第10章 終わりよければすべてよし

 『第12火山島』から2人がオブシディアン男爵領に戻ってきて早くも2週間が経とうとしていた。


 沸騰海ボイリングシーの大決戦とマスコミに銘打たれた神々同士の戦いは、パーティの取材のために招かれていたマスコミ関係者が現地でリアルタイムで取材できたこともあり、オンポリッジだけでなく、大陸全体に新聞記事が配信される大事件として扱われた。実際にはS級ダンジョン内であればあり得なくもない事件なのだが、やはりダンジョンと違ってオープンフィールドでリアルタイムで取材できたことは大きかったようだった。


 事件の中心人物となったエッジとシンシアはオンポリッジでマスコミ取材の猛攻勢を受けたが、シンシアはともかくエッジは飄々とそれを受けた。


 それはオブシディアン男爵領に戻ってからも続き、ようやく落ち着いたところだった。


 今日もでこぼこした農道をロバの荷車に乗って、1人の若いパパラッチがやってきた。


 エッジは館の周りの木柵を直している最中だった。


「どーも、『トゥール・モンド・ギャルド』さん。もしかして自分のところの週刊誌持ってきてくれました?」


 エッジはそのパパラッチが主に画像を提供している三流ゴシップ誌の名前で呼んだ。


 シンシアはパパラッチが大嫌いだったが、エッジはいつもにこやかに対応するので驚いていた。


「持ってきたし、話もつけてきてやったぞ」


「おお、ありがたい。メシ、食っていきます?」


 ちょうど昼時だ。エッジはパパラッチの肩を抱き、離れに案内する。


 パパラッチは吐き捨てるように言う。


「ここで食わせて貰わなかったらどこで昼飯食えばいいんだよ。なんにもないんだぞ、ここ」


「そのうち、ベッド・アンド・ブレックブレックファストB&B くらいは作って見せますって」


「だーっ! そう言うなら取材で金くらいとれや!!」


「みんなで幸せになろうってのが僕のポリシーでして」


「俺、そういう考え方、好きよ」


 シンシアはエッジにベタベタのパパラッチに嫉妬する。パパラッチは殺意を濃厚に含んだシンシアの視線に気づき、ようやく挨拶する。


「おお。灰色キツネの姫君。これはご挨拶が遅れまして失礼しました」


「はよ帰れや、金の亡者」


 シンシアはつい本音を口にしてしまう。


「金は大切だよ~」


 それも本当だ。このパパラッチの口利きでオブシディアン男爵領が助かっているのも確かなことだ。


 ロバの荷馬車を駆ってきた農民も昼食に誘い、離れに行く。


 離れの外の長机に昼食の準備はできており、孤児たちとドロップエンド伯が派遣してくれた農耕指導の指導者たちはもう並んで座っていた。


 パパラッチ分の皿とスプーンが用意され、バイキング形式で昼食が始まる。


 テーブルには誰でも自由にとれるクラッカーの箱が置かれており、パパラッチはそれが入るように食事の画像をとる。このクラッカーは彼が画像をとるときに入れることで宣伝効果が望めるということで荷馬車いっぱい送って貰ったものだ。これでオブシディアン男爵領はかなり助かった。


「俺も儲かるし、食品会社も喜ぶし、ここのみなさんも腹一杯になる。こういうのをWIN・WINと言わずして何というのか」


 青空の下、ボウルに入ったごった煮を食べながら、1人満足げだ。


「ああ、家具会社からそのうち荷物が届くと思うから、そうしたらまた撮りに来るから連絡しろよな」


 あまりにも殺風景なオブシディアン邸の中を見て、パパラッチが心配してまた手配をしてくれたようだった。


「ここにはあなたのネタになるようなことはないでしょうに」


「ああ、でもまだ世間は忘れていないから、あんたらの近況はそこそこ金になるよ。主な収入はタイアップだけどなー」


 パパラッチは得意げだ。


 エッジがこういう人種にも優しくするのは、巡り巡って優しさが戻ってくることを知っているからだとシンシアは思う。


 エッジはパパラッチが持ってきた週刊誌を開きながらスプーンを持つ。


「お行儀悪いです」


 エッジからシンシアが週刊誌を奪い取る。


 週刊誌は保存版特集号と銘打たれ、沸騰海ボイリングシーの大決戦と大々的にタイトルが前面に押し出されていた。パラパラめくって見ると外神を退けたのは混沌の従神ということになっている。まあ、だいたい間違っていない。つまり事前に混沌の従神を巻物スクロールに封印し、それを使用したシンシアが外神を退治したことになっているのだ。対外的に2人がそう説明したのだからそれが公式情報になるのだが。なお、使役ではなく同意だったこともきちんと説明されている。


