第10話 ロイ王子は誰のもの?

 リーベントへの訪問が決まった。春になったらディーがアドレア国王名代としてリーベントに行く。貴族アルファ二名と三十名の護衛、そして僕が同行する。きっと浮遊移動車で隊列を組んで行くだろう。リーベントの人は腰を抜かしそうだ。色々考えると胃が痛くなる。そしてちょっと怖い。ディーは「ロイは俺の傍に居ればいいよ」とだけ言う。きっと僕に想像できないことを画策している。でも、できたら僕はリーベントに行きたくない。足を踏み入れたくない。考えると気持ちが沈む。

「ロイ、次のクッキーは焼かないの?」

 ディーの声にはっとする。一回目のクッキーが焼き上がってボーっとしていた。

「うん。そうだった」

 次のクッキー生地を乗せた鉄板をオーブンにセットする。

「最近ボーっとするね。もうじきリーベントに行くから?」

「うん。僕は死んでいることにしてほしかった」

「ロイに負担をかけるけれど、今度は俺がついているから」

 この話になるとキリッとした眉が下がるディー。分かっているんだけどね。陽射しが温かくなりはじめた空を見つめて、ため息をつく。


 まだ寒さが残る春上旬。

「では、リーベントに向けて出発!」

 ディーの号令とともに軍用浮遊移動車五台と王族用の豪華仕様移動車一台。高速移動でリーベント首都まで五日、滞在が五日、帰路に五日の計十五日。友好のための視察。万が一を考慮し二週間は移動車で全員が過ごせるだけの装備ができている。僕は命を狙われたから正直リーベントが怖いし信用できないと思っている。僕だけなら、まだいい。あの悪意がディーに向いたら嫌だ。ディーが毒を盛られたら、ディーに矢が刺さったら、そう思うと心臓が凍えるような恐怖を感じる。それをディーに伝えた。出来るだけリーベントの食べ物は口にしない、万全を期していくと約束してくれた。護衛も精鋭の近衛兵ばかり。貴族アルファの二名は軍部の者。絶対に安全だという万全を期してくれる。僕の不安解消のために。これ以上何もワガママ言えないけれど、不安が付きまとう。怖い。

 アドレアを出るまでは道中気分転換に外の景色を見て、外の風に当たって移動した。でもリーベントに入ってからは外には出ない。景色も見ない。


 静かな夜。ディーが寄り添っている。いつもの安心感。ディーが僕の後ろ首を撫でる。あぁ、噛みたいのか。そっと首をディーに差し出す。出会った頃から変わらないディー。カッコいいディーが時々甘えるようで可愛い。色々思い出してふふっと笑いが漏れる。そっと目を閉じて独特の全身を駆け巡る感覚に備える。けれど。目を閉じて覚悟しているのに、いつものディーの歯が食い込んでこない。どうして? そっと目を開けて振り返る。

 嘘。嘘だ。ディーの額を貫く白い金属の矢。リーベント国の特徴的なボーガンのような洋弓の矢。ディーの、頭に突き刺さっている。目を見開いたまま、動かないディー。

「いやだぁぁぁぁ!! ディー!!!」

 悲鳴。泣き叫んで飛び起きる。滝のような涙を止められない。身体の震え。すぐに飛び起きたディーが僕を抱き締める。

「大丈夫。夢だ。ロイ、俺を見ろ。夢だ」

 呼吸が上手く出来ない。ディーを力いっぱい抱きしめて必死で息を整える。背中を撫でさすり呼吸を落ち着かせてくれるディー。生きている。良かった。本当に夢だ。ディーは、ここにいる。そう確信すると、今度は安堵の涙が流れる。しばらく泣いて、気持ちを落ち着かせる。そうだ、夢だ。また、やってしまった。

「ごめん。夜に何度も起こして。本当に、ごめん」

 しがみついたままディーに謝る。

「気にするな。今度はどこに矢が刺さっていた?」

「頭だ。額だった。動かないディーが怖かった」

「そうか。ほら、どこにも刺さっていないよ? 見てみて」

 僕の手を額に持っていき触って確認させられる。そのままディーの心臓の鼓動を確認する。生きている。心臓の音を聞いて泣けてくる。情けない。これで何回目だ。ディーの睡眠妨害をしている。うぅ~、と泣く僕を優しく包む腕。温かい鼓動。温かいディーを守りたい。失いたくない。死ぬなら僕だけで良い。

