なにがつれるかな?

朝パン昼ごはん

釣り・フルーツ・雑誌

 午前の休日。

 遅すぎる起床をしてのそのそと居間に出てみれば、妻と子の姿はとっくになかった。

 朝食の一品がそこに鎮座すましているだけだった。

 適当に身支度をすませて朝食をすませていると、ようやく書き置きがあることに気づく。


 ・娘と出かけてきます、昼過ぎには帰って来ます



 眺めている新聞紙の傍らにチラシが広がっている。どうやら近所の商業施設でイベントがあるらしかった。

 アニメキャラの着ぐるみと握手や写真が撮れる児童向けの良くあるアレだ。

 おそらくこれを目当てに出かけたに違いない。

 チラシの片隅が切りとられている。なにか半券みたいなものがあったのだろう。

 失敗した。知っていれば早起きしたのに、とも思った。

 起こしてくれれば、と思ったがおそらく仕事疲れの俺に気をつかってくれたのだろう。

 妻の気遣いは嬉しく思うが、息子には申し訳ないことをした。

 せめて次にイベント行く際には肩車して良く見えるようにしてやろう。

 罪ほろぼしという訳でもないが、せめてなにかせねば。

 そう思った俺は、飲み物で飯を流しこんで掃除することにした。

 とはいってもそんなに散らかってはいない。

 やることと言えば目についた場所、雑誌などを片づけ、適当に掃除機をかけるくらいだ。

 すぐにやることはなくなり、時間が余ったのでテーブルなどを拭くことにする。

 すると一冊の絵本に気がついた。

 おそらく出かける前に息子が読んでいたのであろう。


『なにが つれるかな?』


 手に取ったタイトルにはそう書かれていた。

 大きいタイトルの下に簡略化されて描かれた人が一人。釣り竿を持ち正面にむかって立っている。

 ひょいと裏返せば何も記載がない無地。

 空と大地を示すであろう空と黄色が裏表両面に描かれていた。

 息子には色々絵本を買ってはあげていたが、正直何を買ったかまでは覚えていない。

 内容に至っては尚更だ。

 簡素な絵柄に興味を惹かれた自分は、この本を読んでみることにした。


 表紙扉を開いてみれば、一頁にはこれまた大きな文字で「なにが つれるかな?」と書かれている。

 めくれば右、二頁目には「いいてんきです。きょうは なにが つれるかな?」と左右に分かれた文字。

 左には池に釣り糸を垂らした人物が一人いるだけ。

 気を引かれたのはその装丁だ。頁中央は大きく切りとられている。

 次の頁も次の頁も、切りとられた頁が綴じられているのだ。

 つまりこの先何頁めくっても、左側は釣り糸を垂らした人物が写されているだけだ。

 頁をめくる。

 切りとれていた頁が重なると「なにが つれるかな?」の文字が残る。


『ざばん! おさかなが つれました。つぎは なにが つれるかな?』


 右頁にはそんな文字が出来ていた。

 左頁には釣り竿を垂らした人のそばで小魚がはねていた。

 更に頁をめくってみる。


『ざばん! つりざおに イヌが ひっかかったようです。つぎは なにが つれるかな?』


 魚の次は犬だった。

 溺れていたのか、それとも本当に水中にいたのか、それはわからない。

 ブルブルと体を揺すって水をきろうとしている可愛らしい犬の姿がそこにあった。

 なるほど、こういう仕様か。

 右は文章、左はイラスト。

 釣り糸を垂らす光景は変わらず、状況が変わっていくのだ。

 めくる手を一旦止めて俺は考えてみる。魚、犬ときたら次は何だ?

 しばらく思案した俺は、鳥に賭けることにした。

 魚を海、犬を陸と考えれば陸、海、空、つまり……鳥である可能性が高いからだ。

 さあこい!

 意を決して俺は頁をめくった。


『ざばん! こんどは ニワトリが つれました。つぎは なにが つれるかな?』


「よし!」


 俺は力強く拳を握りしめた。予想が当たったことに嬉しくなる。

 しかし、飲み物を飲んで冷静になった俺は考え直した。

 確かに鶏は鳥だが、果たして空と言えるのだろうか?

