第3話 メイクって何ですか?

授業は大変勉強になる。私はバカだから内容に着いていくのは大変だけれど、それでも勉強は素晴らしい事だ。だってまだまだ知らない事を沢山知れる絶好の機会なのだから。そう思える私も中々の模範的なJKではないだろうか。まあそれほどでもないかなっ☆


「夢咲さーん。授業中ですよ、起きなさーい」


「……ふぇ??」


あれれ??今確かに勉強に熱心に取り組んでいた筈なのにおかしいな。あ、全部夢か。そういえば私は酷く勉強が嫌いだったっけ。それでも授業に参加する精神こそ褒めるべきポイントだよね。まあそれほどでもないかなっ☆


「……バカ夢咲」


何やら私の前の席の姫野さんがそんな事を呟いたように聞こえたが、きっと気のせいだろう。なにせ私は姫野さんに大変嫌われているからね。理由は分からないけど、こんな幼気で素直で可憐などこにでもいる乙女系JKのどこが気に食わないのだろうか不思議でしょうがないぞ私は。まあ確かに?友達はいないし根暗な一面もあるし、話し掛けられても上手く返せない時もあるしてゆーか基本誰にも話し掛けられないし。あれおかしいな、良い所が全然見当たらないぞ。前髪がいけないのだろうか、目元まで被っている前髪が。邪魔だとは思うのだが、何せ職業柄素顔は人にあまり見られたくないのだ。


「それじゃあ今日の授業はここまで。みんな宿題を忘れないようにね」


「「はーい」」


年配女性の先生が終わりの合図を告げた。はー、やっと解放されたー。いやいや、殆ど寝てた訳じゃないからね。たまーに睡魔に負けちゃうだけだったからね。うん、今日はマシな方。よく頑張ったな、私よ。やがて終業のチャイムが鳴り、私は鞄を持って早々に教室を後にしようとする。けれどそこでまたしても大魔王姫野に呼び止められてしまう。


「ねえ夢咲ぃ、あんたどうせ暇でしょ?」


「……掃除なら自分でしてください」


私は小声で精一杯の反抗を示した。けれど大魔王にはそれが通じなかったようで、こちらの発言に構わず続ける。


「この後さあ、アタシ買い物に行くんだわ。あんたも付き合いなよ」


「ですから掃除は……って、え?買い物??」


コイツは何を言い出すのだろうか。買い物に付き合えってつまり、荷物持ちをやれって事だろうか。訳の分からない私を他所に大魔王は話を進めてしまう。


「ほら、さっさと行くよ」


「え……でも、どうして私を誘うんですか?」


疑問一色の私は口からまんま疑問が出ていた。だってこんな事入学してから一度もないし。誰かに誘われるどころか、大変嫌われている姫野さんからのお誘いなんて俄かには信じがたい。ヤル気か?路地裏でひっそりと私をヤル気か?


「どうしてって。あんたが嫌いだから」


「はい??」


ほら、ほらほらほら!!やっぱ嫌いなんじゃん!じゃあなんで誘うんじゃい!と私の心の内に住み着く三人の私もみんな同じ見解を示し、一斉に文句を言った。するとここで意外な発言をしてくる姫野さんはどこかつっけんどんなようでいて、どこか照れた様子だった。


「……アタシ、これでも殆ど人を嫌いになったりなんてしないんだよ。だからまあ、逆にあんたが気になるってゆーか」


「……?」


「ほら、行くぞ夢咲!」


「わわ!待ってください!」


そうして私は姫野さんの手に引っ張られながら、予想だにしなかった買い物へと向かうのであった——。




友達(仮)?と今私は原宿なる場所で買い物をしている。なんだここ、めっちゃ都会じゃん。人がいっぱいいるし怖っ!都会怖っ!私の高校は神奈川ではあるが県庁所在地の横浜からは割と離れた所に位置しており、私の家は更に離れるので人混みとは無縁な場所なのだ。だからか私には都会耐性が皆無である。何ならそれを今知ったくらいだ。私は道端で吐かないように気をつけながら精一杯姫野さんにしがみついて行くのだった。


「ほら夢咲、人の後ろに隠れてばっかいるなって。こんなのは堂々としとけばいーんだよ、オドオドしてたら返って悪目立ちするんだからさ」


「だ、だって~……」


そりゃあ姫野さんはめっちゃギャルメイクで都会向きスペックだからいいけど、私なんか模範囚JKだぞ。学校と言う名の牢獄に閉じ込められた、哀れな女子拘束生、略してJK。ああ、脳内がパニックしてる。目が、目が回る~……。


「しっかりしろって夢咲!ああもうしょうがない、喫茶店で休むか」


フラフラな足取りの私は、再び姫野さんの手に引かれてスタタバへと連行されていった。でも何だろ、案外姫野さんって面倒見がいい人なのかもしれないと、薄れゆく意識の中でそう思う私なのであった。


