【短編】逃げられるとお思いですか?

十井 風

本文

「ねぇ、結婚式の準備そろそろやらないといけないんじゃない?」


 私は、対面に座る彼に向かって問いかける。彼はグラスに入った飲み物を見つめて黙り込む。

 ここは、傭兵ギルド「リッターオルデン」に所属しているメンバーしか入れない場所。私達以外に人がいないことを見計らって、結婚式の準備から逃げ続ける彼を詰めているのだ。

 

 彼――ブレイン・アグリーニオは、私と同じ「リッターオルデン」の所属。私は傭兵達が仕事を受ける際の手続きや、依頼人から仕事をギルド宛に受注する際の事務手続きを行う窓口業務を担っているのに対し、ブレインはA級クラスの傭兵として、日々魔物や護衛任務をこなしている。


 同じ年で同じタイミングに同じギルドに入った、同僚。いつの間にか恋人になっていて、気付けば結婚式もひと月後に控えた婚約者の関係になっていた。

 幸せの絶頂に立つ……はずなのだが、ブレインは結婚式の準備に乗り気じゃない。どんなドレスにしようか、招待客に出すコース料理はどうするかと聞いても、「好きにすれば?」と言って話し合おうともしなかった。


 なんとなく態度がおかしいと思っていても、私はブレインをこれ以上追求する事は出来ない。


「分かった。あなたが乗り気じゃないなら全部私が考える」


 私はカップに入ったコーヒーを一気に飲み干し、テーブルに叩きつけるようにして置く。ドン、という音に少し身体を震わせたがブレインは何も言わなかった。こんな人じゃなかったんだけどな、と思いながら私は一階へと降りていく。


 一階にも酒場があり、そこは誰でも入る事が出来る。昼間からにぎやかな空間が今の私には辛い。

 出来るだけ見ないようにしながら職場である「受付」へと向かう。制服に変なところがないか再確認し、受付に立つと、隣にいたヨランダが身体をくねらせるようにして話しかけて来る。


「ねえ、シャーロット先輩。ブレインさんってかっこいいと思いません?」


 彼女は私の二歳年下の後輩である。今年、学院を卒業してリッターオルデンに所属したばかりの新米受付嬢だ。

 燃え盛るような赤い髪に、妖しげな紫色の瞳。自身の豊満な胸を余すこと無く、武器にしている彼女に惚れている男は多い。


 私は、そんな彼女の事が大の苦手なのである。女の勘が言っているのだ、ロクな奴じゃないと。

 しかし、腐っても後輩。入ってきたばかりの新米にあからさまな態度を取れば、私の方がろくでもない認定をされてしまう。眉が寄ろうと、こめかみに青筋が立とうとも、表面上は穏やかに接している。


「それ、何で私に言うの?」

「聞いてくれる人がいないからですよ〜」


 それってあなたに友達が居ないのでは? なんて言葉がうっかり出そうになるが、ぐっと堪える。


「この前、鍛錬中のブレインさんを見たんですけど、筋肉質で『男の人』て感じでめっちゃカッコよくて……」


 ヨランダのブレイン語りは止まらない。私の方を見ることなく、宙を見て頬を赤く染めて語り続ける。

 隣で死んだ魚のような目をした先輩が立っているんだぞ? と言いたくなるが堪えるしかない。


「あと、『剛拳姫シャルルに会う事があったら絶対俺が勝つ!』って言っていて頼もしかったです。先輩、剛拳姫って知ってます?」


 上目遣いで私を見るヨランダ。ちゃんと胸を寄せて、谷間を作る事は忘れない。男はこういうのに弱いんだろうなぁと思いつつ、淡々と答える。


「リッターオルデンに所属している唯一のS級ランク傭兵でしょ。ほとんど依頼を受けないけど」

「へぇ、知ってるんですね。さすが、先輩ほど長く勤めていると何でもご存知なんですねえ」


 ヨランダの苦手なところ、その二。何かと私を年寄り扱いしてくる。『長く』と言ってもあなたより二つ年上なだけですけど?

