#3
何日か大雪が降り続いて、人のすねぐらいまで積もった。これがやがて膝丈ぐらいまで積もって、交通網を遮断するようになる。ロッジは下界と断絶する。
ある晴れた日に狩りに出た。スノーモービルでゲレンデの上まで行く。マタギごっこをはじめたのは、このロッジに一人で暮らすようになってからだった。きっかけはなんとなくだった。新しい趣味を見つける、ぐらいのつもりだった。色んなものに手を出しては、ものにならずにやめてしまうことが多かったが、狩りに関しては、銃を買って、免許を取るという流れがあるので続いた。何より狩りは楽しかった。比べるものがない楽しさだった。
ゲレンデをのぼり切ったあたりでスノーモービルを置いて、そこからはそりを引きずりながら山道を歩く。狩りの初心者の頃は、近隣の猟友会とグループでやっていたが、最近はもっぱら一人気楽な流し猟だった。グループでやってたときは何かと大変だった。集合場所が遠く、雪道の運転が大変だったのもあるが、それ以上に人間関係だった。集団行動はただでさえ苦手だが、ハンターをやってるような人間と上手く付き合うのは大変だった。自分と同じような人種なのだが、同じだから仲良くやれるというわけではない。むしろ逆だった。こだわりが強く、その癖変に気をつかう厄介な繊細さも持ち合わせている。大前提として、狩りのマナーは守らないといけない。俺は知識不足で最初の方はよく非常識なことをしたが、それは教えてもらいながら学んでいった。「銃に弾を入れたまま歩かない」なんていうことも知らなかった。問題になったのが、狩りに対する方向性の違いだった。俺は別に数を追う気はなかったが、中にはゲームのハイスコアを狙うように、獲物数を稼ぎたいハンターもいた。彼らに言わせれば、俺は狩りに対する熱と向上心が欠けている、ということになる。別に反論する気もない。あとは生食や飲酒運転に対する価値観も人それぞれで、彼らの仲間でいるためにはやりたくないことをやらなければいけなかった。そういうものの積み重ねがあって、自然とグループ猟から遠ざかってしまった。
そう、俺は別に捕れなければ捕れないで全然構わない。食糧確保のためにやっている猟ではない。もっと気楽なものだ。ゲレンデ周辺は狩場ではないので、他のハンターに遭遇することはまずない。それでもホイッスルは首から下げている。動物に襲われるより人間に撃たれる方がよほど怖い。この辺りで見る動物は、うさぎ、たぬき、鹿(エゾシカ)あたりだった。うさぎは俺の腕ではまず小さすぎて当たらない。たぬきは狩りやすいが、美味しくないので、本当に狩るだけになってしまう。従って狙いは鹿になる。的は大きいのだが、警戒心が強く、いかに相手に気づかれずに射程圏内に入るかが鍵になる。
犬が生きていた頃は、犬に追わせておびき出すことができた。ゴマ色の北海道犬で、勇敢な奴だった。鹿の群れに飛びこんで行って、吠え立てる。群れがバラバラになったところで、狙える個体を狙う。きちんと猟犬として訓練された訳ではないので、上手くいかないことの方が多かったが、それで良かった。時には鹿を深追いして、犬の方を探しにいかなければいけないときもあった。それでも狩りに成功して、ロッジに戻って鹿肉を二人で山分けしたときは、深い絆を感じたものだった。犬と猫の人間に懐くという習性は、どれだけ多くの老人の精神を救ってきたのだろうか。
山道の中にほんの少しだけ開けた場所がある。林の中にぽっかり穴が空いたように、そこだけ木が生えていない。人間にとっては活動拠点としてちょうどいい。俺は運んできたそりを置いて、林の中をしばらく歩くと、鹿の足跡を見つけた。詳しくはないが、鹿の群れにはメスのグループとオスのグループがあるらしい。メス鹿のグループは子鹿を連れているため、安全な場所を見つけると、そこを周期的に移動する。オスの子鹿は成長するとグループを抜けて、単独で行動するか、新たなグループを形成する。あまり周期性はなく移動する。よって、メスのグループが狙いやすい。例年メス鹿のグループが縄張りにする場所は、なんとなくわかっていた。
