拝啓、千年前の僕へ。人類最後の恋はいかがですか?
三京大、
第一話 大好きだよ。前編
「好き」この言葉に何度うなされ、何度救われただろうか――
******
「ただいまぁ」夕焼けで背中が照らされながら待っていると、顔の認証を終えた家の扉が自動で開いたので、両親とお手伝いロボットに声をかけた。誰も返事をしてくれない……
「あきら君、あれの調整はできた?」
「できましたよ! 姿が見えなくなってから、四・七秒から五・二秒間は聴覚と視覚は残るはずです」家の奥から母とあきら兄さんの話し声が聞こえたので会いに行った。二人とも白衣を着ている。
「ただいまぁ。あきら兄さん来てたの! 二人の手伝い?」一週間ぶりにあきら兄さんに会えたので嬉しくなり、声を弾ませて話しかけた。
「おぉ、
「知ってたの? ありがとう! でもね、
「まあ、
「なんじゃそりゃ」笑みをこぼしながらあきら兄さんの優しさを噛みしめた。両親の研究室の机に置いてあるボタンを押して『NEW ラジオ』のニュースを聞き始めた。
「本日も国際議会の野党は与党の環境党が掲げる『人類引退計画』を止めるため異議を申し立てています。しかし、恋愛と出産が禁止されてから来年で二十年となり、ここから人類が再生するのは難しいとの意見も出ており、会議は平行線のまま過ぎてしまっています。また、日本の
「ほんとに嫌な世界になったね。ほんとに人間ってのは危険になると理性がなくなり、極端な決断をしだす。それで後悔しても嘆くことしかできない」母が神妙な面持ちで呟いた。
「なかなかかっこいいこと言いますね」あきら兄さんが驚いた顔で母を褒めた。
「いや、それこの前僕が言ったやつだから。母さん、自分が考えたみたいに言わないでよ」笑いながら母に文句を言った。
「ばれたか」ほうれい線が際立つほどの笑みで自白した。
「ただいま!」玄関から父の明るい声が聞こえた。
「
「飲んで帰ってきたな」思ったことがそのまま口に出ていた。
「お前はなんで文系に行ったんだよぉ。俺らの研究引き継いでよぉ。寂しいじゃんかよぉ」スーツを着た父に抱きつかれた……うわ! めんどくさいな、この酔っ払い。酒の匂いの侵入を拒むように手を仰ぎながら母を見つめた。
「ほら、あなた。
「でも確かに面白いよな。科学者の名家、
「……別に気にしてないよ。歴史は楽しいよ。特に好きなのが千年前――西暦二千年あたりが一番面白いよ」
「あぁ、第一次国際・情報時代だっけ?」
「そうそう。もうあの時代の言語も覚えて会話もできるレベルになったからね。あの多様性を考え始める時代は学んでいて楽しいよ」
「……理解できない」あきら兄さんが苦笑しながら呟いた。
「そうだ
「分かった、分かった。何回も聞いたよ」そう言うと学校の荷物を置きに自分の部屋に戻った。
リュックを学習机に放り投げ、ベッドに腰掛けるとさっきのあきら兄さんの言葉が脳内で再生される。『お前は科学者になると思った』こんなことを何度も言われ、その度に申し訳なさが僕を襲う。
もう一つはとあるご先祖様の存在だ。約三百年前、当時少子化が進み続けていた日本に生まれた彼女は出産、育児に関する研究で大成功をおさめ、当時の日本人から救世主と呼ばれるに至った。その後、少子化問題が深刻化していた先進国に高値で技術を売り、彼女の子孫は今に至るまで多大な資金で研究に打ち込んできた。
この二つの存在が
翌日、居間に行くと両親が椅子に座って談笑をしていた。
「おはよう。二人とも土曜日なのに早いね」目をこすりながら声をかけた。
「おはよう。昨日言ったことなんだけど、いろいろあって明日からみんなと会えなくなる。急で申し訳ないが友達に別れの挨拶をしてきてくれないか?」父が僕を見つめながら、真剣な表情で理解できない言葉を発してきた。
「なに言ってるの? 引っ越し? 国内なら二十分あれば会いに行けるし電話だってあるじゃん」寝ぼけた脳みそを叩き起こしながら父に問いかけた。
「悪い、今は何も言えないがほんとうに会えなくなるんだ。頼む」
「……分かった」父はこんなくだらない冗談を言わない人だ。だからこそ真剣なんだなと理解した。つもりだが理解しきれない。
「わ、分かった。じゃあ友達に会ってくる」
「今日の夜、しっかりと説明するから。ごめんな」父が申し訳なさそうに言ってきた。
「……ん」目も合わせず適当に返事をして、朝食も食べずに家を出た。それから何人か仲のいい友達に会いに行った気がするがあんまり覚えていない。そもそもそこまで友達が多い方ではないし、現代の子どもは関係が軽薄というデータも出ているらしいので、もしかしたらそこまで大切に思ってなかったのかもしれない。我ながら最低だ。
「ただいま」分厚い雲の合間を縫って差し込まれる夕日を浴びながら家に着いた。
「おかえり」奥から三人の声が聞こえる。
「あきら兄さん来てたんだ! で、なんなの急に会えなくなるなんて」
「そうだね。まず俺らが何の研究をしているか教えようか」父が重そうな口を開いた。
「そういえばよく知らないな。息子なのに」不満げに僕が言うと、父の大きな目が細くなり申し訳なさそうに笑った。
「俺たちが作っているのは、みんなが言うところのタイムマシーンだ」
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