第4話 物思い
何でアタシはここまで夢咲なんかの世話を焼いているのだろうか。答えは単純明快、アタシは夢咲が嫌いだからだ。誰だって嫌いな人間とは関わりたくないし、距離を置きたいと思う。つまりアタシはやはり、夢咲が嫌いなのだ。
「違う、そーじゃない!ここはもっと薄くして……」
「へぇ??難しいですよ~」
まったく、何でこんなに要領が悪いのか。親の顔が見てみたいもんだ。メイクの1つもろくに出来ない、何なら多分勉強も出来ない。コイツが先生に居眠りを注意されるのは、コイツがいびきをかいて授業中にぐっすり寝ているからだ。そもそも一番後ろの席で背の低いコイツが何故バレるんだ。そっちの方がおかしいだろうに。
「……ん?あ、あんた、何そのメイク!?どうやったらそんな事になんの!?」
「はい?言われた通りにしましたけど?」
ちょっと考え事をしている間に、夢咲の顔面はピカソの絵画になっていた。いや、鏡見ながらやってんだから意図的にやんないとそんな風にはならんでしょ。アタシはその夢咲画伯の顔面をスマホで撮ってから綺麗に拭き取ってあげる。
「え、あの。今カメラの音が聞こえたんですけど……」
「そりゃー撮るでしょ。そんな奇跡的な特殊メイク、バズるに決まってんじゃん」
「いやいや御冗談を、そんなの上げたら私もうお嫁に行けないですって。……え?行かせないつもりですか?」
「さあね。ほら、喋ってないでこっち向いて」
わっしゃわっしゃと夢咲の顔を拭く。何だかお姉ちゃんしている気分だな、妹なんていないから良く分からないけど。でも何だろう、コイツといると飾らなくて済む気持ちになってくる。と言うよりかは面倒を見てあげたくなるような性格なのだろう、こちらの飾り立てる必要性を省かせられるのだ。アタシが今まで出会った事のなかったタイプ、母性本能をくすぐられるような。って母親の愛を知らないアタシが母性とか、ないわ。
「はい、じゃあとりあえずここまで。後は実戦あるのみ」
「うーん、上手くできるでしょうか……」
「まあまたピカソになっても逆にウケるからいーんじゃん?」
「芸人魂ですね!頑張ります!」
いやそうならないように頑張って欲しいのだけれども。そうしてアタシは玄関先で夢咲を見送り、部屋へと戻る。次は茶菓子を持参して来ると言っていたが、そんなもんはいらんと断った。あいつはアタシの何なのか、アタシはあいつにとっての友達になったのだろうか。バカバカしい、アタシは夢咲が嫌いなのだ。友達なんて在り得ない。嫌いな奴とは普通、友達にはならないのだから。
アタシの学生服のポケットからスマホが鳴り出した。連絡役からの着信音だ。
「おっと、もうこんな時間か」
いけない、今夜は外国のお偉いさんの護衛依頼が入っていたのであった。パーティー会場内の付き添いってだけの簡単な依頼だ。アタシは急ぎ準備に取り掛かる。今日はライダースーツには身を包まず、代わりにクローゼットからパーティー用の青いドレスを一着取り出す。それを手際よく纏ってからアクセサリーを付けて、一応鏡でチェックをし玄関を出る。カンカンとヒールの音が階段の下りを小気味よく鳴らした。流石にこの格好ではビッグスクーターには跨れないので、事前に待っていた黒のセダンのドアを開けて後部座席に乗り込む。運転席にはいつもの連絡役が座っており、アタシに声を掛けてくる。
「何だ千影、お前の部屋から女子高生が出て来たが。珍しいな、お前が他人を部屋に入れるなんて」
「……べつに、ただの同級生ってだけ。いいから出して」
連絡役は素直に従い、アクセルを踏んだ。それなりの高級車の為かアタシの乗るビッグスクーターよりも圧倒的に静かで乗り心地が良い。大して揺られる事もなく、目的地の横浜へと車を走らせながらアタシは考え事をしていた。いつも思うが、繁華街に近づくにつれて人が賑わうのは分かる。だがこんな面積内に密集して息が詰まらないだろうかと。色んな効率を考えて集中化させる事に異論はないが、アタシは都会で生活したいとは思わない。もっと静かでいい、ほんの少しのささやかな暮らしが出来ればそれでいい。こんな裏社会で生きておいて何を言ってるのかと自分でも思うが、アタシが望むのはボスへの恩返しであって贅ではない。だから任務の報酬は最低限の額だ。まあ子供には丁度いいと言うボスの意向でもあるが。パパ活をするのだって活動資金に充てる為。うちは経費が降りる会社とは違うからそこも自分で面倒見ないといけない、だから仕方なくというスタンスなのだ。
「もうじき到着するぞ。準備は出来ているか?」
「問題ないよ、いつでもどーぞ」
運転に専念していた連絡役にそう言いながらも、アタシは考え事を続けている。改めて思うのは、自分の今後、将来。アタシはいつまで組織でやっていけるのか、死ぬまで続けるのだろうか。年齢と共にきっと運動量だって落ちる、そうなれば今みたいに特に暗殺なんて出来なくなるかもしれない。かと言ってべつに地位が欲しい訳でもない。アタシはこの先、どこへ向かって行くのだろうか。漠然とした焦燥?先の見えない不安?それでもきっとアタシは組織に居続けるのだろうけれど。
車が関係者専用のパーキングへと入りそこで駐車をし、連絡役の仕事はアタシの送迎である為アタシは一人車から降りて会場入り口を目指す。幾人もの企業主たちが入っていく中で、アタシは今回の依頼対象であるアメリカ人の男の元へと歩み寄る。ガタイの良いブロンドヘアーで髭を生やしたオジサンだった。
「おお、君がチカゲかな?」