 夜間の不眠で移動中はウトウトしながら過ごす。ディーを疲れさせている。申し訳ない。不甲斐ない自分が嫌になる。どうしてだろう。迷惑をかけたくない。ディーの負担になりたくない。言うことを聞かない僕の精神がいやだ。もう、夢を見るな。そう願うのに上手くいかない。言葉にもできず、震える手をそっと隠す。こんな風で僕はリーベントの王城に行けるのだろうか? あの悪意の中で、母がいなくて耐えられるのか。考えるとガタガタ震える手を抑える。どうしよう。どうしたらいい? 頭がごちゃごちゃする。

「ロイ、少し甘いお茶でも飲もう」

 そっと飲み物を出してくれるディー。

「いいよ。ディーが飲んで。僕は、何もいらないよ」

「食欲も落ちている。体調が心配なんだ」

 ディーが差し出す湯気の立つカップ。一呼吸おいて手に取る。カップの温かさに手の震えが止まる。染みこむ熱が腕を伝ってくる。

「あったかい」

 魅力的に見える飲み物。そっと口に運ぶ。優しい甘さ。

「美味しい……」

 コクコクと飲む。程よい甘みに全てを飲み干していた。カップをディーが受け取り、そのまま僕を抱き締めて背中をトントンしてくる。あ、何だろう。心地いい。頭がふわふわする。そのまま優しい眠りに身を任せた。



 ロイに睡眠薬を飲ませた。同行した軍医の処方。リーベントに入る手前から徐々に不安症状が増強した。隠している身体の震え。夜間の悲鳴と覚醒。時には過呼吸症状も混じる。ロイの夢は俺が弓で射貫かれたり毒殺されたり。ロイが抱える不安そのもの。それを知り、愛おしさに胸が締め付けられた。自分の死の恐怖より、俺を失うことへの不安。ロイの中で俺の存在が大きなものになっている。それを知った感動。喜び。愛おしさ。この気持ちをなんと表現していいのだろう。今のロイには休息が必要だ。状態を確認して軍医の同意も得られた。睡眠剤効果は八時間から十時間程度。リーベントに着く前に十分な休息を。頑張ろうな、ロイ。寝入ったロイにそっと話しかける。


 リーベント城に到着。馬車や人力車を使用している自然豊かなリーベント国に巨大な鋼鉄の塊である浮遊移動車の隊列。国民の度肝を抜いた。首都に入ると驚愕と好奇の目線。主城に到着すると近衛兵や城の使用人の緊張と恐怖の視線。城の広い中庭に浮遊移動車を駐留する。ロイは城に入る少し前に目覚めている。十時間は眠り、顔色が良い。起きると食事もよく食べた。精神が疲弊したときは睡眠が大切だ。

 ロイにアドレアの正装を着用させる。首の保護帯は着けない。ロイの正装用保護帯はわざと首後ろが見えるようにデザインしてもらってあり、アドレアなら噛み跡を見せつける意味があるが、リーベントで着ける意味はない。今日の正装は俺と揃いの物。タキシード風の白と黒の服に目立つ赤と金の王族サッシュ。アドレア軍特別指揮官勲章、功績勲章と王家の勲章を装着して完成。ロイは同じ正装にリーベント国の王家の勲章とアドレア王家の勲章。見る者が見れば分かる。両国王家の紋章を着ける意味。アドレア王家勲章は、王家の者と同等の立場を示す。つまり、リーベント国王家からアドレア国王家に嫁いだか養子として王家に迎えられたか。二国の王家の紋章がキラキラと意味ありげに輝く。


 リーベント城内をロイと並んで歩く。白銀のロイの髪が美しい。城に入ると凛と姿勢を正し歩くロイ。決して俺の前に出ない。下がりすぎず半歩後ろ。礼儀をわきまえている。それを見ると一国の王子だと実感する。美しいロイの胸元に光るアドレア王家の紋章に頬が緩む。

 謁見の間に到着する。ドアを開けてあり歓迎の意を表している。

「アドレア国王名代第一王子ディモン・アーサー・アドレア王子殿下でございます」

 入室前にアドレアの付添軍人が声をかける。

「お入りください」

 声に従い入室する。高価なアンティークとゴテゴテした中世風来賓用の謁見室。大理石の机を挟み、正面にリーベント国王、王妃、三人の王子。後ろの椅子に公妾、王女たちと王子。数名の貴族が壁側に整列している。俺とロイが入室すると国王が起立する。それに倣い王妃、王子たちも起立。

