王はロイに時々は会いたいだろう。
アドレアに戻って一か月。ロイは傷が時々痛むようでほとんどを安静に過ごす。クッキーも焼かない。キッチンに立たない。リーベントの事は一言も聞かないから話題にしていない。目を背けたいわけではないだろう。どうしても気持ちが向かないだけだ。いつかロイが向き合う気になったら、ゆっくり伝えていこう。口数少なく静かに過ごすロイに寄り添うように日々を過ごしている。アドレア主城には「ロイ様はお元気ですか?」「ご病気ですか? お店はいつ再開しますか?」といったロイ宛の国民からの手紙が届いている。ロイの心に届けばいいが、今は一通も目を通さず保管されている。
もうじき誕生日が来る。ロイの誕生日の一か月後には俺の誕生日。誕生日の後にはアルファの発情期。重傷を負ったロイに相手はさせられない。父王や貴族アルファにも協力依頼をして、発情期は鋼鉄の地下牢に閉じ込めてもらうことにした。それで俺が死んでも構わない。ロイを苦しめるよりいい。アルファとして国に十分功績も残した。発情期に耐えられず俺が死んだら、ロイはその生涯をアドレアで幸せに過ごせるよう手配してある。今ならリーベント国王の気持が分かる。抱きしめ合うばかりが愛じゃない。見守ることと幸せを願うことが最大の愛だと分かった。ロイの今後の人生を思い、幸せな笑顔を思い浮べる事、それを守る事が何よりの喜びだ。本当は今後もロイと生きて行きたい。ロイの傍に俺が居たい。そっとロイの髪を撫でて銀の髪にキスを落とす。
山の集落のオババが急に訪ねて来た。集落の数人と浮遊移動車で三日かけて城に来た。浮遊移動車が無いと子供たちが学校に行けないだろう。驚いて代用車の手配をすぐに行った。通常は王族に謁見する場合、十分なアポイントをとり内容申請するのだがオババには通じない。門のところで「ロイ王子に、シロに会わせろ。オババが来たと言え」と騒ぐ婆さんがいます、と報告を受けて慌てて城内に通した。オババらしくて笑いが漏れる。付き添いの三人は城に驚き恐縮しまくっている。
「シロが怪我したらしいと聞いてな。なかなか集落まで情報が来ないし、街じゃロイ殿下が死にかけているって噂だし、居てもたってもおられんかった」
「オババ、すまなかった。ロイはリーベントで腹を刺された。噂通りの重症だった。傷はふさがったが気持ちが持ち直していない」
「そうですか。可哀そうに。身体は元気になっているんですかね?」
「動くときの痛みがどの程度か分からないが、負傷から一か月経過しているから傷はもう塞がっている」
歩きながら説明した。
部屋にオババと集落の三人を通す。窓際の椅子に座りぼんやりしているロイ。それを見て、すたすたと近づくオババ。「おい、オババ」声をかけるが、次の瞬間、オババがスパーンとロイの頭を叩いた。
「え? いったぃ……」
驚いてオババに視線を向けるロイ。俺もびっくりしてロイを守るように間に立つ。
「オババ! 何をする!」
「ディモン殿下は少し下がっていてくださいな」
「シロ、お前、生きてるんなら働かんか! ケガも治っとるだろうが! 甘えるんじゃない!」
あまりの剣幕に皆がぽかんとオババを見る。
「タダ飯食うな! 誰かに世話してもらって生きるんじゃない。生きているなら、誰かのために何かをしなくちゃいかん。大切な人のために生きるんだよ。自分だけの人生になるな。そんなつまらん生き方をするな」
オババを見たままロイがポツリと言葉を溢す。
「タダ飯……」
「そうじゃ。お前は誰のために生きている? 自分のことしか出来ん赤子になるな」
「オババ……」
「やることがあるじゃろうが! あたしに飯を作る約束はどうした!」
はい? とてもいい話をしてくれているのかと感動した俺がバカだった。このクソババアと心で呟く。じっとオババと俺を見ていたロイが小さく笑い出す。
「あはは。そうだね。そうだった。待っていて。簡単な軽食でいいかな?」
「いや、ロイ。侍女に何か持ってこさせるから」
「シロがやればええ。ココまですっ飛ばしてきたからな。しっかり食ってないわ」
「ディー、僕が少し作るけど、足りないと思うから何か持ってきてもらって」
椅子から立ち上がるロイ。一瞬動きを止めて腹部に手を当てる。
「やっぱり立ち上がる時にほんの少し痛む」
「そんなもん、動かんから痛むんだよ。動いていないと傷の回復も遅くなるわ」
