第42話
あれから後始末が大変だったと蓮二がぼやいていた。
結局、恵も番屋に連れていかれたそうだ。ときは無事に長屋に戻り、破落戸たちも栄助と一緒に捕まったらしい。
翌朝になって蓮二が月見堂に顔を出し、その顛末を語ってくれた。
「紅梅屋吉右衛門の死んだ娘がおときさんなんじゃねぇかって、俺も睨んでたんだ」
蓮二が上がり框に腰かけて、本当か嘘かよくわからないことを言い出した。
「今頃言ってもねぇ」
と、みつも半眼になる。しかし、蓮二は引かなかった。
「まず、おときさんに会ってから、十五年前の十五夜にいなくなった赤ん坊の親の顔を全部見てきたのさ。親子なら、誰かに似ているだろうからな」
言われてみるとその通りである。
「で、おときさんが一番似ていたのが、紅梅屋吉右衛門ってわけさ。特に耳の形が似てら。おときさんも吉右衛門も福耳だからな」
ときの耳は確かにふっくらとした福耳であった。蓮二は得意げに言う。
「耳ってぇのは、育ってもそう変わるわけじゃねぇし、ごまかしようもねぇ部分だからな」
思わず皆、自分の耳に手を当てていた。そんなふうに考えたこともなかった。
「蓮二さんって、普段は駄目な大人なのに、実はすごかったりするんでございやすねぇ」
仙吉が嫌な言い方をした。蓮二は途端に顔をしかめる。
「お前さんに駄目とか言われる筋合いはねぇよ」
権六も膝の黒猫を撫でながら笑った。
「いやはや、大したものだ。それでもっと身を入れて働いてくれたらねぇ」
あの後、團十郎にはご褒美に饅頭をひとつあげて帰した。番犬にはならないかもしれないが、ときを探し当てたあの鼻は立派だったのだから。また困った用事の時には借りに行こう。
蓮二は、ふん、と鼻を鳴らした。
「俺は、楽しく生きていてぇんだよ。あくせく働くだけなんてまっぴらだ」
これがなければ、と千世も苦笑した。けれど、こうだから蓮二らしいとも言える。
そんな時、店の中に雪奴が勢いよく飛び込んできた。
「千世、聞いたぜ。なんか大変だったみてぇじゃねぇか」
一体誰に何を聞いたのだろうとは思うものの、そこはさすがの売れっ妓というところだ。
「ええ、まあ色々とあって」
雪奴は壁際にいた迅之介に目を留め、おや、と婀娜っぽく微笑んだ。
「迅之介さん、やっと戻ってきたんだな。相変わらずいい男ぶりじゃねぇか。千世じゃなくてあたしの情夫になってくれてもいいんだぜ?」
迅之介に冗談は通じない。軽く受け流すゆとりもなく、壁際で固まっていた。
雪奴はまあいいやとばかりに白い頬に手を当てつつ、軽く嘆息した。
「それでさ、紅梅屋のことだけどよ、十五年前の子攫いの男はお恵さんの客だったんだってな。それで、事件を起こしてからあの男は上方に逃げてたみてぇなんだけど、もうほとぼりも冷めただろうって考えて江戸に戻ってきたんだな。それで、紅梅屋がどうなったのかを見に行ったら、自分が店者だった頃に馴染みだった遊女が内儀に収まっていたんだから驚いたのなんのって言ってたそうだ。お恵さんはよく外に出かけるから、声をかけるのは容易かったみてぇだな」
調子よく語っていた雪奴だったけれど、どこでこの話を仕入れたのだろう。本当に侮れない。
「あの男――茂助ってやつは、主人から命じられたとはいえ、攫って長屋に捨てた子が無事に生きていていほっとしていたらしいぜ。本当は、紅梅屋へ戻してやりたかった。だから、継母になったお恵さんに助けてもらえるようにこっそりと真相を教えたんだってさ」
雪奴は、多分番屋で恵が話したことをどうにかして耳に入れてきたらしい。
戻してやるどころか、恵はときを紅梅屋から引き離すために岡場所に沈めようとしたのだが。
みつは眉間に軽く皺を寄せてつぶやく。
「孫次郎さんが最初に来た時は、いくら兄嫁が気に入らないからって言いすぎだと思ったものですが、本当にここまで来ると孫次郎さんが正しかったということですね」
恵は今後、毒婦として語られてしまうだろう。
けれど、そんな恵にもときのように清らかな時分があったはずなのだ。すっかり歪んでしまうだけの苦しみを味わったのも事実である。
そこで雪奴は、講談でもするかのように座り込んでいた板敷をぺちりと叩いた。
「それがよ、紅梅屋吉右衛門はお恵さんを離縁する代わりに、小せぇ家と当分は困らねぇだけの金子とを与えるそうだ。贅沢しなきゃなんとかなるだろうよ。身ひとつで放りだされても仕方ねぇってのに、お優しいこった。器が違わぁな」
もちろん、ときが無事であったからこそではあるが。
どこまでも地獄へ落ちていくのではなく、ほんの少しの慈悲があった。
恵は己のしたことを悔い、吉右衛門に詫びながらひっそりと暮らしていくのだろうか。そうであればいいと思う。
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