EP.5 masakatsu petrol kohnan
東北では初雪が降ったとか。
以前だったら、ONE MORE KISS DEARのライブ巡業は、メンバーはボックスカー、バンドメンバーはワゴンで、雪のない西日本を重点的にシフトしていた。そんな冬の到来をまた思い出した。
ただONE MORE KISS DEARは、今年に限っては、西武ドームスタジアムでの事案も有り、世界中からの注目を浴びて、アジア地域からも声掛けされて、まさかの世界ツアーに出ている。
とは言え、折り返しのマレーシアライブが、航空管制の不具合で明日の発着になった。
ここは社長の方針で、ご褒美の中日を差し込んでいたので、明日の便に振り替えしても、マレーシアライブは無事果たせる。
そんな羽田空港からの引き返しで、私達は真田辰政社長のお馴染み、ガソリンスタンドのまさかつペトロール港南店で、明日の軽い打ち合わせに入っている。
件のトラブルで、羽田空港一帯から品川迄、人間が溢れかえっているので、カフェも併設するまさかつペトロール港南店はまさしく穴場だった。
打ち合わせもそこそこに、私達結束メンバー溝口菖蒲・大友真凛・忍足姫里は何かと、円卓席で女子トーク夢中になる。
「菖蒲、それで自然消滅なの。肇君、まあ人間がちっさい感じが表情に出てるよね」更に小さい小顔の真凛が下品に笑う。
「真凛、肇のそこは個性。凄いシャイよ。まあ大作映画で忙しいと言っておきながら、タブロイド紙に新恋人発覚出たらね、終止符」私は今やっと終止符と言い、やっとけじめをつけた。
「はは、笑っちゃう。そこ、間に受けちゃうの、菖蒲も真凛も。業界の怖さ知らないのね。私達は、あの西武ドームスタジアムの不思議事案の当事者で、そんな物騒な娘と、うちのドル箱付き合わせられるかで、事務所も新恋人の手切れのリークはするわよ。私達もそろそろ玉の輿にシフトするべきかしらね。うふふ」姫里はいつも笑顔なので、つい出る毒エッセンスが思ったより柔らかい。
「ああ、そっちか。神仏有きの業界だしね。でもさ、若いって、あの固さって、今だけの楽しみなのに、これじゃ近寄らんか。うーん、そうだね、おじ様にシフトするしかないか」真凛は然もありなん。
「ふーん、そうなんだ。何も聞いてないよ」私は終止符なのに、大人の事情かと釈然しないものがある。
「菖蒲、ここ泣く所、そういうの習慣にしないと、ほら、青春だよ」姫里は幼く見えるが一番大人だ。
そう、私溝口菖蒲26才。次がある。
ただその次も、気になる人物がいる。癖っ毛のファニー男子、千日前貫徹。
偃武司僧正曰く関東圏を巡視しているらしいが、そもそもアーティストと一般人が出会える機会なんて奇跡に近い。もっと売れようかな。頑張って機会増やすしかないよね。
そうとは言え、片思い位が、私のストイックさに戻れるかなと、不意に涙が伝った。
雰囲気は王子様。身体が切なさに反応したのは、私も一端も女性かなと感傷に浸る。
不意に。外側のスタンドで。
「ありがとうございました、良いドライブを」
の声がスーと入ってきた。どうしても傾聴する声色を出せる男子もいるのか。
芸能人向きだけど、うちの事務所は男子は抱えない方針なので、やたらと眺める事に止める。でも何だろう、この既視感。
そして新しい車が、やって来る。
「いらっしゃいませ」
ガソリンスタンドの男子が帽子を脱いで挨拶すると。私の呼吸が止まり、世界も静止した。まさかだった。
私は、店内から慌てて駆け出した。
そして、蒼穹の制服の男子の襟元を掴み、パンと帽子を掴み取った。その癖っ毛、ファニーな面持ち、誰かに助けを求めている弟感丸出し。いた。千日前貫徹がここに。そうなんだ。
「あなたね、」
「ああ、菖蒲さんの機微、侮れないですね」
咄嗟に、100に達する感情の言葉が溢れた。でも言葉に出ず、貫徹の胸を静かにトンと何度も叩いた。
そして、貫徹のサポートに入っていた女性も寄ってきた。知ってる、その尊顔は千日前拓美さん。その凜とした佇まい、普通に挑んだら勝てそうに無い。ましてや、お姉さんと来ている。そりゃあね、お姉さん子になるか。
「まあ、あれよね。真田社長がよく立ち寄ると聞いていたけど、仕事とプライベート、本当切り分け過ぎて、今日なのね。まあ、それ位時間あった方が、菖蒲さんも冷静になれたと思うけど」
「拓美さん、貫徹さん、私達に何の御用ですか」
「御用はドームライブで既に完了。ただね、貫徹が塞ぎ込んでるから、当たって砕けなさいよで、ここで勤務中。これはこれで働き甲斐あるけど。ほら、貫徹、何か言いなさいよ」
「溝口菖蒲さん、ファンです。SNSフォローしても良いですか」
私の膝がわなわなと砕け膝を着いた。まさかが過ぎた。
ここまで千日前姉弟の手厚い庇護があれば、今は90万人フォロワーに絶対いると思って、暇を見つけては、やっと40万人迄チェックしたが、それがまさかだ。断わってからフォローなんて、困った律儀さだ。
クーン。
えらく察したパグが、私のレインコートに頬ずりをする。貫徹、君もよ、と声に出そうになったが呻きしか出なかった。
ただ、拓美さんが。
「貫徹も、流星の様に、菖蒲さんに頬ずりしなさいよ。今しかないから」
堪らず、更にへたり込んだ。そう拓美さんの能力は付き添える能力、私の心根を知られた。しかも最初から全てじゃないのか。
そして、男性にしては、本当に柔らかな手に惹かれて抱き起こされた。
元気出して。その甘いトーンは、一週間寝ずのお経を読まれても、ドキドキしながら付き添えると、きっと思う。本当に惚れてるな私。かしこ。
BAKU 判家悠久 @hanke-yuukyu
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