 エッジとシンシアの画像も豊富に載っていたが、画像の中の自分は、どう考えても疲労困憊した器量の悪い女魔法使いだった。うんざりせざるを得ない。


 なお、探検隊にいた外神信者は潜入した騎士団が無事確保していたし、とらわれていた魔道士たちも微塵も残らなかった1人を除き、彼らの手で解放された。その中にはコウモリ型の自動飛行機械を作った秩序の魔道士もおり(どうやら混沌との両道だったらしい)、体力が回復した後、シンシアに修理されたコウモリ1・5号を見て、大いに感心していた。しかし制作者がこのまま負けるわけにはいかないとリベンジ戦を誓っていた。


 アンバー少佐は今も事後処理に奮闘している。迎えに来た探検隊の先頭に立っていたかれは、1番にエッジとシンシアに合流し、互いの無事を喜んだ。アンバー少佐はおそるべき脅威を2人が未然に排除したことを喜び、心から感謝の意を伝えたが、危機を乗り越えることができたのはアンバー少佐がいてくれたお陰だとエッジも感謝の意を伝えた。


 残る8人のS級ダンジョン制覇者がもしハイランダー卿の側についていたら、シンシアとエッジは今、確実に生きていなかっただろう。彼らを中立に留まらせたことに最大の感謝だとシンシアは思う。


 その後、3日かけて測量をきちんと終わらせ、探検隊はようやく帰路についた。これで島の実効支配が始まることになり、二番手の海運会社は新たな事業に取りかかることができると思われた。東の大陸との交易が盛んになるのはいいことだ。


 帰港後はの公式の記者会見や辺境伯への謁見など何やらでごたごたした数日を過ごし、少し落ち着いてから2人はオンポリッジを去ることにした。その際、アンバー少佐とは再会を約束した。再会したときには3人で祝杯をあげることだろう。


 パパラッチは昼食を食べ終わると孤児たちや荒れた畑作地の画像を何枚かだけ撮って、ロバの荷馬車でオブシディアン男爵領を後にした。彼は彼なりにエッジのことを心配しているのだと思われた。


 入れ替わりで郵便配達人がやってきてエッジに書籍小包を手渡した。


 エッジが封を開けると西の交易中心都市で発行されている本だとシンシアにも分かった。本というかソフトカバーの画像集だ。それも、女の子がいっぱい載っている画像集になる。


「何、この本? どうして取り寄せたの?」


 エッチなのは許せないシンシアだった。


「前に、かわいさの基準なんて時代と場所で違うって説明したんだけど、覚えてる?」


「説得力ないなあ-と思った」


 エッジは狼狽した。


「いやいや、それを証明しようと思ったんだ。この大陸の東部と僕が育った西部だけでもだいぶ違う」


 エッジがページをめくると水着姿の女の子の画像が満載だった。


「あ、確かに違う」


 東部ではふくよかな女の子が好まれるが、その本に載っている女の子は出るところは出ていたがみんなスリムで、顔もすっきりしていた。確かにシンシアもその系統になる。つり目だって珍しくない。


「でも私はこんなに胸はない」


「いや、そこじゃないから!」


 エッジはまた狼狽する。


「西部ではこんな女の子がかわいいのね。わかった。私も西に行きたい気がする! 西部なら私も普通か、もしかしたらかわいいんだ!! なんて革命的!」


「分かってくだされば重畳でございますよ、姫」


 エッジは満足げに頷く。


 そしてまたペラペラとページをめくり、エッジは手を止める。


 そこは今、人気爆発中という美少女歌姫の画像の特集ページだった。


「――どうして私の画像が載っているの? しかも美少女なんだ???」


「いや、似ている、というかそっくりだけど、君じゃない。だってこの本が刷られたの、探検前だよ」


 エッジとシンシアは落ち着こうと自分に言い聞かせながら、ページをめくる。


 ドレスアップして舞台に立つ歌姫はまごうことなくシンシアその人だった。


「ハイランダー卿は堕落したとは言え、もう1人のこの世界の『女神の永遠の騎士』だった。彼にも女神がいた。なら、今、ここに姫がいたとしても――」


「もう1人の女神が西部にいる?」


「その可能性は高い」


「この子に浮気しちゃダメだよ」


「そうじゃなーい! 彼女に『女神の永遠の騎士』がもしいなかったら、ハイランダー卿はどう動く?」


「私が虚無のイシュヴァラの巫女と呼ばれているように、彼女もいずれかの1柱の巫女で、同じように神々の力を宿していたとしたら?!」


「ハイランダー卿が狙わないはずがない!」


 こうしてエッジとシンシアは西部への旅を決意した。


 無数の未来と過去、そして数えきれぬほど数多くの世界で繰り返されることになる『女神の永遠の騎士』と『呪われし者』の戦いはこの時間軸でも続いていくのだった。

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シンシアとエッジ 混沌×秩序×運命×変身×イチャラブ×スチームパンク×ニューウェイブ・ファンタジー 八幡ヒビキ @vainakaripapa

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