第9話 ロイの記憶
城に戻って一週間。父王陛下に挨拶も済ませ、落ち着いた生活を送っている。ロイが使っていた場所に行ってみたり城下町のクッキー販売していた場所を巡ったり。首をかしげることも多いけれど、徐々にアドレアでの記憶を取り戻している。
「ロイ、乗馬するか? 覚えている? 乗馬、結構好きだったよな」
「え? そうだった、かな? 乗馬、か」
首をかしげて考えている。これは思い出していなかったか。
馬が好きだと言っていた。護身術や体術を身に着ける活動の中で乗馬時間を作った。乗馬は王室行事に欠かせないこともあり、乗れる程度で良いから学んでもらおうと思ったが意外にロイは馬に乗れた。駆けることは無理でも、乗れたことに驚いた。一年もすれば一緒に馬で走ることが出来た。大きく口を開けて笑いながら「気持ちいい!」と声を上げていた。陽の光に当たりキラキラ光る銀の髪が綺麗だった。思い出して心が明るくなる。きっと馬に乗れば思い出す。
「ロイ、午後は外で乗馬しよう。城の庭園に小川がある。そこまで馬で行こう」
「うん。僕は乗れる、のかな?」
不安そう。でも身体が覚えているはず。念のため落馬しないよう近衛兵の手を借りることとした。
外に出て馬のもとに行く。あまり乗り気じゃなさそうなロイ。何故だろう。あれほど楽しく乗っていたじゃないか。俺のペルシュロン黒馬と、ロイが良く乗っていた一回小さな茶色のポニー。久しぶりにロイに合えてポニーは嬉しそう。
「ロイ、ほら、ココを撫でてあげていただろう?」
ロイを見て声をかけるが、青い顔をしている。調子が悪いのか?
「ロイ、体調が悪いなら中止しよう。部屋に戻ろうか?」
「あ、何だろう? よく分からないけれど怖い、気がする。僕は本当に馬に乗れるの?」
そうか、乗馬が出来るか不安なのか。きっと乗れば感覚を思い出す。
「俺と乗ってみる?」
「いや、ディーと乗って落馬させたらいけない。一度走らずに鞍に座ってみるよ」
そう言いながらポニーの鞍に足をかけてヒラリと鞍に座る。ほら、やはり身体が覚えている。
「ロイ、どうだ?」
「え? あぁ、何だろう。何か思い出しそうな、感じ」
「そうか! ちょっと馬を歩かせてみよう!」
嬉しくて俺も馬に乗りロイの横に並ぶ。少し離れて周囲に近衛兵を配置する。
「ほら、行こう」
「まって、待って。そうだ。僕、馬で逃げたんだよ。ディーのところまでアドレアに向かって、馬で走ったんだ……」
ポニーに乗ったまま、ガタガタとロイが震えだす。まずい。落馬するといけない。このままでは馬に不安が伝わって興奮させてしまう。すぐに俺は自分の馬から降りる。
「おいで、ロイ」
優しく声をかける。ゆっくり俺の腕をつかんで降りておいで。そう願った。けれど、ガタガタ震えるロイが周りを見て「いやだぁあああ!」と悲鳴を上げる。手綱を掴んでいない。いけない! 驚いた馬が鳴き声を上げて駆けだす。
「ロイ!」
ロイは悲鳴を上げながら馬の首にしがみついている。その様子に馬が興奮してさらに暴れ走る。
「ロイを守れ!」
すぐに俺も馬に乗り追いかける。周囲を近衛兵が囲う。ロイは錯乱状態で俺を必死に呼び続けている。悲鳴と共に俺を呼ぶ声に泣けてくる。きっとリーベントで追われた時にも俺を呼んだんだ。その時に助けてあげられなくゴメン。今度は絶対に俺が助ける! 暴れ走るポニーに近づく。ロイ、落ちるなよ。
馬に効くか分からなかったがアルファの威圧を使った。一瞬俺に気をとられて動きを弱めるポニー。その隙に飛び移る。ロイを後ろから抱き締めながら片手で手綱を握る。手綱を引くと落ち着きを徐々に取り戻す馬。そうだ。それでいい。お前はもともと利口な馬だ。いい子だ。落ちつかせて静止させる。ロイは俺の腕の中でただ震えて泣いていた。小さく何度も「ディー、ディー」と繰り返している。ここにいるよ、そっと囁きながら胸に抱き留める。ロイの腕が俺を掴んで離さない。
「乗馬は中止する。部屋に戻る」
ロイを抱き上げて歩く。ロイは自分で歩くとは言わなかった。俺に顔をうずめて震えながらしがみつく。声を押さえて泣く姿に、歩きながら俺も泣いた。