 私は呆れてそれからの彼女を適当にあしらい、その日の業務を終えた。


 帰り支度を終え、ギルドの裏口から出るとなぜかブレインが立っている。

「あれ、もう帰ったんじゃなかったの?」

 話しかけると彼は、辺りを見渡しながら私に近づく。かなり切羽詰まったような、真剣な表情を浮かべている。ただならぬ様子に私も無意識のうちに身構えてしまう。


「大事な話があるんだ」


 そう言い、彼は店を開いたばかりの酒場に私を連れて行く。黙ってついていき、案内されたテーブルに向かい合って座る。

 私はビールを、彼はワインを頼む。適当に頼んだ料理と共にお酒が運ばれると乾杯もせずに、彼はワインをあおる。

 いつもと違う様子に困惑していると、彼は驚くことを告げた。



「婚約を破棄して欲しい」


 私はショックで固まってしまった。いや、動けなかったのだ。かろうじて「どうして?」という言葉が口から漏れる。


「今は……結婚について考えられないんだ」

「……それって私達、別れるってこと?」


 こみあげてくる吐き気を抑えながら私は必死に冷静さを保つ。ここで取り乱したら負けだ、と自分に言い聞かせて。

 ブレインは私を一瞥することなく、黙って頷いた。そうか、最近なにかおかしいなと思っていたら。式の準備に全く乗り気じゃなかったのも。全てはこういうことだったのね、と頭がだんだんと状況を理解していく。


「分かったわ。キャンセル料は払っておいてね」


 私はビールを一気に飲み干し、ごちそうさまと言ってお酒代だけテーブルに置いて店を出た。国お抱えの研究者が開発した『街灯』があっても、自宅までの帰り道は暗かった。


 強がるようにしてブレインとの別れを受け入れた日から一週間。私はようやく職場に戻ってきた。

 あの日以降、原因不明の熱が出て下がらなかったのだ。喉は痛くないし、鼻も正常だったからストレスが原因だと思う。いや、絶対にそうだ。まだ泣き腫らした目は赤い。出来るだけ人に見られないよう、伏し目で過ごす。


 どん底に落ち込む私と対照的に、底抜けに明るいヨランダが空気も読まずに話しかけてきた。


「先輩! わたし、結婚する事になったんです」

「うっ……」


 心臓に刃物が刺さったような感覚。今、このタイミングで結婚報告を受ける事になるなんて。神がいるなら一体どういう仕打ちですか、と小一時間問い詰めてやりたいくらいだ。


「そ、そう……おめでとう」


 私に出来る精一杯の強がり。それも虚しく、ヨランダはとんでもない事を言いだした。


「先輩にも参列して欲しいんです。婚約者の方も連れて来てください」


 彼女が私に手渡して来たのは二人分の招待状。嫌がらせとしか思えない。だが、ヨランダは私がブレインと付き合っていたことも婚約破棄して破局したのも知らないはずだ。彼女が計算したわけじゃなく、本当にたまたまなのだと自分に言い聞かせる。


「いや、私仕事忙しいから行けないと思う。一週間も休んじゃったし」

「大丈夫ですよ。ギルドマスターも来てくれるって言ってますし」


 う〜ん、ギルドマスターが行くのに私が行かなかったら感じ悪いかも。ヨランダの式に出席しなかった事でギルド内で悪い噂が立つ可能性もある。それに婚約破棄されたばかりだから式に行きたくないなんて、ヨランダには口が裂けても言えない、言いたくない。私のプライドがそれを許さない。


 ヨランダは黙り込んだ私の態度を「OK」と受け止めたらしく、招待状を手に握らせると「絶対に来てくださいね♡」と念押ししてきた。あぁ、本当に行かなきゃいけないやつだ……どうしよう。


 無理矢理、握らされた招待状を開封して日付を確認する。これまた間が悪いことに書かれていた日付は、「本来なら私が結婚式を行っていた日」だったのだ。


 私は何とか午前の業務を終え、お昼休憩に帝都で人気の軽食店で昼食を買う。そして、ギルドの近くにある湖へと足を運んでいた。ここは、都会に残る数少ない自然だ。ごちゃごちゃした帝都にあるとは思えないほど、静かな場所なので私はいつもここでお昼を食べている。誰も来ないから私だけのオアシスとしていた。


