第二話 大好きだよ。後編

 「俺たちが作っているのは、みんなが言うところのタイムマシーンだ」


 「え、確かタイムマシーンを作ろうとするのって出産と恋愛と同じ極刑にならなかったっけ?」


 「そうだよ。ただ恋愛と違ってチップの音声認識が作動しないからね」そう、今の世界はいびつな形になっている。約五十年前から普及が始まり今や全人類が埋め込みが義務化された米粒サイズの通称。このチップは個人情報や買い物など様々な機能が備わった便利な機械でセキュリティも万全なため国際議会で義務化が成立してしまった。


 しかし、このチップの恐ろしいところは「人類引退計画」が成立したときに判明した。それは国際議会が打ち出した「恋愛禁止令」だ。性行為はもちろんのこと愛情表現、好意を表す言葉を発することを禁止した。チップに搭載されていた音声認識機能によりあらゆる言語の「好き」を感知したとたん、発した人間のチップが心臓を止めて命を奪う。始まった当初は何人も死亡者が出ていたが、今はそんな人間一人もいない。それと同じようにタイムマシーンを作ることもバレれば極刑となる。理論上作ることは可能とされているが、過去に干渉することで時代が変わったり、場合によっては今の世界が崩壊する可能性があるため、製造することを禁じている。


 そもそも生殖機能を奪えば出産することはできなくなるから確実だと思うのだが環境党曰く「それは生物のことわりから離れている」らしい。本当に頭が悪いと思う。タイムマシーンも開発すれば現状を打破できるかもしれないのに。


 「で、その研究が僕になんか関係あるの?」


 「できたんだよ!」父が楽しそうに大声を上げた。


 「えぇ、殺されるよ……」


 「バレなきゃセーフ!」父がそう言うとポケットから白い輪っかを取り出した。


 「それに過去に行ってもチップはなくならないんじゃない?」


 「それは大丈夫、チップは製造している会社内で制御されている。時空を超えてしまえばチップとは切断されすぐに停止する」


 「これを首にセットするのよ。まあ明日だけどね」母が優しく声をかけた。


 「分かった。三人のやつは?」そう言うと三人が顔を見合わせてから父が口を開いた。


 「……うまく量産できなくてね。とりあえずお前に行ってもらいたいんだ」


 「なんで。タイムスリップしないといけないの?」


 「あなたには人生を謳歌してもらいたいの。こんな未来のない人生よりも少し不便でも未来があって恋愛もできる世界に行ってもらいたいからだよ」母の優しい言葉が耳に届く。


 「……分かった。ありがとね。ただなんか今日は疲れたから寝ていい?」今日一日友達を訪ね、両親に訳の分からん話を聞かされ続け、頭も体も疲弊しきっていた。


 「そうだね、でもその前にご飯にしましょ。あきら君も食べてく?」母がリビングに手招きしてくれた。


 「うん、そういえばお腹すいたし食べよ――」


 「いいんすか! いただきます! おばさんのご飯美味しいから楽しみです!」僕の声を遮りあきら兄さんの返事が部屋を満たした。その後いつにもまして豪華な料理を四人で囲みながら四人で夕飯を楽しんだ。


 「まだ俺は覚えてるよ! 楓太ふうた君と初めて会った日のこと。俺が確か――九歳で楓太ふうた君がまだ四歳だっけ? 公園で遊んでたら急に話しかけてきたんだから。鬼ごっこしようって言うからやったら負けてすぐ泣くし。俺が教えた柔空手道じゅうからてどうも俺に全戦全敗でずっと泣いてたし」


 「なんでそんなこと覚えてるんだよ。うるさいなぁ」


 「俺は記憶力良いからね!」


 「飲みすぎだって、うるさいよ……」


 「楓太ふうた、お前も飲め飲め」


 「ほらお父さん、酔っぱらいすぎですよ。楓太ふうたはまだ小さいんだから飲ませちゃいけません」


 「いや、もう高校生なんだけど……」くだらない話と美味しい料理で僕の体は満たされ、心地のいい眠りについた。


 翌日の十三時過ぎに起床してリビングに行くと昨日の夕飯の残骸が残っていたので、軽く口に放り込んでいると研究室の方から母の呼ぶ声が聞こえた。もう昼とはいえ十二月は少し肌寒い。


 「おはよう」


 「おはよう、ちゃんと用意したよ。あっちでしばらく暮らせるだけのお金と暮らし方ガイド、当時の流行りの服装二着、あっちの世界での身分とかいろいろの証明書。お金と証明書は完璧に偽造したからバレないよ」


