第8話 アドレア主城への帰還

 アドレア城に五日かけて移動予定。最速三日で着くけれどロイにこの国を見せたい。ロイ王子としてこの国に来ていた時に主城周りの城下町は見せている。けれど今回は、広いアドレアを見てもらういい機会だと思った。


「すごい。こんな広い砂浜に緑が広がる! これ、オアシスだ!」

「そうか、ロイの国には砂漠は無いか」

「うん。温暖な気候で平地や草原が多いから。もちろん低い山もあるよ。けれど国境付近の山岳地帯のような場所は無いな。あの険しい山脈を越すと景色が全然違うんだね。急に空気も違う」

「そうだな。あの山岳地帯を境に乾燥した強風のアドレア砂漠地帯に入る。昔はオアシスも少なく飢えた土地だったよ。ここ五十年の緑地化計画が成功しているから国が豊かになった」

「へえ。すごいね」

 会話していると、端々に少しずつ記憶が戻っているように感じる時がある。本人は気づいていないから刺激しないように見守っている。シロはきっとロイとして目覚める。

「ようこそ砂漠のオアシスへ。このような地方オアシスに神の恵みであるアルファ王子殿下をお迎え出来ます事、心より感謝申し上げ歓迎をいたします」

「ディモン王子殿下、万歳!」

「アルファ様」

「番のオメガ様」

 オアシスの街の住人たちに熱烈な歓迎を受ける。口止めしておけばよかった。王城周囲ではアルファとオメガの事はロイの耳に入らないように注意していたけれど、僻地に行けば行くほどアルファの功績で生活の豊かになった人々の敬意が向けられる。ここの民も生きるのがギリギリの遊牧民を集めて街が出来上がっている。今では酪農と宝石や鉱物取引の盛んな交易街として栄えている。遊牧民の名残でこの街は街のトップを「長」と位置付けている。


「どうぞ、今年の宝石の中で最高級のルビーのルースでございます。献上いたします」

 街の長と訪問の挨拶を交わす。

「いや、気持ちだけ受け取る。加工して売れば誰かが今より豊かな暮らしになるだろう」

「温かいお言葉、ありがとうございます。ですが、アルファ王子殿下のお手元に置いていただけますと、街の者は心が潤います。われらの献上品をお持ちいただけるだけで、心が明るくなるのです。どうぞお納めください」

「わかった。受け取ろう。皆の気持に感謝する」

 やりとりを黙って見ているロイ。そっと胸のペンダントを握っている。

「僕の持っているルビーと少し色が違います」

 ロイがそっとペンダントを出す。

「おぉ、これはピジョンブラッドルビーですな。二カラットはありますな。さすが王族のお方です。われら宝石商の中でもこのような素晴らしいものは出会えません」

「そんなに貴重なんですか。僕が普段から着けていたらいけないかな。外してしまっておこう」

「いや、それは着けておけ。俺がお前の誕生日に贈ったものだ。ちなみにロイは俺にコレをくれたぞ」

 首元からエメラルドを出す。

「おぉ、コレは素晴らしい! アドレアでは手に入らない。いや、隣国各国でも王族がほんのわずかに持っているだけの希少石! エメラルド、名前は何だったか。初めて見ます」

「それはレインボーエメラルドだよ。僕が十歳の時に父王陛下から贈られたブローチだった。レインボーエメラルドは僕の国では王しか持たない石だから、僕が贈られた時には驚いた。人に見せてはいけないと言われて、ずっと大切にしていた。宝物の宝石」

「ロイ、そんな大切なものだったのか。俺に贈って良かったのか?」

「いい。僕はディーが心の支えだったし、愛おしくて何か贈りたかったから。それは僕にとって精一杯のプレゼントだよ」

「ロイ……」

 たまらずにロイを抱き締める。そんな思いを込めてくれていたなんて。首後ろを噛みたいけれど、さすがに街人の前ではできない。ぎゅっと抱きしめる。シロの中にロイが居る。嬉しくて涙が滲む。

 夕食の晩餐会にも招待されて、食事の席にいただいたルビーのルースを置く。そうすることで傍に置いていますよ、大切にしますと意思表示する。贈った者たちはそれを見て喜ぶだろう。豪華な食事会で珍しい料理にニコニコと笑顔のロイ。きっと頭の中はこの地区でクッキー売るなら味付けはどんな風にしようか考えているはずだ。俺はこの地区の様子を人々から話しかけられる。ロイも時々声をかけられている。何を話しているのかまで分からず心配になる。まだオメガの事など耳に入れたくない。歓迎はありがたいが、病み上がりとして食事会を早々に切り上げた。礼として国防軍の者たちで鉱物エネルギーの作動確認、水質調査、地質調査の臨時チェックを行い地区の安全に貢献する約束をした。

「ロイ、少し歩こう」

「うん。でも、食事会を切り上げたのに良いのかな?」

「大丈夫。砂漠の夜が最高に綺麗だから見せたい」

 浮遊移動車で街の外れの池に向かう。ここは自然動物の癒しにもなるように人工池。人だけが潤うのでなく動物も植物も、そこに生きる自然を大切に。それはこの遊牧民であった街の者たちの考え。

「ロイ、静かにな。ここからは野生の世界だ」

「わかった。ちょっと怖い。傍に居て」

「大丈夫。一緒に居る」

 そっと肩を抱いて外を歩く。静かな湖に輝く満天の星空。煌々とした月。月の光で水辺の動物たちが見える。昼間の疲れを癒すように湖の周辺緑地に休息をとる動物。絵画のような世界。