足跡はまだ新しかった。前日の雪の影響を受けていない。となると間違えなくこの辺りに鹿の群れがいるはずだった。一度開けた場所に戻って、ライフルに銅弾を四発こめて、セーフティーをはずした。体が臨戦体制になる。心臓の鼓動が少し高まって、血が脳に流れこむのを感じた。取り囲んでいる木々の間から、獣の視線を感じる。息を大きく吸いこんで、大きく吐いた。生きている、と強く感じた。
音を立てないように細心の注意を払いながら足跡を追う。ここからは忍び猟だ。時々立ち止まって、スコープを覗く。鹿の姿は見えない。ライフルの射程は500mあるが、俺の腕ではそんな遠距離射撃はできない。狩りというのは、結局ポディション取りがすべてだ。いかに撃ちやすい状況をつくれるか。それに尽きる。そのためには目よりも耳が重要だった。特に藪がガサガサと鳴る音。しばらく静寂の中で耳を澄ます。風が吹いて枝葉がこすれる音がして、ゆっくりと止んだ。音が止んだら、少しだけ進んで、またスコープを覗く。静かな興奮で体がいっぱいになる。
そのときは突然訪れた。見ていた方向からだいぶ左の位置の藪からガサッという音がして、鹿が飛び出してきた。俺が目視できたときには、その鹿が藪の中から全身を出していた。反射で一発撃つ。当然当たらない。山に響き渡った銃声と危険を知らせる鹿の鳴き声。隠れていた鹿たちが一斉に逃げはじめて、至るところで藪が揺れている。先ほどまでの静寂が破られて、にわかに視覚も聴覚も慌ただしくなる。
不規則に動く的を狙うのは難しい。ライフルの残弾は残り三発。ゆっくり照準を定めている時間はないが、闇雲に撃ってもムダ弾になる。鹿たちが思い思いの方角に走るのを見ながら、「逃した」という思いが一瞬走った。しかしある一頭の鹿が、何を思ったのか立ち止まってこちらを観察しはじめた。おそらくほんの数秒のことだったろう。俺は反射で照準を定めて、引き金を引いた。30mから50mの間ぐらい離れた鹿の頭から血が流れたのが小さく見えて、そのまま横に倒れた。
「おおっ!」
全身に鳥肌が立って、思わず叫んだ。この距離の、しかも動いている鹿(撃った瞬間は立ち止まったとはいえ)を狙撃できたのは奇跡的だった。他のハンターもそんなもんかもしれないが、俺の必中の距離は20m程度で、しかも立ち止まった鹿に対してだった。一応、必中ではない距離で狙撃するのは、獲物を苦しめる当て方になるので避けるべしというハンターの心得がある。ただ単独の流し猟は、そもそも獲物が見つからずに一日終えることの方が多いので、そうも言ってられない。
近づいて見ると、弾は頭に入っていた。ツノがあるからオスだろう。大きさからして一歳は超えていそうだった。当たりどころによっては食肉として成立しなくなる。鹿の目をしっかり見て、死亡を確認する。毛並みも良くて、健康そうな鹿だった。ナイフで首を割いて、放血だけ行う。死後すぐに血抜きをしないと、肉質が落ちてしまう。熟練のハンターになると、その場で死体を解体して運ぶ人もいたけれど、俺はそこまで手際が良くない。鹿の死体をそりに乗せて、引きずりながら、スノーモービルのところまで運ぶ。エゾシカの体重は個体によるが、大きいものになると100kgを超える場合もあるので、引きずったとしても重労働だった。スノーモービルの後ろにそりをくくりつけて、ロッジに戻った。