「遠いところをようこそおいでくださいました。リーベントとアドレアの友好と繁栄に感謝申し上げる」

 国王の声に頭を下げる王妃王子王女たち。晴れない表情の面々。そりゃそうだろう。目の前のロイを蔑み殺そうとした者たちだ。今、目の前にいるロイは二国の王家の勲章を見に着ける特別な存在。少しでも無礼があればアドレアに敵意を成したことになる。これで滞在中ロイへの手出しは出来ない。隣のロイは必死に無表情を装っているが、緊張で固くなっているのが分かる。

「こちらこそ、温かい歓迎に感謝申し上げます。アドレアから親愛を込めて国王陛下より親書を預かってまいりました。こちらはアドレア産ルードイ石です」

 アドレアの砂漠鉱山一帯でしか取れないルードイ石。独特の黄色と青のマーブル模様の透明な宝石。五カラットほどのルードイ石を埋め込んだ黄金の鷹の置物。アドレアとの友好の証に周辺国から喜ばれる品。強国との繋がりの証として目に見える品のため、どの国も欲しがる。ルードイ石は宝石としての価値だけの石。特殊鉱物は渡せないが、これくらいならご機嫌取りにちょうどいい。

「これは大変貴重なありがたい品をありがとうございます」

 思った通り嬉しそうなリーベント国王。親書と共にお渡しする。だが、分かる。目の前の宝石より、リーベント国王の意識はロイばかりを気にしている。チラリと何度もさりげなくロイを見る。この国王も辛い立場だろうな。

「ディモン殿下、この度はわが国のロイ王子を救出くださいましたこと、心より感謝申し上げます。ロイの父として礼を言わせてください。ロイを助けてくれてありがとうございました。こうして連れてきてくださり、ありがとうございました。顔が見られて安心いたしました」

 急な国王の発言に驚いたロイが顔を上げる。気難しそうな国王が、ロイと目を合わせて穏やかに微笑む。

「ロイ、無事でよかった」

 その一言を告げると、また厳しい顔に戻る国王。一瞬のロイへの愛情。ロイが頬を染めて国王を見ている。初めて褒められた幼子のような顔。まてまて、そんな可愛い顔をここで晒すな。慌てて咳をすると、はっとしたように表情を取り繕うロイ。

「ご心配おかけしました。陛下におかれましては、お変わりなくご健勝なご様子にお慶び申し上げます」

「ロイ、滞在中はディモン殿下を奥の宮のお前の居室でもてなすか? ジョイや使用人はそのままお前を待っている。もちろん、主城の客室も用意してある」

「ジョイは元気なのですか! 良かったです。それに、母が居なくても僕の居場所は残してくださっているのですか?」

「当然だ。お前はリーベントの王子だろう。お前は我が王家の者でありアドレア王室に身を置く存在でもある。滞在中は好きな場所を使えばよい。いかがですかな、ディモン殿下」

「ロイの居室があるなら、ロイのところに世話になります。我が軍の兵を護衛につかせますが、よろしいですか?」

「構いません。アドレアの王子殿下に何かあれば大変な事になるのは誰もが分かっている事です。どうぞ、自国の兵で警備ください。殿下と貴国の兵ただ一人にも負傷がない事を、我が王家一同がお約束いたします」

 なかなか上手いじゃないか。これで滞在中に俺の兵への手出しも表立って出来ないだろう。

「そしてディモン殿下、医療面での薬剤や医療教育の援助に心より感謝いたします。貴国における医療行為は目を見張るものがあります。治療薬の進歩も素晴らしく、ここ数年感染症による死亡者の減少と慢性的な病への根本治療を提供いただいたことで国民の暮らしが落ち着いたものになっております。そして医療技術と言えば、貴国では遺伝子検査という分野が進んでいるとか?」

 そう来たか。この国王は何か企んでいる。そしてそれは、ロイのためになる事に違いない。よく分からないという顔をしている王妃、王子王女たち。

「友好条約の規定が滞りなく両国の繁栄の礎になっていることを嬉しく思います。リーベントからの工芸品も伝統と豊かさが垣間見え、アドレア国の楽しみになっております。さて、遺伝子研究に関してですが、こちらは生まれつきの病気や障害の治療のために進歩した研究分野になります。人が両親から受け継ぐ命は、父親から受け継ぐ半分と母から受け継ぐ半分を合わせて出来上がることが分かってきました。その受け継ぐ半分が誰から受け継いだのかを詳細に判明させることが病気の発見や障害治療への第一歩になります。つまり、誰から生まれたのか、誰の命を引き継いだのか判明させることが可能になりました」