 私は靴と靴下を脱ぎ、湖の浅いところまで浸かると奥の方へ届くように息をすって叫ぶ。

「ふざけんな〜〜〜‼‼」

 息継ぎをしてもうひと吠えする。

「こっちは婚約破棄されとるんじゃ〜〜‼‼ 他人の幸せを願っている余裕なんて無いわ〜〜!」

 ふぅ。叫ぶと少し胸がスッキリとする。気分も変えられたし、お昼にするか。

 と思って振り返ると。


「随分荒れていたようだね?」


 湖の縁に立ってにこやかな笑みを浮かべる絶世の美青年。艷やかな黒い髪は宝石のようで、真紅の赤い瞳は映った者を捉えて離さない。絵画からそのまま出てきたかのような美しさと気品を漂わせている。

 というより、


「あ、あ、さっきの……見ました?」

「うん、見たよ」

 見られていたーー! 見ず知らずの人に‼ しかも美青年に!

 穴があったら入りたいとはまさにこのこと。私は恥ずかしさで顔が真っ赤になっていくのを感じていた。


「何があったのか聞いても構わないかな?」

 美青年は優しく、どこか私を労るような口調で問う。あぁ、そんな聞き方をされたら。堪えていたものが決壊してしまったように、私は今まであったことを涙とともに吐き出した。


 聞き終わった後、青年はしばらく黙っていたが、やがて短く「それは災難だったね」と一言告げた。そして、私の方に向き直り柔らかな笑みとともに言う。

「良かったら僕が婚約者役をやろうか?」

「え!?」

 今日会ったばかりの知らない人なのに、と私の顔で読み取ったのか彼は名乗る。


「僕はローレンス。ほら、これで知らない人じゃなくなったでしょ?」


 少し意地悪な美しい彼の笑みにほだされたせいなのか、少しでもヨランダに意趣返ししたかったのか。気付けば、私は首を縦に振ってた。


 それからひと月後。本当なら花嫁になるはずだった日。私は参列者として式に出席していた。隣にはニコニコ笑顔のローレンス。

 厳かな雰囲気をまとう教会。幻想的な楽器の音色に合わせて扉が開く。先に入るのは新郎。ヨランダの新郎はどんな人だろう、と思い首をひねって見る。目に入った景色に私は驚愕した。このときの私は叫ばなかっただけ素晴らしいと自負している。

 なぜなら新郎として入ってきたのは、紛うことなくブレインだったからだ。


 突然の展開に私の頭は情報処理が追いつかなくなり、立ちくらみしてしまう。そっと優しく、まるで壊れ物を扱うかのように丁寧な所作でローレンスが受け止めてくれた。耳元で「大丈夫?」と気にかけてくれる彼に、息も絶え絶えな私は「元婚約者です」と紹介するのに精一杯である。


「体調が優れないなら外の空気でも吸いに行くかい?」


 ローレンスは心配そうに私を覗き込む。その優しい瞳に、私はだんだんと正気を取り戻していき、彼に支えられながら再び立つ。


「いいえ、まだ倒れるのは早いですから」


 式はこれからですもの、と笑って言って見せると、彼もとても嬉しそうな笑みをみせる。「そうだね、彼らには地獄が待っているからね」なんて言葉は聞こえなかったことにしよう。


 続いて純白のウェディングドレスを身にまとい、美しい花嫁となったヨランダが入ってきた。バージンロードを歩く彼女に、鋭い視線を投げかけたのは私だけでなく、ギルドマスターもだった。私とブレインの交際を唯一知っていた人物。私と同じくらい衝撃を受けたに違いない。だが、ヨランダは私達の視線に怯むこと無く笑顔を浮かべ歩いている。

