あは❤ざぁこ❤……あっ聖女なのに、はしたない事言っちゃった❤【短編版】

高岩唯丑

プロローグ

「……本当に杜撰で頭の悪い方ですね」

 私の言葉で目の前の男は一瞬止まった後、顔を真っ赤にして喚き始めた。

「なんだと! このくそ聖女! いや聖女の名をかたる、悪女が!」

「何をおっしゃってるのでしょうか? 私は正真正銘の聖女ですが? ふふっ」

 あぁ、気持ちがいい。私の言葉で目の前の男は、余裕がなくなっていく。怒っているのも恐れの裏返しだろう。そういうタイプらしい。

 目の前の男は真っ赤になるだけでは足らないという感じで、震え出す。

「怒りで震えているのですか? あぁ、怖くて小鹿の様に震えてるのですね、察する事ができなくて申し訳ありません、ふふっ」

 目の前の男は、声にならない声、というより空気を吸い込む音を立てた。そろそろ暴力に訴える頃合いだろうと思っていたら、やっぱりそうだった。

 目の前の男は、腕を振りかぶって私に襲いかかろうとしている。それにしても怒りという物は限界を通り越してしまうと、赤くもならないし、震えもしなくなるらしい。男は無表情で、目を見開いて私を見つめている。

 あぁ楽しみだ。これからこの男は地面に這いつくばって、私を見上げる事になる。私がそんな悦に浸っていると、脇を通り過ぎて私と男の間に入り込む影が見える。大きな背中の男。もちろん私の守護騎士サイラスだ。

 サイラスは男の振り下ろした拳を軽々しく受け止めると、その勢いを使ってそのまま地面に一回転させて叩きつける。男のカエルが潰れた様な声。

「サイラス、別によかったですのに」

「……俺の仕事はあなたを守る事です」

「まぁそうですけど、私みたいなか弱い聖女に倒された方が、この方のプライドをズタズタにできたのに……あぁ残念です」

 私の言葉を聞いて、サイラスは小さく「そうですか」と返して、その場から数歩下がる。私はそうしたサイラスに微笑みを見せたあと、仰向けに倒れて呻いている男に顔を向ける。

「あら、残念でしたね、もう一度やり直しますか? ふふっ」

「く、くそ……」

 男は戦意を喪失してしまったらしく、弱々しく声をあげるだけだった。あぁ、気持ちが高まってくる。弱った男。さっきまで、強がっていたのに自分では勝てないと分かったら途端に弱々しくなる。

「情けない方ですね、ふふっ」

 私の言葉に、男はうつ伏せに戻るだけで声をあげない。顔を伏せてしまっている。どんな表情をしているのだろう。敗北感で一杯かな。悔しくて泣きそうなのかな。さぁその顔を私に見せて。

 私は男のあごと地面の隙間に足を差し込む。そして、足を持ち上げて、男の顔をこちらに向けさせる。

「ふふっ、情けない顔ですね」

 眉毛をへの字にして、口角を下げてしまって、泣きそうなのか悔しそうなのか、それさえも本人は分からないといった感じのぐちゃぐちゃな表情。

「あぁ、良い表情ですよ」

 この時の為に歩き回って、この事件を解決したのだ。この言葉を言うために。たぶん今が一番のタイミング。光悦の笑みが漏れてしまう。聖女らしからぬ態度と表情だけど、抑える必要なんてない。もういい。言っちゃおう。

「あは❤ざぁこ❤……あっ聖女なのに、はしたない事言っちゃった❤」



 男の館に休講してくれた街の騎士団が、項垂れる男を取り押さえて連行していく。私はそれを館のロビーで眺めながら、満足感でいっぱいになっていた。気分がいいから、サービスしてあげよう。

「お仕事頑張ってください」

 騎士団の男たちに、笑顔を浮かべて軽く手を振ってやる。それだけで男たちは色めき立った。聖女様だ。可憐だ。清楚な笑顔だ。そうやって囁き合っている。よろしい。私は今日もしっかり聖女である。