動物の解体、というのは、狩りの中で一番嫌な作業だった。誰か代わりにやってくれるならば任せたい。ロッジに解体場なんてないので、屋外での作業になる。ホースで死体を洗って、ナイフでさばく。昔、屠殺業が賤職とされていた理由がよくわかる気がする。「狩りは命を頂く行為」などという言葉もあるが、俺はどうしてもそれには賛同できない。欺瞞的に感じる。明確に悪いことをしている、と思う。倫理を突き詰めていけば、食肉をやめなければいけない。しかしベジタリアンになろうとはどうしても思わない。肉のない食生活は考えられない。栄養面もそうだが、何より味の問題だろう。単純に肉は美味しい。もし肉がまずかったら、栄養がどうであろうと喜んで別の食材を探しただろう。突き詰めていけば、俺は明確に自分のエゴのために、いたずらに他種族の生命を捕食している。ただ普段はその辺りは曖昧にしている。肉を食べるときにいちいちそんなことは考えない。解体のときは、すこしは考える。普段なんの信仰もないくせに、「命を頂く行為」という宗教じみたお題目を掲げるのは、このやましさを拭い去るために、何か神聖なる儀式であるかのような自己暗示が必要なのだろう。俺はそんなものに頼るほど落ちぶれていない。
だいぶ早いうちに作業を終えた。慣れてない頃は、日が暮れてしまって、ヘッドライトを着けて作業したこともあった。ここ数年でベストの鹿肉が手に入った。手早く体を洗ってから、肋骨がついたままのロース肉を野菜とともに弱火のオーブンでじっくり焼いた。オーブンの中で脂を流す鹿肉を見ながら、缶ビールをあける。炭酸の抜けるカシュという音がして、気が収まるまで缶から飲む。ほとんど一缶飲み干してしまった。二本目を取り出して、一缶目の残りとともにグラスに移して、オーブンを見守る。労働に対する対価を受け取る瞬間だった。窓の外を見ると、ちょうど夕日が窓から差しこんでいた。白銀の地面に茜さす光景はあまりに美しくて、しばらく見とれてしまった。雪国に生まれた呪いの中で、ほんの一瞬だけ、ここに生まれて良かったという幸福感に包まれる。自然の美しさ、豊かさ、恵み。なぜか狩りの帰りは、たとえ収穫がなくても、こんな気持ちになる。これが何よりすばらしい。
頃合を見て、オーブンから鹿肉を取り出した。アルミホイルの上に塩コショウオリーブオイルだけで焼いた。ナイフで肉に火が通ったかを確認すると、ちゃんと赤みがなくなっていた。削った肉をそのまま食べて、ビールを一気に飲む。軽く塩コショウしただけの肉なのに、ほとんど臭みがなくて美味しかった。一人で食べるのがもったいないくらいのごちそうだった。臭みが発生するのは、結局肉に血が入るからだった。猟師の腕が悪いか、その後の処理が悪いかのどちらか。今回は奇跡的にどちらも良かった。いつもだったら、料理するときにそのまま焼けるなんてことはまずなくて、臭み取りからのスタートだった。今回塩コショウをまぶしただけで食べられたのは奇跡的だった。俺の狩猟人生の中ではじめてのことだった。たまらず上物のラフロイグをあけた。ウィスキーの香りはほとんどの料理をダメにしてしまうものだが、新鮮な鹿肉の濃い旨みがそれに打ち勝った。奇跡的な勝利。
興奮がおさまると、パンとスープを用意して、理性的な食卓を整えた。食生活で重要になるのが、野菜だ。野菜をどれだけ摂取できるか。にんじんとじゃがいもを肉と一緒に焼いたが、これは根菜だ。根菜は栄養価としては悪くないのだが、葉物に比べると食物繊維が劣る。実際の栄養価がどのぐらいかは知らない。ただ根菜ばかりで過ごしていた時期に異常に便通が悪くなった経験から、食物繊維の重要性を知った。三十代で一度切れ痔を患って、そこから何かと気をつけていたが、ロッジに来て、根菜ばかりの食生活をしていたら、数年前に再発してしまった。健康になんて気をつかいたくはないが、車の振動で地獄の痛みを味わうことになるので、なんとかしなければならなかった。色々調べた結果、切り干し大根を導入した。日持ちがして、食物繊維の補給源になるものとしては、これが最適だった。タッパーに入れた切り干し大根の煮物を一日分皿に出す。
稀に見る完璧な食卓だった。薄切りのフランスパン、オニオンスープ、焼いた鹿肉、焼き野菜、補助栄養食としての切り干し大根の煮物、そしてストレートのウィスキー。まずは切り干し大根をさっさと食べてしまう。そしてウィスキー。ラフロイグの強烈な臭みで、日本の繊細な出汁が殺される。ただ切り干し大根自体好きでも嫌いでもないので、どうでもいい。ただまずくない、ということ重要だった。そこからはデタラメな順番で、パンとスープと肉と野菜と酒を進めた。俺が俺を満足させるための食卓だと言えるだろう。