 ちらりと私の隣に立つローレンスに目を留め、なぜか鬼の形相で私を睨んでくる以外は、いつもどおりの彼女だった。


 そのまま参列者に祝われながら挙式は無事に終わる。これから披露宴だという時に「ちょっと良いかしら?」とギルドマスターが私とローレンス、ブレインとヨランダを呼び止めた。他の参列者は披露宴会場に案内された。

 控室に呼ばれた私は地獄にいるかのような気持ちになる。


「シャーロットと婚約していたって聞いていたけど、これは一体どういうことかしら?」


 ガタイの良い、丸太のような逞しい太さを誇る筋肉に包まれた肉体を持つギルドマスターに、ブレインは詰め寄られる。ブレインも小さくないはずだが、マスターと比べるとひよこサイズに見えてしまうから不思議だ。筋肉ゴリラのマスターに問われるも、何も答えられないブレイン。情けなく、手も足も生まれたての子鹿のように震えてしまっている。


「ちょうど私達の挙式も今日にやろうって話していたよね? キャンセルしたわけじゃなかったんだ」


 そう、挙式が同じ日だっただけじゃない。会場も同じなのだ。このクズはあろうことか、私と挙げる予定だった式場でヨランダと結婚式を挙げたのだ。どんな神経しているのか……。

 ここで勝ち誇ったような笑みを浮かべるヨランダが私に絡んでくる。


「先輩、まだ気付かないんですか? 貴女、捨てられたんですよ」


 頭を殴られたような衝撃が私を襲う。薄々感じていた真実。見たくはなかったが、改めて突きつけられるとやはりショックはある。私が黙っていると、彼女は気持ちよさそうに話を続けた。


「彼は貴女と付き合っている時からわたしとも付き合っていたんですよ」


 つまり、二股をかけて片方を選んだというわけか。


「今日、わたしが貴女を招待したのもブレインさんがわたしを選んだということを貴女に見せる為にお呼びしたんですよ」

 ヨランダは嫌な笑みを浮かべる。

「婚約者にも来て欲しいって二通渡したのも……」

 私の言葉に彼女は恍惚とした笑みを浮かべて頷いた。邪悪な笑みに心がちくりと痛む。

 彼女は全て知っていた。知った上で私を呼んだのだ。恥をかかせるために。


「先輩を馬鹿にするために二通渡したんですけど、なぜか婚約者の枠が埋まっていましたが。すぐに次の男を見つけたんですね、先輩」


 私を蔑むような笑い声が響く。気付けば拳を握っていた。殴ってしまおうか、そう思った時。


「この大馬鹿者が‼‼」

 バチン、と大きな音が鳴る。驚いて音の方を見ると、ギルドマスターがブレインとヨランダの頬をぶっ叩いていた。


「ブレイン、アンタって男は人間として恥ずかしいわ。ヨランダも女として醜すぎる。全く美しくないわ! こんな常識も道徳も欠けた子たちがアタシのギルドにいるなんてあり得ない、我慢出来ないわ。今日付けで解約します」


 ギルドと所属している傭兵、職員との契約を打ち切ると言うギルドマスターの言葉に、ようやく現実を見始めたのか、ブレインもヨランダもハッとする。しかし、ヨランダは負けじとマスターに食ってかかった。


「別に良いですよ。リッターオルデンじゃなくてもこの国には他のギルドがありますし。受付嬢ならどの部門のギルドにもあるし」


 と開き直るヨランダに今まで黙っていたローレンスが一言申した。

 

「あぁ、それは出来ないようにします」

「え?」

 唖然とするのはヨランダだけじゃない。ブレインも私も首を傾げている。ただ一人、マスターだけが事情を知っている様子で落ち着いていた。


「申し遅れました。僕はリッターオルデンを始め、皇国全土にギルド展開する運営元『ヴェロイア』グループの者です」


 驚愕の声をあげる私達に、ギルドマスターがため息まじりに教えてくれた。


「彼、ヴェロイア家のご長男なのよ。随分お偉いさんだからアンタ達は会ったことないだろうけど」


 ヴェロイアグループは、ローレンスの言った通り、アルゼンタム皇国全土にあるギルドを手掛ける運営元だ。ギルドマスターは運営元に雇用される形で各ギルドに配属されているのだという。そのヴェロイアグループを敵に回せば、彼らがギルドに所属できる道は闇ギルドくらいしかない。