「だ、騙されるなっ、あれは聖女なんかじゃないっ、悪女だっ」

 連行される途中の男が、そんな事を喚いていた。取り押さえている騎士を含めて周りを固めている騎士が、一斉にそれを否定した。誰もが認める聖女オーロラ。それこそ私です。

「オーロラ様」

 後ろからサイラスの声がする。私が振り返ると、いつも通り無表情でサイラスが立っていた。

「抱きしめていいですか?」

「ぴゃっ、いいいいきなななり、ななななななにをいってりゅのでひゅか!」

 サイラスの言葉に頭が混乱する。何が何だかわからない。なぜ抱きしめる必要があるのか。私のそんな疑問を読み取った様に、サイラスが口を開く。

「オーロラ様を失うかと思いました、何とかなって安心したら急に愛おしくなってしまって……抱きしめていいですか?」

「いいいいいい訳ないでひょう! そうういのは、こっ恋人同士がしゅるもの……」

 顔が熱くなって、最後の方の言葉がか細くなってしまう。恋人同士。それを想像してしまって、余計に顔が熱くなる。私はお金持ちの貴族と結婚しゅるの!

 サイラスが考える様に少し俯く。ややあって顔をあげると、変わらない無表情で「ちょっとそれとって」と言うのと変わらないトーンで言葉を口にする。

「オーロラ様が好きです、恋人になってください」

「しゅしゅしゅしゅきとか! 雰囲気とか! いりょいりょあるでひょう! いや! そういう問題ではありません! バカなんですか!」

 私はなんとか持ち直して、サイラスを叱りつける。こんなところで告白とか。ありえない。ちゃんとした場所で、ちゃんと告白してほしい。いや! 違う! そうじゃない! というかこの男、隙あらば告白してくる。私を好きらしい。好きだったらそれらしい表情と態度で、ふさわしいシチュエーションで、ちゃんと告白してほしいのに。いやいやいや! 何言ってるの! 言ってないけど。私。落ち着け!

「それで、次はどこに行きますか? オーロラ様」

 サイラスが告白した時と同じトーンで問いかけてくる。軽! 告白はその程度の物なの?! 私への想いはそんなに軽いの?! もっとちゃんと想ってくれなきゃ……。いやいやいや、これじゃあ私の方がサイラスの事を好きみたいじゃないか。

「ふぅぅぅぅぅぅ」

 大きく息を吐き出す。一度リセットしよう。周りの騎士どもが泣きそうな表情や、怒りに満ちた表情で私達のやり取りを見ているけど、気にしない。

「……次の行き先は決まっていません」

 聖女教会からは何の連絡もない。何かあれば伝書フクロウが、手紙を持ってくるはずだ。私は館の扉に向かって歩き出す。それについて、サイラスの足音も後ろから聞こえてきた。

「連絡がないという事は、助けを求める聖女は居ないという事です」

 平和な証とも言える。

「でも、助けを求められないだけかもしれない」

 サイラスが嫌な事を言う。確かにそういう場合もありえるのだけど。

「しばらくはいつも通り旅をして、聖女がいれば様子を確認するだけですね」

 この国には、というよりこの世界には聖女という存在がいる。一人ではなく沢山。ある日突然天啓を受けて、聖法という奇跡の技を身につける。そして、聖女教会はそんな聖女を縛り付けずに自由にさせて見守るのだ。その為に騎士が全国を旅して、聖女を見守る。聖女がトラブルに巻き込まれていれば助ける。聖女自身が何か悪い事をしていれば、お灸をすえる。そんな役目を背負って旅をするのだ。

 この役目は私にとっては魅力的だった。聖女としてちやほやされたい。だから人を大っぴらにいじめられない。でも悪人なら弱い人を助ける名目で、合法的にいじめられるのだ。

 願わくばこの旅路に悪人がいますように。私は合法的に人を追い詰めるために、聖女でありながら、騎士になったのだ。まだ見ぬ悪人に心を震わせてしまう。あなた達の負けた顔を見るのが楽しみでしょうがない。

「さぁ、嗜虐の旅……じゃなかったです、聖女を見守り救う旅を続けましょうか」

 館の扉を開け放つ。外に出るとさんさんと、陽の光が降り注いでいた。天気がいい。私はウキウキとした気分で一歩踏み出した。

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