第4話
祭り拍子が鳴り響き、参道には出店が並んでいる。今日は年に一度、必ずこの地域で行われる祭りの日である。
高井はこの地域で仕事をするようになってから、毎年顔を出すようにしている。もちろん祭りを楽しむためではない、いわゆる付き合いというやつだ。
異世界人技能実習生を派遣する業者は、少なくない。派遣先とはできる限り親しくしておかなければ、金の成る木を奪われる恐れがある。
地域住民や農家、農場経営者らに愛想良く挨拶したり、雑談したりしながら参道を歩いていると、武田の出している出店にたどり着いた。
この地域でおそらく最も広大な農地を所有する武田は、そこで働かせている異世界人の実習生のうち何名かを選び、毎年出店をやらせている。
去年は何をやらせていたか忘れたが、今年はフランスパンに焼きサバを挟んだものを出しているらしい。
サンドイッチを作り、販売する彼らの顔は張り付いたような笑顔で、目は充血し深い疲労が見てとれる。彼らはここへ来る前はいつものように農地で働かされ、そしてこの祭りが終わった後もまた深夜に及ぶ労働が待っている。それでも、こうして表に出る時は溌剌とした笑顔である事を強いられており、逆らえば後が怖い。
服装は小綺麗なシャツにエプロンを着せられ、髪も綺麗に整えてあった。
武田はこういう時だけは、実習生を積極的に風呂に入らせ、清潔な衣服を身につけさせる。
出店から少し離れた場所で、武田が得意げに地元新聞のインタビューに答えていた。
異世界人を雇う事で地域の活性化や福祉に努めているだの、実習生の事を娘や息子のように思っているだの、嘘八百を悠々と並べ立てている。
金儲けと承認欲求の道具と思っている、の間違いであろう。
新聞のインタビューを終えた武田に、高井はにこやかに声をかけた。
「いつもお世話になっております、いやあ相変わらず武田さんとこの実習生はイキイキとしていますね。」
高井のそんな台詞を、武田は皮肉とは受け取らず、満足気に頷いた。
「いやいや、農業は遣り甲斐がありますからねえ。自然、そうなるのでしょう。土の力ですよ、自然の力。」
――農業は遣り甲斐がある?自然の力?お前が農地に出ている所など、未だかつて見た事も無いが。
そんな事はおくびにも出さず、高井は適当に相槌をうった。
「高井さんのおかげで、うちは大助かりですよ。まさかタダ同然で使える労働者が、こんなに手に入るなんて。これからも、よろしくお願いしますよ。」
武田は声を小さくし、顔を近付けてそう言った。
「もちろんです、今はどこも苦しいですからね。これからも、助け合っていきましょう。」
高井もまた、囁くようにひっそりと、こう答えた。
本堂の方から呪文のようなものが聞こえてきて、そちらを見ると、神主がその呪文のようなものが書かれているらしき用紙を眺めながら、無表情で声高に唱えていた。
神主の前には木がくべられており、積まれた木の上には藁でできた人形が吊るされている。
やがて、煌びやかな着物を着た関係者らしき男が、火のついた松明を片手に現れ、積まれた木に火を点ける。
吊るされた藁人形は、燃え上がる火に炙られ、揺れながらやがて火だるまとなった。
大昔から毎年行われてきた、この地域の祭事である。そして藁人形は、元は人間であったという。
冷害の多かったこの地域では、毎年そうやって誰か一人を人身御供とする事で豊作を祈願するようになった。それで本当に豊作が叶ったかどうかは知らないが、とにかくその恐ろしい儀式は、今から百年程前まで続いたらしい。
今、そんな事をすれば犯罪として大問題になる。さすがに同じことをやるわけにいかず、藁人形で代用している。
人身御供に選ばれる人間の選別方法は知らぬが、地域で最も弱い立場の者と考えるのが普通であるように思う。
高井の目に、その藁人形が自分の派遣している技能実習生に重なって見えた。
現代の奴隷制度、そして現代の人身御供。
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