 ローレンスが……そんな偉い人だっただなんて。ここに来てまた驚きに目を見開くことになった。


「あなた達のような風紀を乱す方はヴェロイアグループには不要です。ですから他の支店でも雇わないよう通達しておきますので」


 本部であるヴェロイアグループからの通達となれば各ギルドは従うだろう。彼らの再就職の道はかなり狭くなった。

 この国でまともな職業に就くならヴェロイアは敵に回せない。


 自分が置かれている状況にやっと気づいたのか、ブレインが首を左右に振ると私の手を取り瞳を潤ませて言う。

「シャーロット、俺は目覚めた。本当に愛しているのは君だけなんだ」

 何を寝ぼけたことを、と言いたかったが彼の言葉に怒りをぶつけたのはヨランダだった。

「はぁ!? 本当に愛しているのはわたしだけって言ったじゃない。あれは嘘だったの?」

 ヨランダは怒りの形相でブレインを問い詰める。いつも浮かべている笑顔からは想像のつかないほど、恐ろしい顔だ。


「お前とは遊びに決まっているだろ! 頼む、シャーロット。考え直してくれ」

 なおも私にすがりよるブレイン。私は握った拳に力を入れ、彼の顎を殴りあげた。

 ブレインは後方に五十メートルほど吹っ飛ばされる。可哀想に、顎から血が滴っている。


 私は彼に言い捨てる。


「あなた、剛拳姫に会ったら勝てるって言ってたそうね? どう、勝てそう?」

 ブレインの目が驚きで見開かれていく。彼のアーモンド色の瞳に、拳を握った私が映っている。

「剛拳姫シャルル。誰が言ったのかは分からないけど、私も昔傭兵だったのよ」

「う、嘘だ……俺が入った時にリッターオルデンに受付嬢として入ったって……」

「あなたが入ったタイミングで傭兵から窓口に異動させてもらったの。素敵な殿方を見つけて結婚するために」


 ブレインは首を横に振り、嘘だ嘘だと呟いている。


「そんなに嘘だと思うならかかってきなさいよ」

 彼の目の前で拳を作って見せると、力なく肩を落としたのが見えた。この臆病者め。


「私はあなた達にこれ以上用はないわ。払うものはさっさと払ってから金輪際近づかないで」


 散々な結果に終わった結婚式後、ブレインとヨランダは通告どおりリッターオルデンを解約。無職となった彼らは、他の街にあるギルドと契約を結ぼうとしたが、ローレンスの宣言通りどこも契約してくれなかったらしい。

 噂によれば二人とも闇ギルドに所属して、ブレインはきな臭い組織から命を狙われているらしいし、ヨランダは娼館で嫌々働いていると言う。どこまで本当なのか分からないが、どんな結果になっても自業自得だろう。

 私への慰謝料は、ブレインとヨランダの両方に請求している。逃げられたら嫌なので、揉めたが一括で支払うよう告げた。二人とも大した貯蓄はなかったようなので、親に借金をしたそうだが勘当されたらしい。


 私はと言うとあれからもリッターオルデンにいる。鬱陶しい二人が居なくなって働きやすくなったというのもあるし、楽しみが一つ増えたのだ。

 いつものようにお昼休みは、秘密の湖に向かう。すると、待ち合わせもしていないのに自然と毎日顔を合わせる彼がいた。


「ローレンス」


 あれから正体を知っても今まで通りに接して欲しいと彼が言うので、私は出会った時と変わらず接している。

 毎日、お昼には湖に来てたわいない話をしながら語り合うのが日課だ。


 ふと聞いてみる。

「婚約者役はもう必要なくなったからここに来る必要はないんですよ?」

 するとローレンスは美しい顔を綻ばせて言う。

「次は『役』じゃなくて本物の婚約者になりたいんだ」


 私はローレンスに笑いかける。いつの間にか私達の間に小さな恋の芽が出ていたらしい。

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