「そ。良かったよ、日本語が通じて」
「日本語得意です!日本の文化、素晴らしいね!」
アタシにはその感覚がよく分からないが、まあ自国を褒められて嬉しくならない日本人も少ないのではないだろうか。ちなみにアタシはどうでもいいと思ってしまう方になるのだが。
「今日はよろしくお願いします!僕は怖がりでね」
「ま、善処するよ」
素っ気ないアタシに気にする素振りも見せず、その依頼主は入口へと向かって行く。アタシは対象から一歩下がって着いて行き、チェックを受けて会場入りした。まあ、随分と金を掛けた催しだこと。ここは横浜でも最高級の式場であり、外観から想像できるくらいの広さを有している。中には既に200人はいるだろうか、皆グラス片手に社交界を繰り広げていた。このパーティーの目的は企業主同士の親睦会のようだ。だから特に進行役がいる訳でもなく、ただ横のつながりを求めに来ている人たちの交流会である。こんな普通のパーティーに何故影法師が動かなきゃならないのかアタシには知らされていないが、恐らくはこの中にも一定数の太客がいるのだろう。組織としても資金援助は必要になるので、そこは割り切る事にした。
「それではチカゲ、僕の後に着いて来てくれ」
「はいよ」
そう言ってアタシは護衛に専念する為、一応は周囲を警戒しながら依頼主の後ろに着いた。やはり警護するまでもない程平和な交流会だ、殺気どころか和やかなムードに包まれている。これだけ欲望の渦が巻いてもおかしくないような集まりなのに、かえって不自然にも感じてしまうがここは日本。いくら物騒になってきたとは言えど他国からすれば圧倒的平和の文化を継承しているのだ、先日の様な事件には早々に至らない。暗殺は起こるしそれに伴った護衛も必要になってくるが、それは全体からしてみれば極々僅かな案件。当然の事ながらこの時代において殺傷を有する事案よりも平和的に利益を叩き出せる依頼の方が遥かに流通しているのだ。
「……はーあ、退屈だなぁ」
ボソッと呟いたアタシの声は当然誰にも届かない。届くような声は出していないのだから当然だ。なのに突然、背後からアタシのぼやきに対しての反応が返ってくる。
「——あれ?姫野さん?」
「え!?夢咲!?」
何だ、何が起きているんだ。何故こんな場所で本日中の再会を果たすのだ。赤のドレスが印象的で、先程のメイク講習が役に立ったのか見事に可愛くなっていた夢咲がそこにいた。学校の時とは別人であるかのように髪もハーフアップにしており、今までは一体何だったのかというくらいのクオリティーの美少女に変容している。羽化、したと言うのか……この短時間で……。そんな訳の分からないアタシに夢咲が言ってくる。
「えっと、先程はありがとうございました。似合って、ますかね……?」
「いやいやあんた、そうじゃなくって何でこんなとこにいんの!?」
「ああ、私のおじいちゃんが事務所を運営してまして」
「はあ!?あんた、お嬢様だったの!?」
あ、っと。いかんいかん、思わずヒートアップしてしまった。周囲の視線を感じてアタシは冷静になる様に努める。深呼吸、すーはっはー。すーはっはー。
「おや、チカゲ。知り合いかな?」
依頼主がそうアタシに声を掛けて来たので、この状況をどう伝えるべきか思案する。こっちはまだ友達と言えばいいだけの話だが、夢咲にどう説明をするべきか。
「あー、学校の友達。夢咲、この人なんだけど——」
「あっ!いや全然気にしないので大丈夫です!じゃあ私はこれで」
そう言ってそそくさと立ち去って行く夢咲。何だ、何か分からないがどことなく不名誉な解釈をされたような気がするな。
「ん?もういいのかい?」
「あー、いいよ。アタシは仕事中だしね」
「おお!日本人の仕事熱心な心掛け、凄いですね!」
「……べつにそんな大したことじゃないっての」
何だか色んな事が腑に落ちないような複雑な心境になるアタシだが、まあいっか。そうして無事何事もなく今日の任務を終えてパーティー会場から帰還した。
翌日、アタシは教室の席に座ると同時に夢咲から声を掛けられる。
「……あの、姫野さん。昨夜はその、パパ活お疲れさまでした」
「はぁ……?」
何の事を言っているのか分からないアタシは、けれどすぐにピンとくる。ああ、そういう事か。昨日の依頼主と夜まで共にしたと思われているのだろう。
「あれ?違いました?」
「いや、まあ……。それよりあんた、今日全然メイクしてないじゃん。さては昨日のは誰かにやって貰ったな?」
「違うんです、自分でやりました!でも、その……学校じゃメイクするの、まだ恥ずかしくて……」
「いや、ふつう逆じゃね?」
ま、いっか。夢咲には夢咲のペースがあるのだろう。だけど昨日の夢咲を見ればちょっとは安心だな。なんて思っているアタシも昨日で大概お姉ちゃん気分に侵され始めているのだろう。全く以てくだらない茶番劇だ、だってアタシはそんなもの必要ない世界で生きているのだから。
アタシは夢咲が嫌いだ。少なくとも少し前までは、その原因すらも理解していなかった。今でもよく分かっていない、ただ無性に何かが駆り立てる。夢咲が嫌い、そう思っていなければやってられないくらいにはもう。アタシの心の内では夢咲の事をもっともっと知りたいと、密かにそう思っていたのであった——。
必殺仕事人☆夢咲花 宵空希 @killerrabit0904
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