 内容を聞くうちに青白くなる正妃と第一公妾。

「素晴らしい医療技術ですな。ちなみに、滞在期間中にそれを調べてもらうことは可能だろうか?」

「はい。調べたい者の血をもらえれば両親特定はすぐに可能です。疾病抽出には二十四時間ほどの時間をいただく必要があります」

「まって、お待ちください、陛下。なりません。そのような信用性のないことを我が国に取り入れれば混乱を招きます!」

 正妃が悲鳴を上げるように訴える。

「そうですわ! 反対いたします。そのような悪魔の所業はいけません!」

 立ち上げり公妾も声を出す。そりゃ焦るだろうな。この検査で困るのは、あんたたちだ。実はこの遺伝子検査を王子や王妃たちに出来ないか親書で事前に相談があった。どのタイミングで切り出すかと心配していたが、やるじゃないかリーベント国王! ロイは心配そうに俺を見る。大丈夫だ。目線で返事をする。大丈夫だよ。

「お母さま? いいではないですか? 困るようなものではないでしょう。その遺伝子研究とやらを我が国にもご提供くださるならば病気治療に役立つのですから」

 第一王子トーマスが怪訝そうに言う。王子王女たちは訳の分からない顔。そうか。出生の秘密を本人たちは知らないのか。さらに青くなる王妃。

「そうですよ、トーマス王子殿下。我が国の遺伝子研究では両親特定確率百パーセント。並びに遺伝性病気の発見率百パーセントです。早期治療と効果的薬剤の選定に役立ちます。王家の皆様の血を調べれば、かかりやすい感染症や潜んでいる疾患の特定になります」

 にっこりと第一王子を見る。話題に入れて嬉しそうな第一王子トーマス。こいつはロイを射貫いた張本人。心の中に憎しみが沸き上がる。

「そうか。リーベント全土への遺伝子分野提供は金銭面での国家間契約が必要になるだろう。全国民に実施するにはまだ無理かと考える。だが、せっかくなので先行して我ら王族や一部の貴族の血を調べてもらうことは出来ますかな?」

「もちろんです。どのように行うかは、そうですね。ロイ、試しにやってみる?」

「え? 僕? 血をとるんだよね。痛い?」

「大丈夫だよ。指先の一滴だから。あとは、国王陛下の指先から血をいただきますが、国王陛下のお体に傷をつけたと問題にならなければ、ですが」

「構わない。アドレアの医療技術を見られる良い機会だ。罪に問うことは無いと誓おう。ぜひ試してくれ」

 では、失礼します、と同行した軍医とアドレア貴族アルファが大理石のテーブルで準備をする。青い顔で見つめる王妃と公妾。王子王女は珍しい道具を楽しそうに眺めている。不正がない事を証明するように皆の見守る中でロイの血をとる。指先にパチン、と細い針を刺すとプクリと浮き出る血の滴。その一滴をとり、特殊な紙の上に乗せる。同様に国王陛下の指先から一滴の血をいただく。ロイの血の上に混ぜる。すると血液を乗せた紙が青色に変化する。

「ご覧いただいたように、親子関係があれば紙が青く変化します。しかし、赤の他人の血を混ぜても紙の色はかわりません。試しに、このように」

 貴族アルファが目の前で自分の血を一滴取り、先ほど余ったロイの血液で同じことをする。紙の色は一切変化しない。

「これでロイ王子殿下と国王陛下の親子関係は証明されました。こうすることでロイ王子殿下が国王陛下から引き継いだ命と判明します。大切なのは、ロイ様が引き継がなかった半分の命に何が隠されているか。これは陛下を調べないと分からないのです。この場でロイ様と国王陛下の血液をいただきましたので、ロイ様に潜むご病気の調査が出来ます。国王陛下のご病気については国王陛下のご両親の血がないと判明いたしません」

