第10話 今後の目標

「それで、お前は物語を広めると言ったが、どんな物を広げる気なんだい?」


 食事を終えて、魔女様は紅茶を飲みながらスマートに今後の私の目標を聞いてくる。う、うん……来るとは思っていたけど、翌日早々か。


「モラル向上……になると思う物の作品を作る予定ではあります、ですがまずどんな物から手を出せばいいかはまだ思いついて無くて」


 シェラードさんは私の飲み切った水のカップに新しい水を注ぎながら質問する。


「絵本とか童話ってどういうのが多いの?」

「怖い話や切ない話、温かい話やいろいろです」

『ウィレム様はモラルの向上のためと言っていたのに、色々という物ではモラル向上の目標があやふやになってしまうのではありませんか?』

「必ずしもそういうわけじゃないですよ。絵本や童話は子供の情操教育のためとして読まれたり、教訓として勉強するためだったりもできる作品なんです。だから私がいた世界の外国での童話は怖い話の童話が多くあるところもあったりします」

「へぇー」


 まあ、絵本も童話もその人の趣味に走った物も多少はなくはないと思うけど、そんなことを言ったら、創作活動自体、誰かにとっては妄想だと嫌われていたこともある時代もあるからなぁ。

 ある一定の層にはそういうタイプの人も現代でもゼロじゃないだろうな、昔よりは評価されてきている物も増えては来ている方だけど……もう少し、園崎君とは色々と彼の好きな漫画やアニメの話題で盛り上がりたかったな。

 男の子だったから、少年漫画の話題とかラノベの話題とかなるべくしていた方だとは思うけど、私が男装しているとはいえ、遠慮している節はあったし。

 そういう話をするって言う意味なら、ちょっと聞きたいのが彼らにある。


「カラーエデンズでは民間伝承とかはないんでしょうか?」

「……民間伝承、っていうのはよくわかんないけど誰かの昔話とかそういうことも基本的に口頭で伝えるから、紙に残しておくなんてほとんどしないかなぁ」

「そうなんですか……その、この世界に本って」

「大都市だったら、契約書とか魔法書関連の本ならあったな……紙は基本的に高価だしな」

「じゃあ買い物をするときのメモ、とかはしないんですか? 子供に持たせたりとか……母親が買う物を忘れたりしないようにとか、できないんじゃ」

「連絡輪って家族の言った言葉を記録しておく魔法道具があるから問題はないな」

「で、でも! 耳が聞こえない人とかだったら、紙はいりますよね!?」

『錆色の機械都市の技師たちが産み出す魔法道具で大抵のことは事足りるので……耳が聞こえない住人や目が見えない住人には優しくないのが現状ですね』

「それにあんまり紙を使ってのメリットがないんだよね。この世界ってほとんど宝石とか魔法石とかも無限レベルで湧いてくるから、カラーエデンズの住人は必ず魔力は持っているものだし」

「そうなんですね……」


 私は顎に手を当て思案する。

 連絡輪か……うーん、とにかくこの世界の人たちって言葉で伝えることが多いんだな。けど、やっぱりこの世界のためにも紙をもっと普及すべきかもしれない。

 だとしたらこの世界で紙を量産できるようにしなくちゃいけないかも。

 そうするとカラーエデンズでのほとんどの植物の特性を知っていかなくちゃいけないな。それから、色々シェイレブさんたちにこの世界のたくさんの場所に連れて行ってもらわないとだめなのが明白になってきた。

