EP.4 raihoji

 私は真田寛人教授の案内で総本山に手引きされる。


「いや、一人で行けますから」

「そこは駄目だね。司僧正にも定期挨拶しておきたいし、何より獣多いから女子一人旅はね」


 有り難く同伴の運びになった。


 目的地は奥三河。正式な住所は、ネット地図でもざっくりの表示しかされないので分からないが、何かの山になっている。


 経路は新幹線はあるも、豊橋で降りてからが良く分からない路線を3つ乗り継ぎ、ここだけで3時間掛かっている。


「もし乗り間違えたらどうなります」

「最初は俺も、1泊2日の野宿で運良く辿りつけた」

「まじですか」


 そして美貌駅とこじんまりとローカルな駅に辿りついた。何故か辺境すぎる地でも、駅員さんがいて切符を受け取ってくれた。教授曰く常設の第一門番らしい。そう言えば、瞳を見られた。


 そこから、バスに乗る筈もそんな案内板すら無い。タクシーは、そもそもこんな大辺境地にお客が来るかだ。教授は淡々とお断りを言う。

 どうするかは、1時間歩くだけ、何だになる。体力だけは自信があるのだが、後に大きな失望になる。


 歩く程に、雷鳳山の青さが取れて、漲る緑が目を突き刺す。標高約700m以上に高さを感じてしまう。

 そして麓に来ると。


「さあ、階段頑張ろうか」

「いやこれは階段違いますよね、段差でも最低70cmはあります、これ防壁ですよね」

「コツがあるから、絶対付いて来て」


 私は教授の見よう見真似で、初速を活かしたジャンプで繋ぎ、手の瞬発力を交えては、何とか階段を登り上がる。


「いいね、菖蒲さん。城外と修行道と兼ねているから、不可能はないから」

「教授、急勾配ですけど、脇の斜面上がる方法はどうですか」

「何かケルベロスぽい影見た事がある。見たいかい」

「絶対、嫌です」


 教授曰く、日本最高の難攻不落の砦そのものに私は挑んでいる。いや待てよ、総本山雷鳳山雷鳳寺には当然務めている方もいる、少なくても一日一往復しなくてはいけない筈だ。その強靭な体躯は何者なのだろうと、戦国時代だったら、そっちが脅威だ。


 そして、教授の先導の元、あれよと着いた、頂上に、嘘でしょう。

 目の前の雷鳳寺には、低いいつかの時代の低い防護塀が取り囲み、いくつかの棟もある。やはり寺と言うよりは、砦に分類されるべきと思う。



 #



 教授の馴染みから、門前のお坊さんと挨拶する。教授は、千日前姉弟の件で添えるべき事がと切り出す。お坊さんは確かな溜め息をしながら、本堂への廊下を案内された。

 まあ姉弟、千日前姉弟さん方々、ヤンチャかは受け取れた。


 そして本堂には、仲立ちの方がお伺いし、お務めを一旦休みに入れたお坊さんがいた。この方が偃武司僧正なのか。

 往年にして清潔感溢れ、私でも察するのは後光がある。功徳とはこう言うものかもしれない。敢えて困った声色で切り出される。


「さて、拓美と貫徹ですかな。困りましたな。ただ、一般女性としては初めての雷鳳寺への登場とは。菖蒲さんを褒めたい所ですが。さぞ、余程の事がおありでしょう」


 教授は、手短に西武ドームスタジアムの総失神の事案は、千日前姉弟が9分9厘絡んでいる事を話した。

 偃武司僧正は、これは御無礼をと言いながら、手順を追ってはどうしてもの事情を丁寧に話す。


 まず、千日前拓美と千日前貫徹の姉弟は、大分出身の姉弟で、幼い頃より功徳を発していた。しかし、光もあれば陰もさす事も有り、その両親が教育方針で苦悩し、私共の真言密教雷鳳派に預けたと。幼くして見限られたとは切ない話だ。

 その後、貫徹の観音力は冴え渡り。皆は凡庸とする拓美も、実は付き添い効能を上げる能力に秀でて、姉弟ならではの、尋常ではない能力を発揮すると。

 そして成長し、盛夏の星降る深夜に、邂逅は巡る。

 雷鳳寺の僧侶全員が、御観音力で降臨を察するや、自ずと山狩りに入った。そして千日前姉弟は、幼体の獏を見つけ出す。

 東方には、霊獣数多と有り、その担い手として千日前姉弟が選ばれたとあっては、奉仕すべきは、然もあろうに至った。


「獏、ですか。まさか、」

「拓美と貫徹には、みだりにはと釘を刺して起きましたが、菖蒲さんも悪夢を食したとなると、余程困難な先々と察したのでしょう」


 偃武司僧正は、獏とはを語る。

 正しく悪夢を食らうが、その辛い発生を思い余って、その前後の記憶も取り去る事があると。

 私はそこで頷く、私の記憶障害ではなく、獏によるものだったかと。

 そして、陰陽は一体。悪夢を食い続けていては、獏も破砕するので、やむ得ず楽しい夢を屠る事もあると。

 スタジアムのそれは、この困窮した時代、契機と代償としては止む得なかった判断とは察しますと置かれる。


 確かに、千日前姉弟は、あの一回の吸引で3年は持つと聞いた。33000人分を吸い込んだにも関わらず、たった3年とは、普段どんなお務めをしているか、怒りを通り越して、労いをするしかなかった。

 ここで偃武司僧正が、ポンと手を叩く。


「いや、失念しておりました。溝口菖蒲さん、職業アーティストさん、貫徹が珍しく女性の事を語るなと思っていましたが、この溢れる胆力、それは惹かれて当然でしょう」

「偃武司僧正、確か真言密教雷鳳派は妻帯を認めておりますよね」

「真田教授、かようにです。会派では稀に妻帯は差し障りがあると申しますが、たった一人に連れ添えず、誰を救えるかが結びです」

「ちょっと待ってください、この流れって、」

「溝口菖蒲さん、貫徹は姉拓美の背中にしか隠れない弱き者です。ただ、これも道なりでも有り、もし出会いが有れば、これは儚き者、私も寄り添いたいと、傾倒する事は男女の仲ではままあることです」


 千日前貫徹。半目で見ても、癖っ毛がユニークで輪郭も整っている。モテるだろうなと思ったが、妙に高い敷居を醸し出し、手に届かない存在とは、まま思いに耽っていた。

 ただ、偃武司僧正のゴーサインが出た以上、何か不思議とまた出会える気がしている。

 もっとも、私のSNSの70万人フォロワーから探し出す根気は一切ないのが、まあ切ない話でもある。

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