「そうか。父は他界しているから残念だ」

「すごいですね。痛みもなかったです。血も直ぐに止まりました」

 じっと見ているロイ。

「ロイ、私とお前が血のつながりがあることが皆の前で証明された。皆、確認したな?」

 傍に控える貴族数名、侍従、王家の者に国王陛下が声をかける。皆が膝をついて返事をする。

「王妃よ、父が来ているだろう? 公妾も伯爵がいる。やってみるといい」

 青い顔の二人が実施する。それぞれ公爵、伯爵との血縁関係の反応が出る。検査の確実性のアピールは十分だ。

「では、王子王女たちもやるがよい」

「陛下、お待ちください! おやめになって」

 王妃が悲鳴を上げる。

「何故だ?」

 国王が王妃を見ている。

「お母さま、どうかしたのですか?」

 第一王子が声をかける。ただ、震えている王妃。

「反対です。私の王子たちに、このような訳の分からないことを、させたくありません!」

「私も同意見です!」

 第一公妾も声を上げる。震える二人に国王が厳しい声を飛ばす。

「お前たちはアドレア国を貶めているか? アドレアはこの検査を善意で我らに実施してくれている。しかも国王である私が依頼していることだ。私自身も行った。その信頼関係を、国際関係を潰すつもりか? 立場をわきまえよ!」

 周囲の貴族たちも厳しい目を向けている。

「母様もしたではありませんか。変な検査ではないでしょう。大丈夫ですよ」

 王子たちが気を利かせて率先して協力の姿勢を見せる。良かった。延期となったら国王陛下の命が狙われるところだった。次回検査実施までに陛下を殺してしまえば、検査できない。王子たちが協力姿勢を見せるうちに、王子王女すべての血を皆の目の前でとる。目撃証言が大切だ。全てを皆の目の前で実施する。

「どういうことだ?」

 貴族が声を上げる。

「色が変わらない。王子王女は、国王陛下の実子では、ない?」

 ざわざわと室内がにぎやかになる。

「どういうことだ! なぜ青色にならない!」

 王子たちが声を荒げる。

「静かに! 皆、確認したな。ここに居る王族の中で私の子は唯一、ロイだけだ。王妃、公妾ともに申し開きはあるか?」

 国王の凛とした声に、ただガタガタ震えるばかりの二人。

「え? 母様、 嘘、だろう?」

 王子王女の震える声が聞こえる。

「お前たちの父親はすでに判明している。この場で父親を連れてきて親子血縁の検査を行ってもらおうか。王妃よ、どうする?」

 何も言わない王妃。下を向いている王妃には、王子たちが詰め寄り、公妾には王子王女が詰め寄っている。パニック状態になる室内。

「静まるように! もう一点、大切な報告もある。第二公妾の危篤で一時帰国したロイを弓矢で射貫き暗殺を企てた者がいる。幸いにロイは大怪我を負ったものの、そちらのディモン王子殿下に助けられた。ディモン殿下、証拠の品をお願いできますかな?」

 国王に促されて、後ろに控えていた軍人が一名、白銀の矢をテーブルの上に出す。

「国王陛下、こちらはアドレアで救出した際、ロイの右肩に刺さっていた矢です。リーベント王家で使用しているものかとお見受けします。どなたの物でしょうか? まさかと思いますが、知らなかったとはいえ、唯一の陛下のお子であるロイ王子に弓矢を放つ者がいた、となると如何なものかと」

「その節は、本当に世話になった。ロイ、お前にも大変な思いをさせた。さて、王子たち。この白銀の矢は王子たち専用に作らせている王家の紋章入りだが、誰の物かな?」

 青白い顔になった第一王子が顔を上げる。

「陛下、私の物です。ですが、ロイを射貫いたとは記憶にございません。ロイの失踪の頃、私は趣味の狩りをしておりました。危険のないよう人気のない森林での狩りです。その時の流れ矢でしょうか」

「そうか。トーマス。お前は第二公妾の喪に服す期間に殺生の狩りを行ったのか」

 はっとしたように固まるトーマス王子。

「王族として礼に欠く行為だ。私の子はロイだけである。このことに間違いはないな。王妃、公妾よ、返事をせよ。曖昧な返答は許さん」

「ふざけないでよ! 今更ご自分が正しいように開き直らないでよ! あなたが子作りしていたらこんなことにならなかったのよ! 夜伽があっても子供が出来ないなんて、私がどれだけ責められたか分かっているの? あなたのせいじゃない! ロイ以外が自分の子じゃないと分かっていながら王子の地位を与えたのも、自分の子だと認めたのもあなたじゃない!」