猟友会で狩りをしていた頃、孤独な生活となった今にして思えば、彼らはある種最後の理解者候補だった。猟に関しては何も合わないことなかった。ただ問題はその後だった。猟が終わって、当然グループで宴会に入る。そこでルイベが出てくる。ルイベというのは、要は凍らせた生肉だ。きちんと処理した肉を冷凍させているから問題ない、という建前で出てくる。俺はそもそも生食が受け付けない。魚の刺身は食べられても、肉の生はちょっと遠慮したい。結局グループのみんなが食べる中で、俺だけがルイベに手をつけなかった。これは良くなかった。なんというか、信頼関係の問題で、ルイベを食べないことは、出してきたハンターへの不信の表明のように受け取られたかもしれなかった。そしてそれとは逆に、車で帰るメンバーの中で俺だけが酒を飲んだ。酒を飲んだ、といっても、自分の酒量はわかっているので、控えめにして飲んだのだが、それでも白い目で見られていた。こんな田舎の町で、そんなことで非難を浴びると思っていなかったが、後日きちんと苦言を呈された。これに関しては猟友会の彼らが正しい。けれど、どうしても猟をした後はすぐに飲みたい。これはもうどうしようもない。ビール一缶でいいから飲ませて欲しかった。結局彼らの良識と俺の良識というのは合っていなかった。
いつものように泥酔した夜。猟の成果が良かったということ以外は何も変わることがない、冬の一日が終わるはずだった。外からかすかに車のドアを閉めるような音がした。突然の来客があるような場所ではない。変だな、と思っていると、ロッジのドアが開く音がした。二人分の足音が、明かりが灯っている俺のところにまっすぐに近づいてきた。俺は咄嗟に椅子から立ち上がって、足音の方へ行こうとした。しかし向こうが食卓に入ってくる方が早かった。
入ってきたのは、若い男女だった。男の方は180cmあるかないかぐらいで、俺より少し背が低いぐらい。色白で端正な顔をしているが、眉間に深い皺を寄せて、俺のことを睨んでいた。そして手に持った拳銃を俺に突きつけていた。
お互いに言葉を発しなかった。動物同士が思わぬ遭遇をしたときのように、無言で睨みあった。女の方の身長は170cm程度に見えた。遠目でもわかるくらいに汚い髪と服だった。窮地に陥ると、頭から一気に酒が抜けた。俺はまず拳銃が本物かどうかを考えた。日本で拳銃を入手する方法は限られる。この若造が本物を持っている確率は低かった。次に武器を取れないか。ロッジにある武器はいくつかある。包丁、ナイフ、薪割りに使う斧、ライフル。現状一番近いのは包丁だった。あるいは椅子。もしも銃が偽物だと断定できれば、形勢逆転できるだけの武器がある。
俺はガンマニアではないが、猟をはじめてから銃について詳しくなった。明らかなモデルガンならわかるはずと思って観察した。パッと見はどちらとも断定できなかった。拳銃としては普通より小ぶりな印象を受けた。銃を観察するその先に、男の鋭い眼光があった。その表情から、感覚的に本物ではないか?となぜか思った。
「どうする?」
男が女に聞いた。顔に似合わない低い声だった。女が顎に手を当てて、俺のことをじっと見た。後から思うと、この瞬間が俺の運命の分かれ道だった。
「撃たないで」
「わかった」
男はそう言ったが、銃はけしておろさなかった。
「私たち、追われてて」
女の雰囲気がすこし変わった。
「誰から?」
「助けて」
女はこちらの質問が聞こえなかったように、自分の言葉を続けた。短い言葉なのに、強い東北なまりを感じた。そして美人だった。山ごもり生活で若い女に触れていないのはあるにせよ、おそらく今まで俺が人生で会ったことがあるどの女よりも美人だと感じた。
「お前らは誰だ?」
俺がなおも質問する。女は鼻で笑って、唇を三日月のように細くした。女の雰囲気が更に変わっていくのを感じた。