あう、あう……とひたすらに唸っている私をエスコートする形で姫野さんが席に着かせてくれた。対面する形で同じく席に座る姫野さん。メニューを差し出されるも私はあうあうしていた為、何を選んだらいいのかも分からない。


「まったく……。あんたってそこまでダメ人間な訳?たかが買い物ぐらい出来ないでこの先どーすんの?」


「……、大変申し訳ございませんでした」


ド正論を突き付けられた私は素に戻り、遜りながら土下座に続けて靴を舐める様な気持ちで謝罪した。想像の中の姫野さんの靴は、あったかかった。


「はーあ、あんたなんか誘うんじゃなかったわ。これじゃ服どころか化粧品も買えやしないじゃん」


「……すみません」


最早誠心誠意、謝るしかあるまい。せっかく誘っていただいたのに私の都会耐性の無さで台無しにしてしまった訳なのだから。ああ、穴があったら入りたい。もうそのままそこで暮らしたい。モグラは自由でいいな、私もモグラになれたらな。いっそマントルまで潜って地球と同化してしまおうか。私はアース、製薬会社じゃないよ。そこまで発想が飛躍している私を見かねたのか、姫野さんがキャラに似合うのか似合わないのか分からない事を言ってくる。


「ならさ、いっそあんたもメイクしたら?そうすればちょっとは自信でるんじゃない?」


「……え?メイク??」


考えた事もなかった。この私が、メイクだと……?自慢ではないが顔には自信がない。昔、近所の同い年の男子に言われたことがある。「女ってさ、結局は顔だよな。お前もそう思うだろ?なあ、花男」と。私の勘違いかもしれないが、その男子は私を男だと思っていた可能性もなくはない。だって私の名前に花はついても男はつかない。いや普通つけないだろ、ガキでもそんくらいは分かれよっ、ヒラヒラのスカートが目に入らねえのか、目ん玉にヒラヒラぶち込むぞ。そんな事を思い出していると、突然姫野さんが私の顔に触れて来た。え、なに!?なにすんの!?


「……へー、意外だわ。あんたって、前髪あげれば可愛いじゃん」


「……ふぇ??」


あちゃー、私の可愛さに気付いてしまったか……。いやそうじゃなくて!私がカワイイ??お世辞にしたって悪い冗談だ。


「すっぴんでそれでしょ?素材めっちゃいいじゃん。これならナチュラルで……いや案外地雷でも……」


何やら真剣に悩んでいる様子でブツブツと呟き始めた姫野さん。なんだ、何をされるんだ私は!改造か!?地雷って一回顔面を吹き飛ばすつもりなのか!?


「よし、決めた。夢咲、今からアタシん家に行くよ」


うわー、証拠を残さないようにかー。おじいちゃん、今までありがとう。天国のお父さんお母さん、いやお父さんは絶対地獄だな。今、花はそちらへと逝きます。あれ、私も絶対地獄だろ。そうして三度姫野さんの手に引っ張られて私は冥土へ旅立ちに行くのであった——。




原宿から電車に乗り、南下して神奈川の端の方を目指す。揺れる電車の中で私と姫野さんは吊革にぶら下がりながら沈黙を貫いていた。まあ混んでるしね、そもそも喋れって言われても話題ないし。私、死にに行く様なもんだしっ(泣)。まあぶっちゃけいざとなれば身を隠すくらい出来るのだが、姫野さんだって流石にそんな事する訳ないよね。普通のカースト最上位ギャルだし。あれ、普通ってなんだっけ?


「ねえ夢咲。あんたってどの辺住んでんの?」


うわー、遺言書の郵送先を聞かれてるなー。おじいちゃん悲しむかなあ。え、悲しむよね??どんなおじいちゃんだって孫娘に先立たれたら、一生の不覚だもんね?


「あー、えっとー……」


「いや、べつに言いたくないならいいけどさ」


あ、姫野さん怒ったかな?いや待てよ、住所なんて聞かなくても私の爆発させられた顔面を広場で晒せばいいだけか。な、なんて惨い事を考えるんだ……サイコパス姫野。


「あ、降りるよ」


「は、はい」


見慣れた駅で降車した私たちは改札を出て、見慣れた道を進む。簡素な住宅街が続き、この先の角にあるのは近辺で唯一のコンビニエンスストア。そこを曲がるともうすぐ私ん家、には寄らず素通りしてまた道を曲がった。