「その通りですわ! いつも知らぬ、存ぜぬの顔して! 私たちが必死になっているのを知らんぷりしたのは陛下ですわ! 私はあなたのために必死に尽くしたじゃない! 正妃でもない妾なんてなりたくなかったわよ! 少しも私たちを見なかったのは陛下ですわ!」

 悲鳴のように声を上げる二人。泣き崩れる姿を見守る事しかできない。ただ立ち尽くす周囲。ロイがそっと俺に寄り添う。起きている現実が受け止められていないのだろう。ロイも震えている。

「どの時代にも大なり小なり権力のもとでは色々あるものだ。それに巻き込まれたお前たちも哀れな人生だと思う。だが、自分の欲のために礼を欠き、憎しみをぶつけ、人を傷つけ殺めようとするのは受け入れられない。ロイとリアムは、お前たちの横暴さに常にじっと耐えていたではないか。その姿勢を見て何も感じなかったのならば、お前たちは国を治める器ではない。王家の血を引いていないのに、王子王女の地位にいたことは王家への反逆罪となる。今ここに、王妃と公妾の廃位、ロイ以外の王子王女の廃太子と除籍を宣言する。これから司法裁判の場でお前たちの処罰を決定していく。王妃の実家侯爵家、第一公妾実家の伯爵家ともに反逆審議対象となるため、今この時より軍の監視下に自宅謹慎を命ずる」

 どこに控えていたのか、部屋にはリーベント兵が駆け付ける。俺たちの周囲はアドレア兵が囲み警護する。興奮した者が何をするか分からないためだ。

 処罰対象となった者たちが大声を上げ、多少抵抗しながら連れ去られていく。王家反逆者の大粛清となるな。ロイの肩を抱きながら、国王陛下を見つめる。ロイをリーベントに渡したくない。ここまでは協力できた。これからは、この国王と対峙するかもしれない。


「ディモン殿下、今日はどうぞお休みください。あとは明日以降にゆっくり話が出来ればと思っております」

 どっと疲れた顔の国王陛下。この人にも休息が必要だろう。

「承知しました。国の安寧とご自身の休息を優先ください」

「お気遣い感謝いたします」

 国王がロイに向く。

「ロイ。やっと近くで顔を見られる。リアムを守れなくてすまなかった。近いうちに城下町外れのララ寺院に行くといい。街を見下ろす丘にリアムが眠っている。街を眺め、城を見守る位置だ。私は、愛する者を守れなかった後悔を生涯抱えて国に尽くす。リアムに背を向けることがないように生きて行く。ロイ、抱きしめても良いだろうか?」

「はい」

 途端に国王陛下がロイを腕に包み込む。「ロイ、何度こうしたいと思ったか」「リアムと共によく頑張ってくれた」「ありがとう」「可愛いロイ」涙と共に国王が溢す言葉に胸を打たれた。きっとこの国は大丈夫だ。この人に愛を教えたのがロイの母だったのかもしれない。生きているうちに会いたかった。ロイから離れた国王は、もとの厳しい顔をしていた。この人も可哀そうな人だと思った。


 ロイの肩を支えながら「奥の宮」に向かう。ロイの居室。母と過ごした場所。奥の宮は警備が徹底され、上階の出入口は兵により封鎖されている。すれ違う者は皆膝をついて頭を下げる。

「ロイ様! あぁ、本当に生きていらした! ロイ様、ロイ様」

 居室に入ると、中年の男性が大泣きしてロイに縋り付く。

「ジョイ! ジョイこそ無事でよかった! 本当に嬉しい!」

 泣き合う二人。そこに数名の使用人。四人。たった四人か。皆が涙して「おかえりなさいませ」と言う。少数だが信頼のおける者たちなのだと分かる。

「あなた様がアドレア国ディモン第一王子殿下様でございますね。執事のジョイと申します。リアムさまご結婚から使えております。ここは少数の使用人しかいませんが、精一杯のおもてなしをいたします。ロイ様を助けてくださりありがとうございます」