「今、あなたの命は私たちが握っています」
自分の言葉を喋っている、というより、何かに言わされているようだった。神託を伝える巫女のように言葉を続けた。
「あなたを殺すこともできる。けれどできるならしたくない。そうでしょう? 誰だって人を殺したくなんてない。できるなら、協力してもらいたい」
不思議な声音だった。感情がまるで乗っていなくて、それなのに気を抜くと思わず従ってしまいそうな言葉。
「わかった。なんだってする。俺はどうしたらいい?」
「しばらくかくまってくれればいいの。とりあえず、ご飯と寝床を用意してくれる?」
「わかった」
ここまでやり取りして、男はようやく銃をおろした。
メシ、と言われても俺の夕食分は全て食べ尽くしてしまった。片付け前の食べ散らかしたテーブルを見られたが、二人は何も言わなかった。
「キッチンに案内する」
二人を引き連れて、キッチンの奥まで案内した。近くに来ると、二人ともひどい臭いがした。何日も風呂に入っていないのだろう。奥には食材の貯蔵スペースがあって、業務用の冷蔵庫と冷凍庫もあった。買いこんだ食料は、基本的にはここに貯蔵している。かつてこのロッジがレストランとして営業していた頃の遺産だった。
「すげえ」
男の方が食べ物を見てそう言った。
「何かつくるか?」
「いや、なんか……レトルトはないの?」
女の方はそう言いながら、無遠慮に食材ストックを漁りはじめた。非常食として、カップ麺を大量にストックしていた。
「カップ麺があるはずだ。奥の棚にたぶん……」
「あ、あった。じゃあ、これ食べよ」
そう言って、一つを男の方に投げた。
「お湯だけちょうだい」
キッチンの電子ケトルでお湯を沸かしながら、手料理だったら毒でも入れられたのにな、と思った。ただ毒といっても、急に人を殺せるような毒なんて持っていない。カップ麺を選んだのも、警戒心から来ているのか、とふと気づいた。
三人でリビングのテーブルに座って、じっとカップ麺ができるのを待った。男は拳銃をテーブルの上に置いている。「それ、本物なのか?」という質問をしたかったが、軽々しく言葉を発せない緊張感があった。
三分経って、二人がカップ麺をすするのを、ただ見ていた。間抜けな時間だった。よほど空腹だったらしく、ただのカップ麺をやたらと美味そうに食べて、残った汁まで全て飲んだ。
昔リゾートバイトを受け入れていた時代の二段ベッドはまだ残っていて、空室になっていた。押し入れからマットレスと布団を出し、寝床を二つ用意して、二人をそこに案内すると、俺は自分の部屋に戻った。ほとんど会話はないままだった。
「汚いベッドだが、大丈夫か?」
と俺が問いかけたときも、黙って頷くだけで、返答はなかった。もっと脅迫じみたことを言われるかと思ったが、それもなかった。自分の寝室に戻ると、頭が冷静になった。俺が取るべき行動はなんだろうか。警察に連絡する、車で逃げる、武器を取って反撃する、このまま様子を見る……警察に連絡したとしても、こんな山奥にすぐには来れない。来てくれたとしても、逆上した二人が俺を撃つかもしれない。車で逃げるのが最も安全だった。車で近くの交番にでも駆けこめばいい。
ただ俺はどうしても逃げる気持ちになれなかった。向こうが直接的な危害を加えてこなかったことが大きい。もしももっと脅迫じみたことを言ってくれば、俺も明確に敵対できたかもしれない。今の関係は曖昧で、俺は銃で脅迫されている被害者でもあり、訳ありの来訪者を快く受け入れた心優しき管理人でもあった。それに、いざとなれば武器で反撃すれば勝てる、という算段もあった。今までの人生経験で、大抵のトラブルは自助努力でなんとかしてきたという自信が、良くない方向で作用したのかもしれない。とにかく俺はもう少し様子を見ることにした。
(続)
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