 「いや、偽物じゃん!?」


 「大丈夫! 日本政府が公開した現金の製法を真似して作ったから」そう言うと圧縮された洋服と手のひらに乗るくらいの薄いガイドブック、革? の財布が入った小さめの青いリュックを手渡された。中を確認すると服を一着取り出し、財布の中を覗き込んだ。初めて見る財布と現金に心が躍った。


 とりあえず、黒いデニムに白シャツ、水色の薄いジャケットに着替えてみた。割と着心地がよい。教科書でしか見たことがない服装だ。


 「似合ってるよ! 財布には二万円、調べたら今の四百万円くらいの価値があるらしいから何年かは遊んで暮らせると思うよ」


 「そっか、ありがとう」


 「おはよう楓太ふうた。こっちにおいで」父が研究室の奥へといざなう。そこには少し酔いが残っていそうな、顔色の悪いあきら兄さんが立っていた。


 「楓太ふうた君、準備はいいかい?」


 「うん、父さん、母さん、あきら兄さん今までありがとね、僕のためにここまでしてくれて。次会うのがどれくらい先になるのか分からないから……」僕の言葉を聞いて三人は動きが止まり、研究室の機械の音だけが無機質に響く。


 「あぁ、俺たちも楓太ふうたと出会えてよかったよ。ありがとう。そうだ――」そう言うと父はポケットからカメラを取り出し四人の集合写真を撮った。すぐ現像されると一枚を僕に渡し、もう一枚を自分のポケットにしまった。


 「あと楓太ふうた、これを」父は緑色に輝く小さくて丸いペンダントを手渡してくれた。


 「何これ?」よく見るとあきら兄さんも同じものを首に下げている。


 「こちらと会話する機械だ。二つをリンクしているから壊れない限りこのペンダントを通じて会話ができる。……私たちは忙しくなるだろうからあきら君に預けることにした」


 「そういうことね」あきら兄さんがアクセサリーをしているという奇妙さに納得すると自分も首に通した。


 「じゃあ楓太ふうた、これを首に付けて、真ん中のボタンを押すんだ。忘れ物はないかい?」父はそう言うと首の大きさほどの白い輪っかを渡してきた。


 「ないよ! じゃあ先に行ってきます。またね」別に金輪際会えなくなるわけでもない。いつになるのか分からないけど三人とも過去に来てくれるだろうから、そこまで寂しくはなかった。


 「バイバイ」ほぼ同時に三人の声が耳に到達した。これを合図に真ん中のボタンを押すと押したところが赤く光り、機械的な声でカウントダウンが始まる。そんなことしなくていいのに。


 「十、九、八、――」意外と時間があったので先にお別れを告げたことが恥ずかしくなってきた。四人とも少し気まずそうに顔を合わせていると、両親が再び口を開いた。


 「バイバイ」満足そうな笑顔の端でうっすらと涙が見えた気がした。


 「またね」軽く右手を三人に向かって振ると耳にカウントダウンが再び到達した。


 「――二、一、転送します」その合図とともに僕とリュックは首に巻かれた輪っかによって後ろに引っ張られる。苦しい……後ろに倒れこむように体がもっていかれる。三秒ほどもがいていると苦しくなくなり体が動かなくなっていた。浮いているような、立っているような不思議な感覚。ただ目の前には三人が見えるし音も聞こえるが、不思議とそこにいる気がしない。


 両親は顔を見合わせるとタイマーの音が鳴り響く。


 「大好きだよ」二人の温かくて優しくて愛情のこもった声が聞こえた。その刹那、二人は電池の切れたおもちゃのように力が抜け、満足そうな顔を浮かべて倒れこんだ。待って! そう声に出そうとも口が開かない。こんなに悲しいのに涙が現れない。戻りたいのに体が動かない。少しずつ目の前の光景が遠ざかり映画館のように自分の視界の周りを暗闇が埋め尽くす。完全に暗闇に支配されると体が動き出し、ため込んでいた涙と泣き叫ぶ声が暗闇に吸収されていく。前に戻ろうとしても相変わらず首は後ろへと僕を引っ張り続ける。


 「まもなく到着します」僕の首から無機質な声が聞こえ、また体が動かなくなった。

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拝啓、千年前の僕へ。人類最後の恋はいかがですか? 三京大、 @Muneyama

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