 床に膝をつき頭を垂れる使用人たち。

「あ、ちょっと、ジョイ。皆も普通でいいよ。ディーは変わり者なんだよ。偉そうな王子じゃない。いつもと同じで良いよ」

「おい、俺の威厳はどうするんだよ?」

 威厳だって、と笑うロイ。良かった。笑い顔を見ると安心する。

「ロイ様、少し変わった服ですね。これはアドレアの正装ですか」

「うん、そう。コレがアドレア王家の勲章だって。そうだ、ジョイ。王家と言えば大変な事が起きたんだ」

「王妃様方や王子王女様方の粛清でございましょう」

「知っていたの?」

「陛下からご伝達がありました。私はこの居室の安全を守る、出来る執事ですから」

 ふんぞり返るジョイに皆が笑う。ニコニコと話をするロイ。自宅に戻った安心感だろう。少しそっと見守る。


「ディモン殿下、ロイ様。今日は料理人のトムが精一杯の料理を振る舞いますよ。さぁ、それまではお部屋でのんびり過ごしてください」

 優しい家に帰ってきたようにロイが穏やかな顔をする。久しぶりのリラックスした顔。ロイの部屋に案内してもらう。ドアを開けて一部屋。ベッドとデスクと本棚。窓際に一人がけソファー。クローゼットが一つ。本当に王族か? と思うほどに質素。

「今日はここで一緒に寝よう。僕の部屋、久しぶりだぁ。でも、ベッドが小さいか。もう一個ベッド用意してもらおう」

「いや、狭くていい。一緒にくっついて寝るから」

「ディーだけで、はみ出そうだ。」

 ロイのベッドに寝かせられる。上から俺を見るロイ。

「試してみよう」

 ロイをベッドに引き込み俺の上に乗せて抱きしめる。そのまま唇にキス。そっと口を開けるよう促すと薄く開く唇。ヌルっと舌をねじ込みロイを味わう。角度を変えて口を貪り合いながら身体の上下を入れ替える。ロイをベッドに縫い留めて深くキス。ロイが下に居るほうが口の奥深くまで味わえる。真っ赤になり、腰をモジモジさせる。可愛い。ここ数日そんな気になれなかったから、こんな反応も久しぶり。

「ロイ、この先はアドレアに戻ってからにしよう。まだ、いつ何時何が起きるか分からない。ロイに夢中になっていて命を落とすとか笑い事にならない」

 あはは、と笑うロイ。

「そりゃそうか。それは、嫌だね」

「でも、首だけ。いい?」

「いいよ」

 そっとロイをうつぶせにして、美しい白い首に優しく犬歯を立てる。ロイの良い匂い。甘くて腹の底にズンとくる匂い。この匂いに頭がグラグラする。俺のフェロモンも感じて欲しい。身体をビクつかせて「あぁ、うっ」と感じているロイが愛おしい。俺のロイ。そっと口を離し、首筋を舐め上げる。ぼんやり恍惚としている。このまま抱いてしまいたい。欲望を心に押し込み、ロイの意識がはっきりするのを待つ。俺に全てを委ねてくれるこの時間が好きだ。けれど、急にミシっと音が鳴るベッドから慌てて降りる。

「これ僕がアドレアに行く前に使っていたから、子供用だったかな。ほら、ディーと出会った頃は少女じみていただろ? 男二人は無理か」

 二人で寝たら壊すだろうな。出会った頃か、懐かしいね、とロイが微笑む。

 結局簡易ベッドを一台運んでもらった。夕食はロイの出してくれる料理と同じような味で美味しくいただいた。念のため食べ物や飲み物すべてに有毒物が含まれていないか簡易チェッカーで検査させてもらい食事した。嫌な顔せず受け入れてくれる使用人たちに心から感謝した。


 翌日にララ寺院に行き、丘の上にあるロイの母の墓に行った。日の当たる丘の上。城と城下町を一望できる場所。ロイは花屋で買った花束を花冠にして捧げる。その涙に声をかけることが出来ず見守った。春風の心地いい場所。ただ泣き崩れるロイを、そこに眠っているロイの母を見守った。吹き抜ける風に寒さが混じるころ、そっとロイに俺の上着をかけた。溢れる母への思いは、この時間では足りないだろう。言葉に出来ない思いを抱えるロイの背中が小さく見えた。寂しさと悲しさと、後悔、だろうか。言葉にしない思いが背中から染み出ていた。

 リーベントに来て三日目。国王から特に打診もなく、大変なのだろうと想像しロイと過ごす。まぁ、国内の粛清について俺が口出す権利もない。ロイに危害を加えた者がちゃんと断罪されればいい。あとはロイを連れて早くアドレアに戻りたい。ロイが王位継承権一位だと言い出してリーベントに残されたら困る。