「ここがアタシん家」


「……そ、そうなんですねー」


私ん家から徒歩3分圏内って……。なんで今まで遭遇しなかった??逆に不自然だろし、先に言っとけし。聞いてんのか自治会長の高田さん。


「なに、あんた。ボロアパートだからってバカにしてんでしょ」


「い!?いえいえいえ!滅相もございませんっ!!」


確かに綺麗とは言い難い歴史あるアパートって感じだけど、べつにバカにしていた訳じゃないので必死に否定した。伝わったかどうかは微妙な所だが。


「ま、いいけどね。アタシだって生活ギリギリだしさ」


「え、ご両親は?」


「……いーから、とりあえず上がんなよ」


何か聞いてはいけない事を聞いてしまっただろうか。生活がギリギリって、あんだけお洒落してパパ活もしといて金がないってどーゆー事だ?いや金に困ってるからパパ活をしていたのだろうか。まあ言われた通り私は姫野さんの後に続き、二階への階段をギシギシと登って一つ目の玄関先で立ち止まった。姫野さんが鍵を差し込んで解錠し、ギイィと音を鳴らせてドアを開いた。


「どうぞ。散らかってるかもしんないけど、まあ気にしないで」


「は、はい。お邪魔します……」


他人の家など何年ぶりだろうか。土足で許可なく上がり込む事は日常茶飯事だが、お招きされるとなると緊張してしまう。普通は逆なのかもしれないが、私にはそれが逆なのだ。ん?今どっちだ?逆の逆だから……ってもういいや。


「って、あれ??ここホントに姫野さん家ですか??」


私は目を疑った。姫野さんの事だからもっと派手派手してケバケバしい部屋だとばかり思っていたのに、あまりにも簡素な部屋だった。カーペット1つ敷かれていない剥き出しの床に、置いてあるのは小さな丸テーブルが1つ。テレビもなければベッドもない。照明も裸電球だし、唯一それっぽい物があるとしたらクローゼットくらいだろうか。何ならカーテンもなく雨戸が閉じられたままだ。


「そうだよ、正真正銘アタシん家。あんたがどんな想像してたのか知らないけど、アタシは簡素なのが好きなの」


「え、そのメイクで??」


「……まあ否定はしないけど、それとこれとは話が別なんだよ。あんたもJKやってんならそれくらいオンオフつけなって」


「はあ……、そういうものですか」


早速ギャル式の説教を喰らってしまったぞっ☆それはそうと私は本当に何故お呼ばれしたのだろうか。この期に及んで未だ何も理解していない、逆にスゲーぞ私。


「さて、と。コーヒーでも飲む?」


「あ、っと。私コーヒー飲めないんですよ、ですのでお構いなく」


「そ。じゃあさっそく始めよーか」


え、何をって聞いていい所かコレ?何かされる前にせめて……、何をされるのか聞いておきたいっ!でもここまでのこのこ着いて来て今更聞くのって、なんか空気読めてないよね!?私気配は読めるけど空気は読めないんだよねー、気配は読めるけど!


「じゃあ夢咲、目閉じて」


「う……うー……」


素直に閉じようとする意識と是が非でも閉じまいとする意識が混同して、私の瞼はだんだん変な形になってきている気がする!あれ、今どこ向いてんだろ!?なんかヤベー奴になってるだろーな私っ!


「ぷっ!あっははは……!!あんた何変顔してんだよ!?アタシを笑かしてどうする!?今からメイク教えたげるってのに!」


「へ……?メイク??」


なあんだ、メイクかー。いやー焦った焦った、いや焦ってないけどね。至って冷静だったけどねっ☆


「いーい夢咲?あんたは可愛いんだから、顔を隠してたら勿体無いって。だからちゃんと覚えて帰るんだよ?」


「……なんで、そこまでしてくれるんですか?」


本当に、心底疑問だった。あんなに私を嫌っていた姫野さんがどうして、私の為にここまでしてくれるのか分からない。私らしくもない真剣な問い掛けに、姫野さんは渋々と喋り出す。


「……あんたが嫌いだったのは多分、自己主張をしない奴だったから。自分は周りと関り持ちませんみたいなオーラ全開でさ、顔までわざわざ隠しちゃって。でも今日あんたと関わってみて分かったわ。あんたは自己主張をしないんじゃなくて、するのが苦手なんだね。いつからそうなのかは知らないけど、それが染みついちゃってるんだよ」


「……。」


そんな事を姫野さんに言われるとは思わなかったな。確かに私は仕事が一番になって他を完全に疎かにしていた。友達がいなくたって仕事には寧ろ好都合くらいに思っていた節もある。そうか、私はもっとJKらしく他の事にも目を向けるべきだったのか。


「……まあ微妙に食い違ってはいますけど、姫野さんの言ってる事は的を射てますね。思えばいつの間にか苦手になっていました」


「って、説教する為に呼んだんじゃないっての。さ、教えるから自分でもやってみ」


「はい、よろしくお願いします!」


何だか姫野さんはお姉ちゃんみたいだ。私は一人っ子だからお姉ちゃんがどんなものか知らないけど、そんなイメージを得る。まさかあんなにも険悪な印象の私たちがこうして友達みたいな事をやっているなんて。不思議な事にそれは当然の成り行きの様にも感じていて、何だか私は久しく感じていなかった楽しさを感じているのだった——。

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