「わぁ。すごい。すごいよ、ディー……」

「うん。これもアドレアだ。野生の動物とも共存する。俺たちはこの国の全てを豊かに幸せにしていきたい。夢物語かもしれない。でも人も動物も国も、苦しむより良い」

 ひゅうっと風が抜ける。砂漠の夜は冷える。防寒布でロイを包む。後ろから抱きしめて「愛している」と伝える。「多分、僕も同じ」そっとつぶやく小さな声。

「ディー、アルファって何?」

 もう、言ってもいいだろう。

「この国に生まれる神の力を授かる人間。アルファが生まれるようになりアドレアは豊かになった。アルファはごく少数のわずかな人間だ」

「そうなんだ。神の力を授かるなんてすごい人たちだね」

「俺も、アルファだ」

「うん。そんな気がしていた。鉱物エネルギー開発や浮遊移動車の開発はディーがしたって聞いたから」

「アルファにはペアになるオメガが必要だ。それを番のオメガと呼ぶ。神の力は人間には負担が大きい。アルファには獣の発情期と呼ばれる荒れ狂う時期がある。その時期を鎮めることができるのがオメガだ」

「ディーにとってのオメガが僕って事?」

「そうだ。番のオメガは一人だけ。世界にただ一人。アルファが選んだ人間をオメガにする。俺はロイを選んだ。ロイを見た瞬間に俺のオメガだと確信した」

「そうなんだ」

「はじめは直感だった。でも今は違う。生きることを楽しむロイが愛おしくなった。どんな状況でも道を切り開くロイが、シロが好きだ。いつも俺に寛容なところも大好きだ。俺にとって番なんてどうでもいい。ロイが、シロがいてくれれば心が満たされる。生きていてくれて本当に嬉しい。俺はロイのために全てを捧げる」

「やっと、本当の声が聞けた気がする。嬉しい。何か隠しているかと思っていたよ。首の後ろを噛むのも、ディーだけだ。アドレアの他の人はしない。初めは挨拶なのかと思っていたよ。でも、さすがに僕でも気が付くよ。いつか話してくれると思っていた。リーベントで蔑まれてきた僕を優しく受け入れてくれるディーが好きだ。温かく居場所を作ってくれて嬉しかった。番でもオメガでもいいよ。それでディーと一緒に居られるなら幸せだ」

 腕の中にロイがいる。オメガとして俺を受け入れると言ってくれる。喜びで涙が溢れた。砂漠の中で声をあげて泣いた。「こら、動物が驚くだろ?」小さくロイに怒られて泣き笑いした。


 ホテルについて温かい風呂に入りロイの記憶があるか聞いてみた。

「あやふやなんだ。十五歳からディーと過ごしたことは分かる。でも全部じゃないかもしれない」

 首をかしげるロイ。

「そうか。ここのところロイの記憶が戻っていそうな言葉が時々あった。ほら、レインボーエメラルドのこととか」

「あ、そうか。普通の事かと思っていたけれど、あれはロイの昔の記憶だ」

「そうだな。意識せずに徐々に記憶が戻っていると思う。俺が心配するのはロイが殺されかけた記憶だ。怖かったと思う。思い出して苦しむ事になるかも」

「そうだよね。ここ、あんな矢が刺さっていたなんて考えても怖い。よく生きていたと思う」

 ロイが肩の傷を押さえて自分をぎゅっと抱きしめる。膝の上にロイを抱き込む。

「俺が守る。もう離れない。ロイは俺の番だ」

「やっと番の意味が分かったよ。また今度、発情期とオメガについて教えて。今日はもうお腹いっぱいだ。聞いても理解できないや」

 でも、世界でただ一人の繋がりがディーとあるなら嬉しい、と囁いてくれるロイ。幸せだ。ロイの口に濃厚なキスを落とす。甘くておいしい俺のロイ。食べるように貪って口を離すと、涎を垂らしてぼんやりとしているロイが「やっぱり、ディーは男食家だ……」と呟くから笑ってしまった。

 半露天風呂の浴室から見える街の明かり。砂漠の暗闇の中の光るオアシス。「美しい国だね」ロイがそう言ってくれるのが嬉しかった。


 風呂上がりにロイをベッドに運び背中の傷と肩の傷に軟膏を塗る。白く綺麗な肌に傷が残ってしまった。少しでも傷が薄くなるように願いを込める。自分のオメガだからか。ロイはどの女性より美しく光り輝いて艶めかしく見える。きめ細やかな肌の触り心地も薄い筋肉も締まった腰もすべてが俺だけの宝物だ。傷以外には香油を塗る。ほのかにラベンダーの香り。強い香りはロイの匂いを邪魔するからだめだ。コレはロイ専用に作らせた香油。ロイの甘い匂いと相性がいい。香油でツルリと滑らかさを増す肌。そっと首後ろにキスを落とす。愛おしい。


 アドレア国内の景色を見て一週間かけてアドレア王都の主城に到着した。

「ここに居たような気もする」

 王都を通ると道沿いに人々が歓迎の声を上げた。ロイを呼ぶ声が響いている。首をかしげているロイ。

「事情は伝えてある。ロイが無事なだけで皆が喜ぶ」

「ね、ディー。僕は礼儀作法なんて分からない。どうしていたらいい?」

「顔を見せてあげるだけでいい。少しにっこり微笑めば十分だ」

 城内に入ると想像以上の熱烈な歓迎を受けた。泣いている者もいた。俺に隠れるように歩くロイ。俺の影からチラリと周りを見てぺこりとお辞儀をする。爆発的に可愛らしくて隠してしまいたかった。

 

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