 四日目に国王から今後について話をしたいと要望があった。仕方なく国王陛下との会談を承諾する。


 「ディモン殿下、何のお構いも出来ず申し訳ない。先日の件についても、お恥ずかしいところをお見せしました」

 先日よりこじんまりした謁見室。プライベートな会談室、と言ったところか。国王陛下と俺とロイ。三人だけの空間。

「いえ。アドレアとしては、当国が身柄を預かると国家間条約を交わしたロイ王子への暴行が正しく裁かれたのなら、それで結構です。場合によっては国際問題に発展することですから。ロイ王子はまだアドレアに身を置いていますし」

「そこですが、ディモン殿下。なぜロイにこだわりますか?」

「リーベント国王。あなたは賢明な方です。ハッキリ申し上げておく方がいいでしょう。私がロイ王子に恋をしたからです。他の誰でもない、ロイ王子に恋焦がれました」

「ロイは、城下町にも顔を出さない存在でしたが。どこで見染まられたのでしょう」

「アドレアの情報収集機関による映像です。信じられないとお思いでしょうが、アドレアでは私の話しているこの姿も全てアドレア本国で見ることができます」

「なんと。そのような神の所業が出来るのか……」

「はい。可能です。アドレアの文明の進歩は他国が想像もつかないレベルだと思います」

「これでは、私に勝ち目はないな。ロイ、お前はどうしたい? リーベントに残り王位を継いでいく覚悟はあるか?」

 ロイが驚いて俺と国王を交互に見る。

「あの、僕には荷が重いです。僕は母と国を出て、一市民として金を稼いでいく夢ばかり見ていました。王位とか急すぎて分かりません」

 それを聞いてリーベント国王がニッコリする。厳しい顔から変わって父親の顔だろう。

「ロイは、どうしたい? リアムが悲しいことになり、私はお前を失いたくない思いでいっぱいになった。できれば息子の望みは叶えたい。私の中の抑えてきた親の部分が心を占めている。ロイが生きていることが幸せだ。リアムこそ守りたい私の愛する人だった。だからこそリアムが愛情を注いで育ててくれたお前が愛おしいよ。お前の心のままに気持ちを言ってごらん」

 優しい顔の国王。いや、今は一人の親父か。

「父王陛下、いえ、父さん。僕はディーと、ディモン殿下と生きて行きたい。僕はディーを愛しています」

 優しい顔の陛下を正面から見つめてロイが発言する。迷いのない言葉に心が感動で震える。

「ロイ……」

 つい一言が漏れてしまった。そんな俺を見て微笑むロイ。紅潮した顔が可愛い。きっと勇気を振り絞ったのだな。嬉しくて涙が目に溜まる。

「そうか。それが望みなら、全力でサポートしよう。アドレアは男色家の多い国だから同性婚や同性恋愛も寛容だろう。ディモン殿下、息子を頼めますか? もしロイを泣かせれば負け戦でも相打ちになろうと、私があなたの首を取りに行きますぞ」

 優しい顔から一転して俺を見ている。本当にこの国王陛下は侮れない。

「ここに、神とリーベント国王陛下に誓います。ロイ王子を幸せにします。俺の生涯をロイに捧げます」

「そうか。私は息子が二人になるな。ありがたい」

 破顔する陛下の顔をみて、ロイと三人で笑った。

「国王陛下、次期国王はどうなさいます?」

「田舎に引っ込んでいる弟たちを呼び戻す。リーベントでは一人が王位を継ぐと、他の王位継承権を持つ兄弟従弟は失脚扱いとなる。権力争いのお国柄仕方のない事だ。王位継承権剥奪となり田舎の一貴族として生涯を過ごす習わしだ。だが、今回のようにお家騒動が起きると呼び戻されるのも多々ある事。そうして王家は続いてきたのだから、これも仕方あるまい」

「では、ロイが居なくても王家の血筋が途絶えることはないのですね?」

「その通り。ロイはロイの思うままに生きよ。それが私の願いだ」

 その言葉を聞き「父さん、ありがとう」とロイがつぶやく。「父親として何もできず済まない」そう答える陛下をそっと抱きしめるロイ。その時のロイは、父を許す頼れる男そのものだった。ロイに「お前は自分の理想の男になっているよ」そう伝えてあげたかった。

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