俺たちを守るように、隠すように近衛兵に周囲を固められて部屋まで戻った。
白湯を用意してもらう。少しも俺から離れないロイ。青ざめて震えるから侍女に毛布を運んでもらった。毛布で包み込み抱きしめる。
「ロイ、もう大丈夫だ。ここはアドレアでお前は俺の腕の中にいる。大丈夫」
小さな声で「怖い」「ディー」「アドレアに行かなきゃ」「死にたくない」繰り返されるロイの呟きに胸が締め付けられる。そっと口移しで白湯を口に入れる。コクリと嚥下する。温かい飲み物に、はっとロイが俺を見る。
「ディー? あれ? ここは? 何? 僕は、助かったの? 夢?」
混乱している言葉が口から溢れ出る。
「ロイ、大丈夫だ。お前は生きてアドレアに着いた。もう俺の傍から離さない。ずっと一緒だから安心しろ」
「そんな、だって洋弓で射られた。怖かった。身体に刺さったはずだ。きっと心臓が射貫かれた。川に落ちたし。生きているはず、ない」
「ロイは生きている。シロとして命をつないで生きていた。どこに居ても生きることを諦めなかった。生きているのはロイの力だ。俺のロイ」
ロイが急に俺に口づけする。混乱しているのか、俺の声が届いていない。
「僕はディーが好きだ。ディーのもとに行きたいって願ったから神様が夢を見させてくれているのかな。嬉しい。ディー、僕のディーだ。もう僕は死んだのかな? 最期に会えて嬉しい」
「最期じゃない。これからずっと一緒だ」
きっと死を覚悟させる状況だったと胸が痛くなる。これほどの恐怖と混乱をロイが経験していることが悔しくて辛い。
「ディー、セックスしよう。僕、夢に何度も見た。ディーの熱いのが僕に入るんだ。満たされるんだ。夢が覚めないうちに、死ぬ前に、してみたい。今は、神様がくれた幸せの時間かもしれない。僕の人生は苦しくて我慢の連続だった。唯一の支えだった母さんも殺された。最期くらいは、幸せでありたい」
ホロホロと痛々しいくらいに涙を流すロイ。心の悲鳴を聞いているようで、もらい泣きしてしまう。今のロイに何か伝えようとしてもダメだ。今はロイの想いに応えるべきだ。これほどの告白に、ロイからの愛情に応えたい。
「ロイ、愛している」
耳元に心を込めて一言を注ぎ込む。俺の気持がロイの心に届くように。ロイを抱き上げて寝室に行く。侍女たちに下がるように手で合図する。
大切に服を脱がせる。こぼれる涙を舐めとると「くすぐったい」と少し笑う。泣き笑いのロイにキスをする。ロイが俺の首に腕を回して抱きついてキスに応える。ふと右手が首に回らない事に気が付く。そうか、腕が上がらないのか。思い返すと最近ロイは首に抱き着くことが無くなっていた。抱き着きたくても出来なかったのか。そっと口から首筋にキスを落とし、首を甘噛みして肩の傷にキスを落とす。首を噛んだ刺激に恍惚としているロイ。愛らしい桜色の乳首に吸い付く。白い肌に薄紅の乳首が艶めかしい。背筋を反らして身体をビクつかせる。その反応が可愛くて何度も甘噛みする。
「あぁ、ディー、そこばっか、やぁ」
ロイを見ると紅潮した顔。涙は止まっている。良かった。
「ロイは綺麗だ。これほど美しい綺麗な存在は他に居ない。生きる力に満ちたロイ。大好きだ」
「僕も大好きだ。いつも支えて守ってくれるディー。ディーといると安心する。僕が生きる場所がここにあるって思える。出会えてよかった。僕が死んでもディーは幸せに生きて」
これには俺が泣いた。
「俺の幸せはロイと共にある」
裸の肌を密着させて抱きしめる。
「俺の生きている音が、体温が分かる? 俺にはロイの生きている音も体温も肌から伝わって来ているよ。俺たち生きているんだ。もっと深く繋がればきっと分かる」
目を閉じてコクリと頷くロイ。大切に、大切にロイを愛撫する。足の先もくまなく愛でる。「あぁ、そんなところ、やぁ」弱弱しく声を上げる可愛いロイ。身体の震えも涙を流す起立も可愛い。そっとロイの起立を口に含む。
「ひゃぁっ」
小さな悲鳴。レロレロと舌で愛撫しながら、後ろを触る。ヌチャリとする。オメガの愛液。オメガとして俺に反応している。心臓がドクリと鳴る。俺の中のアルファの部分が起き上る。グイっと指を入れる。