 まあでも、紙の存在がないというわけじゃないのを知れたから、一歩前進したと思っていいはず。

 とりあえず、魔女様に薬草を届けに行く時に紙の作り方をどこかで知らないとだな。執筆部屋は……自分の部屋で問題はないか。


「今後の目標は、とりあえずスポットライトを当てる人物と紙の量産方法とかもですかね。まずその二つがないと、本を執筆することもできないですから」

「だとしたら、商人との繋がりも必要になるな。紙をよく使っている国は確か……」

「虹色の連合国だね。カラーエデンズでは首都扱いにしてるところだし、あそこなら魔法使いになるための学校もあるから紙とかの作り方も多少は知れるかも」

「虹色、ですか」


 シェイレブさんは砂糖を手に取りながら言った。

 虹色の楽園カラーエデンズという世界の首都の名前にしてはピッタリな名前だな。なんだか、不思議な感覚がする。


「じゃあ、稚魚ちゃんの最初の一作目は何にすんの? 稚魚ちゃんが書くんだから面白いもんだと思うなー」

「最初の作品、ですか……」


 うん、それは一番どうするか決めてなかったな。

 静は顎に手を当てて考え込んだ。


『物語、なのですからメインになる人物はいるのでしょうか?』

「そうですね。たとえば、まず身近の人物にスポットライトを当てて書き込むのも手だとは思いますが……さすがにこの屋敷の皆さんのことはやめておこうと思います」


 一瞬、スポットライトと言った時点で魔女様は紅茶を口にしながらも、シェイレブさんたち二人の顔が無表情になったからちょっと怖かったが大丈夫のようだ。

 恩人が秘密にしておいてほしそうなことを、居候がばらすなんて恩を仇で返しているのに等しいし。


「……いい判断だね」

「は、はい……魔女様も秘密を大事にされている方なので、最初から除外にはしています」

「そうだねぇ、もしそんなことされたら俺ら後で大変になるから」

『そうですね、ウィレムさんは理解力の高い方で安心しました。もし、僕たちのところを他の住民たちに教えるようなら、少し考えなくてはならないところだったでしょうから』

「あ、あははは……」


 なぜか困るというより、愉快そうに笑っている兄弟弟子たちにウィレムは内心怯えた。え、エドガーさん、目が笑ってないです……!!

 シェイレブさんは普通だけど、魔女様は慣れてるですか!?

 なんて口に出せる勇気は自分にはない。


「うんうん、稚魚ちゃんはいい子だねぇ。ちゃーんと自分の立場分かってんじゃん。えらいえらい」

「し、シェイレブさん、頭撫でるの、い、いいですからっ」

「ん」


 シェイレブさんに頭をなでなでされて、恥ずかしかったのでやめてもらった。

 なんか、お兄ちゃんってこういう感じ、なのかなぁ。わかんないけど、一人っ子だったからすっごく慣れなくて、ちょっと気恥ずかしい。

 私は彼が触った頭を抑えつつも、とりあえずまず最初にすべきことは浮かんだ。

 

「じゃあ、アンタはカラーエデンズのあちこちを巡る気かい?」

「……そうなります」

「それじゃ、まず最初の仕事として一度樹海で薬草を取ってきてくれるかい」

「……それって、近くの町にもよっても問題はない、ということですか?」


 魔女様は紅茶を飲みながらそう言った。

 私は魔女様に言われた言葉に質問になっていない疑問形を投げかける。


「今日は駄目だね。準備ができてない」


 準備……? ってなんだろう。魔女様がカップをソーサーに置くと、シェラードさんは魔女様のカップに紅茶を注ぎ始める。

 心地いい紅茶の注がれる音を聞きながら、魔女様の続きに耳を傾ける。


「あの、何か用意とかがあるんですか?」

「まあ、そうなる。それに、どうせ馬鹿弟子には屋敷の中しか教えてもらってないんだろう」

「え? いいんですか?」

「馬鹿弟子共と一緒になら、基本的に外に出ていいよ」


 条件付き、ってことか。流石に魔女様も私一人で歩かせるわけないよな。

 もしものことがあって迷惑なのは魔女様なんだし。


「でー? 魔女様ぁ、昨日俺が稚魚ちゃん案内したんだけど、どうすんの?」


 シェイレブさんは魔女様の椅子から魔女様を覗き込むように顔を見る。

 慣れた様子に魔女様は紅茶を飲んだ。


「なら今回もシェーレが行ってきな、屋敷の案内だけで終われると思ってたら大違いだよ」

「はぁい、魔女様。稚魚ちゃんもそれでいい?」

「あ、はい」

「はい、これ」


 自分は頷くとシェイレブさんはニッコリと笑って私に近づいて私のひざ元に杖を差すと服が、ポンと、音を立てて現れた。


「わぁ…………!」


 服を掲げながら軽く広げるとどうやら上着のようであることがわかる。

 でも少し特殊で、ファンタジーに出てくる少し特殊な構造のローブだ。


「深海色の樹海は基本的に少し肌寒いから、念のためにね」

「あ、ありがとうございます……これも魔女様が?」

「うん、そうだよ」

「い、今のってもしかして転移魔法的な物ですか!?」

「んー、まあそうだね。でも稚魚ちゃん今質問攻めはやめておこっか」

「え……? なんでですか?」

「ほら、何事もスピーディって奴が大事でしょ。まず、上着に着替えよ」

「? ……わ、わかりました」


 私は立ち上がり、上着を着始める。

 シェイレブさんにサポートしてもらいながら、着替え終えるとシェイレブさんはにこやかに微笑んだ。


「んー、いいね。んじゃ、行こっか」

「え? な、何――――」


 シェイレブさんは私の腕を掴んで、扉の前まで歩いていく。


「し、シェイレブさん!?」

「んじゃ、行ってきまーす。魔女様もシェーラも楽しみにしててねー」


 魔女様とシェラードさんに顔だけ振り向く。


「い、行ってきます!!」

「はい、二人ともいってらっしゃい」

「は、はい! 行ってきます!」


 シェラードはくすっと笑い会釈をした。ウィレムは慌てて席を立つ。

 これからここに暮らすわけだから、大事なことだ。

 色々と、やることはいっぱいだぞ、ウィレム! やってやる! ウィレムが胸に新たな決意を固め、先輩であるシェイレブを追いかけることにした。

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