これには俺が驚く番だった。
「オババ、医者と同じことを言う。俺は無理に動かなくていいと思っていたが」
「これでも医者の端くれだよ。あの集落で一人の医者だからな。シロの肩もあたしが診たんだ」
「人は見かけによらないね、ディー」
「こりゃ! この、アホのシロ!」
あはは、と小さく笑うロイ。オババが来て良かった。部屋の中が明るくなった。
恐縮しまくっていた集落の付き添いの者たちも、一緒に食事をして徐々にいつもの調子に戻った。「シロが生きていて良かった」「本当に心配したんだ」「子供たちは、学校なんかどうでもいいからシロの様子を見てきてって送り出してくれたよ」そんな言葉を聞き、ロイが泣いた。
集落の様子を聞いて、話をして笑うロイ。嬉しかった。腫れ物を触るように見守っていたが、オババの荒治療は効果抜群だった。
オババたちは城の客室に宿泊してもらった。丁重にもてなすように指示をした。明日は城周辺の街に散策に行ってもらう。城の使用人数名に案内を頼んだ。オババたちはそのまま帰路につく予定。見送りは良いから、遊びに来いと言われた。ロイは笑顔で快諾していた。
夜になり二人でソファーに座りゆっくり過ごす。
「ロイ、疲れただろう」
「うん。体力が落ちている。少し動かないとダメだ」
オババの言葉を思い出し二人で顔を合わせて笑った。
「僕は大切な事を忘れていた。ディーと居られることに、生きていたことに感謝をしなきゃ。ディー、大好きだよ」
ロイが俺の首にしがみつく。右手が首まで届かず肩に乗せられる。
「傷は痛むか?」
「大丈夫だよ。明日から動くぞ。僕が今、生きている場所はディーの隣だ。アドレアで生きる道を、僕がディーと生きる道を見つけるぞ!」
あぁ、やっぱりロイだ。生きることに意欲を見せて笑う笑顔が輝いている。嬉しくて言葉に詰まる。
次の日からロイが城内を散歩し始めた。出会う使用人が嬉しそうに挨拶をする。泣く者もいて、ロイは頬を染めて「胸がいっぱいだ」と呟く。城外からのロイへの手紙も読み始めた。宝物のように一通ずつ胸に抱き締める様子を温かな気持ちで見守った。
一週間すると歩いても息切れしなくなり、見る間に体力が回復した。動くことで筋力が付き、腹部の痛みも無くなってきたとロイが言う。オババの言っていたことは本当だった。そう言えば肩の傷の後も早くから仕事をしていたと聞き、オババは名医なのかもしれないと思った。
城の中庭を散歩している時に、ロイがポツリと尋ねる。
「ジョイは僕を嫌いだったのかな?」
柔らかな風に流されてしまうような一言。
「いや、好かれていたさ。分かっていても人には譲れないものがある。ジョイも色々悩んだ末の行動だったはずだ。人の行動だけでは見えないものがあると思う」
「ジョイは、分かりにくい見えない愛もあるって言っていた。きっと、僕や母への思いが複雑だったのかな……」
「ジョイは自分の不幸に負けたんだ。目の前の幸せに気づけば良かったと思う。負の思いにとらわれて逃げることが出来なかったんだろうな」
「ジョイの不幸って、何?」
「ジョイの親は子爵家だったが無実の罪で処罰された。それからは食べるのにも困る時期があったそうだ。真面目に生きた自分たちが苦しむことに耐えられなかったようだ。その苦しさをバネに生きてきたらしい。王家への復讐を生きる糧にしていた。だが、ロイたちといた時間が楽しかったのも事実だろう。だからこそ葛藤があったはずだ。ジョイが実行しようと思えば、ずっと昔にお前たちを殺める機会があったはずだからな」
半分俺の憶測を含めながら真実を伝える。
「そうなのか。ジョイは苦しかったのかな」
「そうだな。ロイを傷つけたジョイの姿が全てじゃない。お前と共に歩んだジョイも、間違いなくジョイの姿だ」
じっと青空を見つめるロイ。しばらくの沈黙。優しい風が吹かなければ時間が止まっているかのように見えた。
「そうだね。僕は、ジョイを許すよ。だって僕はジョイといる時間はいつも幸せだった」
初夏の風が優しく吹く緑の庭で、ロイが綺麗に咲き誇る大輪の花のように見える。その優しい言葉に涙が零れる。空で聞いているか、ジョイ。お前は間違えたかもしれない。だが、お前は許された。静かに涙するロイを抱き締めて風に思いを馳せた。
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