「ひぃ! あぁ、ディー、まって、やぁ!」
柔らかい。内腔を拡げてみても苦痛はなさそう。グプグプと鳴る音が耳につく。快感に戸惑う姿に心臓がバクバク鳴り出す。
「入っていい?」
聞くころにはロイが一度達して息が上がっていた。
「いい、よ……」
何度か聞いたことのある言葉。心に響くロイの声だ。
そっとロイの中に沈み込む。はっきり意識があるときの行為は初めて。痛くないように、苦しくないように。ロイの反応を見て腰を進める。嬌声を上げているけれど悲鳴じゃない。柔らかい内腔が俺を迎え入れてくれる。切れていない。ほっとする。奥壁に当たるとロイがビクビク跳ねる。トントンとノックする。
「奥、おく、突かないでぇ」
涙を流してそう言いながら腰がうねっている。可愛い。
「ココに、俺がいる。分かる? 生きているだろ? ロイは生きている」
「分かった、あ、ぅ、分かったぁ」
嬌声と涙の合間のロイの声。
「好きだ。ロイが好きだ。俺で気持ち良くなって。俺を感じて」
痙攣する細い身体。締め付ける内壁。激しくしない。ただロイを慈しむためのセックス。何度も俺を呼ぶロイ。俺もロイを呼ぶ。大切に思っているから俺の全てで愛する。発情期じゃない性交。お互いの存在と思いを確認し合うような行為。心が満たされる。ロイに俺の思いが伝わりますように。
「おはよう。ディー、本当に夢じゃなかった」
「夢じゃない。ロイ、気持ち良かったね」
途端に真っ赤になる。可愛らしい。そっと後ろ首にキスを落とす。ブルリと震えるロイ。
「起きられるかな? 昨日はココで俺と繋がった。セックスしたの、覚えている?」
そっとロイのお尻を撫でる。
「ディー! そんな、明け透けな……」
「今日はベッドで過ごそうか?」
「いや、思ったほど辛くない」
「良かった。でもセックスして次の日一緒にまったりするのも良いな。今日はゆっくりしよう」
「僕、ちょっと混乱していた。パニックになって恥ずかしい。色々思い出したよ、ディー」
ロイを胸に抱き込む。裸のままだから触れ合う体温が気持ちいい。
「ゆっくり聞くよ。まず、食事と風呂だな」
「あ~~、賛成だ」
額を合わせて笑いあう。ベッドに備え付けの連絡機器で風呂と食事の支度を依頼する。ガチャガチャと音がしてコンコンとドアを叩く音。「殿下、支度が終わりました。退出いたします」侍女の声がするまで十五分かからない。さすが城で働く者たちだ。
ロイを支えながら寝室を出るとテーブルには山ほどの料理。リビングにはケーキやデザートがたくさん。全て見透かされているようで二人で笑った。ロイに尽くしたくて抱き上げてお風呂に入る。キスをして生きている幸せを噛みしめる。
「僕、ディーとこうするの、初めてじゃない気がする。頭のどこかが知っているって言っている」
「うん。ごめん。俺の発情期が一年に一回あって。その度にロイの意識を薬で混濁させてオメガとして付き合ってもらっていた。あと気が付いていたと思うけれど山の集落で一度。本当に、ごめん」
「そっか。そうだったのか。全部、夢じゃなかったのか」
「はじめは俺の番としてオメガにしたくてロイを呼んだ。今は番なんてどうでもいい。ロイが傍に居てくれれば、発情期も一人で乗り切る。昨日は発情期に流されないセックスが出来て幸せだった。ロイを大切にできた」
湯の中で告白する俺を見て、ふふっと笑うロイ。
「いいよ。全部、いいよ。生きてディーと居られるなら、それでいい」
胸のつかえがとれたように心が軽くなる。
「ありがとう。ロイ、大好きだ」
風呂から上がり、ロイの全ての世話を焼く。「自分でやる」と言うロイをなだめる。自分の愛するオメガに尽くすのはアルファの喜びだ。今日一日は歩くことも全てを俺がしたい、と伝えると「アルファは便利屋かよ」と笑う。ロイ専用の下僕だよ、と心から伝えたのに「アホ王子」と笑われた。
膝の上でロイに食事を与える。性行為の後はどうしてもアルファの性質が抑えられない。ロイが諦めて付き合ってくれることで満たされる。
「ディー、伝えてもいいかな?」
「何?」