 いや言えない。昔小学校の飼育小屋で飛び跳ねているところは見たことはあるが、空を飛んでいることはお目にかかったことは無い。


「一勝一敗……引き分けってところか?」


 やってくれるじゃあないか。次は当ててみせる。

 改めて絵本と向き直った俺は、じっくりと考えながら読み進めるのだった。


 頁を読み進める度に人の周りに釣果が増えていく。

 それは色々な物だった。食べ物だったり動物だったり様々だった。

 ひとりしかいなかった頁は、今は彩りに溢れて色彩豊かだ。

 切りとられていた頁はもう無い。終わりは近そうだ。


『つぎは なにが つれるかな?』


 雑多なものに囲まれる釣り人も俺と同じ気持ちなのだろうか。

 俺は続きを期待し、頁をめくりあげた。


 切りとられてない頁の両開き。

 そこには多くの成果を生き物たちと分け合って宴をひらいている人の姿があった。


『たくさん つれました。』

『あまりに おおかったので みんなと わけあって たのしみました。』


 大勢で囲む賑やかな食卓。楽しそうな雰囲気が伝わってくる。

 もう一枚頁をめくると、夕陽を浴びながら帰路につく人の背があった。


『あしたは なにが つれるかな?』


 絵本はそう締めくくられ終わった。

 なかなかに面白い。子供の思考を育てるのを目的とした本だったのかな。

 絵本の世界から抜け出すと、少々喉が渇いていることに気づいた。

 それなりに読みごたえがあったらしい。それとも、俺はまだまだ子供だったということか。

 お湯を沸かしながらお茶菓子を探していると、玄関に人の気配がする。

 時計を見る。

 早い。もうこんな時間か。

 帰って来た二人に俺は挨拶をする。


「おはよう」

「おはようって、もう昼よ」

「お、おはよう」


 苦笑する妻と、その背に隠れながらおずおずと言葉を返してくれる息子。

 その手には色々なものが見える。


「出かけてきたようだけど、俺を起こせば良かったのに」

「寝ているあなたを起こすのも悪いと思って」


 会話する俺と妻を抜けて息子がテテテと中に入り、片付けたばかりの本棚から何かの本を取り出す。

 俺の読んだ物とは違うみたいだった。

 横目で追った視線を戻し妻に尋ねた。


「何か面白いことあったか?」

「別に? 変わらないわよ。でも雅仁は楽しそうだったわ」


 聞けばクリーム餡パンマンと握手出来たそうだ。

 ああ、やはり幼児に人気のあのアニメか。

 それプラス券と引き換えでお菓子が貰えたらしい。

 妻と一緒に買い物袋を抱えながら、俺はそんなことを聞かされたのだ。

 居間で本をじっと読む息子は端から見ても大人しい。

 そんな雅仁が着ぐるみを前にニッコニコではしゃいでいたらしい。


「ちょっと嫉妬するな」

「何が?」

「パン風情が俺より息子の心を掴んでいるのが腹立つ」

「バッカじゃないの?」


 アハハと笑いを残し妻が昼食の支度をし始める。

 手持ち無沙汰になった俺は息子の元へと近づきしゃがみ込んだ。

 雅仁、その本楽しいか?

 違うな、没頭している息子にそんな投げかけは駄目だな。

 頭の中に、釣り糸を垂らす男の姿が浮かんだ。

 そう、そうなんだ。


「雅仁、クリーム餡パンマンと会ったんだって?」


 俺の言葉に反応し、雅仁は本を読む手をやめて俺のほうへと顔をむけた。

 その表情にはすでに笑みが浮かんでいる。


「……うん、あったよ」

「そうか、会ってどうだった」

「おっきかった! すごく! おおきいの!」

「そうか大きかったか。雅仁より大きかったのか?」

「うん!」


 大人しい息子からの元気いっぱいのうんの声。

 その言葉に俺も元気を貰い、笑みがこぼれてくる。

 たどたどしいながらも今日あったことを話してくれて、俺は相槌をうって聞き役に回る。


「あなた、食後にデザート食べる?」

「何がある?」

「フルーツとか。買ってきたブドウとか梨とかあるわ」


 フルーツ。

 良いね。秋の味覚だ。

 さてブドウと梨とどちらにすべきか。

 雅仁にも聞いてみる。


「ブドウと梨、雅仁はどっち食べたい?」


 その言葉に雅仁は両方と答えた。

 当然妻から反対の声があがるが、俺が残り物を責任取って食べるということで落着した。

 昼の支度が出来ると席に座る。

 俺の対面には妻と雅之。おいしそうに食事をしている。

 先のことをまだ話し足りないのか、息子は喋り半分食べるの半分といった状態だ。

 楽しい食卓。

 人生が本なら今日という頁は彩りに溢れているのに間違いない。

 絵本の最後と、自分の姿が重なったような気がした。

 俺はあと何回、この頁を拝むことが出来るのだろうか。

 だから俺は、箸を動かす手を休めて、ずっと息子の話に耳を傾けるのだった。

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