「僕を射貫いたの、リーベントの第一王子トーマス、だ」
食事を与える手を止める。ロイは肩の傷をそっと押さえながら続ける。
「母さんは第一公妾に毒殺された。僕の執事は第四王子にさらわれて、身の危険を感じて逃げたんだ。怖かったよ。僕の執事が馬を用意してくれていて、夜の間に必死に逃げた。それから昼も夜も馬を走らせた。追手が来なかったから安心して休息していた三日目に襲撃された。近衛兵数名と第一王子に追われた。僕が獲物の狩りだって楽しそうに笑われた。今思うとアドレア山岳地帯に近い森林に入るのを狙っていたんだと思う。僕に矢が当たっても狩りの最中の事故だって言えるから。逃げるのが面白いって弓矢を放たれながら追いかけまわされた。僕も僕の馬も限界だった。途中馬を逃がして走った。ディーのところに行きたい一心で逃げた。追い詰められて、リーベントからアドレアに流れる川に願いを込めて飛び込んだ。アドレアに、ディーのもとに帰りたいって願った。飛びこむ時に身体に矢が刺さった。あまりの激痛に心臓が破裂して死んだんだって思った」
「そうか。一人でよく頑張ったな。ロイは偉い。えらかった」
ぼんやりと話すロイを撫でる。銀の髪を撫でてそっとキスを落とす。その時に助けてあげたかった。俺が守りたかった。
「オババが譲ってくれた矢。あれにはリーベント王家の紋章があった。きっと普段、狩りの時に誰が獲物をとったか分かるように刻印してあるのだろう。まさかロイが生き抜くと思わなかったのだろうな。こちらとしては良い証拠が手に入った。ロイ、お前が生きていることはリーベント国王にだけ密書で伝えてある。国王からは詳細を、様子を教えてくれと数回連絡が来ている。アドレアからは矢の写真だけを送った。リーベント国王なら、それで伝わるはずだ」
じっと何か考えているロイ。
「ディー、どうなるのかな。お家騒動とか大きな事にはならないよね? 僕たちはもう離れないよね?」
抱きしめる腕に力を込める。
「大丈夫だ。戦争になろうとも俺はお前を手放さない」
「戦争は、ダメだよ。戦争は、絶対ダメだ……」
「ロイの記憶が戻った以上、問題の先延ばしは良くないな。ロイ、落ち着いたらリーンベントを訪問する。豪華に行くぞ。度肝を抜いてやろう。そうだ! 全身ダイヤモンドと黄金の服で行くか?」
「はぁ?」
「今すぐ作らせよう! ゴッテゴテの金ぴかだ! ライトアップもするか?」
「何言ってるんだ、アホのディー」
笑い出すロイ。そうだ。ロイは笑っていればいい。不安は俺が取り除く。
その日は一日ロイを撫でまわして甘やかして過ごした。食べ物も飲み物も俺が与えて、幸せな日だった。
翌日からロイはクッキーを焼き始めた。使用人食堂の「ロイ王子のお菓子店」のコーナーが再開すると城内は大盛り上がりだった。城外からも買い求めたいと声が上がり、週に二回は移動販売車で街に売りに行っている。ロイが人に囲まれて頬を染めて笑うことが嬉しい。ロイがいることを国民が歓声をあげて喜んでくれることが嬉しい。人に触れ合うとロイが生き生きする。
一か月してオババのところに会いに行った。服や靴、日用品から工芸品、あとは城で焼いたロイのクッキーを山ほど持参した。集落の人たちが喜んだのはロイのクッキーだった。集落は笑顔が溢れ活気に満ちていた。料理小屋からは良い匂いがして暮らしが楽になったことが良く分かった。
ロイとは時々お互いを温め合うような優しいセックスをする。柔らかく愛おしい時間。荒れ狂うような愛とは違う。包み込むような幸せを噛みしめる行為。セックスは肌も心も温め合う愛の行為だと知った。こんなに尊い行為は他にない。肌を合わせるようになり、ロイの首後ろを噛む行為は回数が減った。噛まなくてもロイは俺のモノだ、という安心感がある。ロイの心が俺に向いているのが分かるから。
あとは、リーベントだ。俺たちが向き合うべき最大の敵。慎重に考えなくてはいけない。俺はロイのためなら鬼になれる。心に燃えるような感情が芽生える。
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