第8話 異世界での最初の一日の終わり 

 シェイレブさんはキッチンの入り口までやってきて、足で乱暴に勢いよく扉を開けた。キッチンの方でエプロンを付けたシェラードさんは、こちらに振り向いた。


「やっほーエーちゃん。晩御飯まだぁ?」

「ああ、シェーレ……セイは怪我でもしたのか?」

「え、えっと……」


 私はなんでお姫様抱っこされているのかとか、色々とシェイレブさんに言いたいこともあったがいきなりのことだったのでなんと説明すればいいのか浮かんでこなかった。シェイレブさんはのほほんと、当然とでも言いたげに答えた。


「んー? さっき稚魚ちゃんと一緒に歩いてたら俺と歩幅全然違ったからさー、遅くなって魔女様に怒られんのやかなーと思ったんだぁ」

「ああ、そういうことか。だが、お前なら番の相手にだけそういうことをするんだとばかり思ってたぞ」


 つがい……? 番って、動物で言うとパートナー的な意味だよな。

 なんで恋人とかじゃなくて番だなんてシェラードさんは言うんだろう。


「いいじゃーん、稚魚ちゃんと俺には明らかな体格差あるんだし。早く来れるほうがいいと思ったからやっただけー!」

「……そういうことにしておいてやる」


 彼のその言葉の真意は、深くは読み切れないけれどきっと私が男装していたことを指して言っているのなら、彼なりの気遣いなんだろう。


「んじゃ、稚魚ちゃん降りれる?」

「あ、は、はいっ」


 シェイレブさんはゆっくりと私を下ろしてくれた。

 私はありがとうございます、と笑うとどういたしまして、とシェイレブさんも笑い返してくれた。


「んじゃ、今日は一緒に料理しよ? エーちゃん」

「珍しいな、気分がいいのか?」

「うん、ほら早く作ろ―!」

「じゃあセイ、キッチンに少しいるか?」

「? わ、わかりました」


 シェイレブさんもエプロンを付けて、エドガーさんと一緒にキッチンに立つ。

 私は言われた通り二人の後ろに立って、二人が調理するのを眺めることにした。

 エドガーさんはまず熱したフライパンにコンロで火をつけて熱する。

 そこはまだ普通だ、しかし私は次にシェイレブさんが指を立てて、玉子が一つ宙に浮くのを見た。玉子は勝手にテーブルのところにトントンと殻を割って、殻から零れだす白身と黄身が一滴もテーブルに零れず浮いたままボールの中に入っていく。それに続けて、三個ほど同じ動作で玉子がボールの中に入っていって箸が勝手にボールに入った卵たちをかき回す。

 いったい、何を作るんだろう。

 そこからはいろんな食材が包丁などがだんだんと宙に浮き始める。

 ニンジンが包丁で宙に浮いているというのに一つ一つ輪切りにされていったり、調味料も浮いたりして、フライパンに向かって振られたり。

 見ていて本当に魔法と言うのを目にしているという時間できて、気持ちが高揚していく。


「あ、稚魚ちゃん」

「は、はい! なんでしょう?」


 シェイレブさんに声をかけられ、私はつい声が裏返ってしまった。

 あは、と彼は嬉しそうに笑う。

 

「こっからはお楽しみってことでさ、お昼に座ってた席に座っててくれない?」

「わ、わかりました」


 もう少し、見ていたい光景だったがもっと面白い物を見れるかもと思って自分は素直に従う。

 私は席に座り、うずうずとしてしまう気持ちを手を強く握ることで押さえた。

 シェイレブさんは指を差しながら、私の方にテーブルクロスを魔法で敷く。

 そして次に皿、フォークとスプーン。カップ、ガラスの器に氷と水が入った容器が並べられる。

 まるで、どこかで見たファンタジーアニメとよく似た感動を強く覚えた。


「わぁ……!」


 自分は思わず、声を漏らす。こういう光景は、絶対に地球で見られるとしたら映像作品くらいの物だっただろう。

 だから、実際に自分の目で眺めているというのはとても感動的で素敵だった。

 シェイレブさんが、ははと笑った声が聞こえた。


「それじゃあ稚魚ちゃん、後もう少しでできるから楽しみにしててぇ」

「はい!」


 私は力強く頷いて、彼らが作ってくれる料理を見るのを心待ちにした。

 シェイレブさんがキッチンから顔を出すと、彼は指を私に向かって差した。

 ドキッとしたけど、私は彼が指差しをしたことで浮いてこちらのテーブルに置かれていく料理たちに視線を奪われた。 

 どれもみんなおいしそうで、お腹からまたぐぅううう、と鳴ってしまいそうになる。


「どう? 稚魚ちゃん」


 シェイレブさんはカウンターで両肘をついてにっこりと笑う。

 並べられている料理は、私の好きなカボチャグラタンやブドウがあったりして、まるで私の好物を知られているみたいな感覚を覚えた。もしそうだと仮定するなら、きっと魔女様がシェイレブさんたちに魔法で伝えてあったってことなのだろう……ここであえて探りを入れてなんて、今はなんとなくしたくない。

 まるで今日だけは我儘は言っても許されるみたいな。

 そんな感覚に、また少しだけ溺れたくなってしまったから。


「とっても、素敵です」

「そっか」


 シェイレブさんの優しい声が、蜂蜜みたいにトロトロで、心の中にジワリと広がる……こういう気持ち、地球では祖父母の時と少し似てる気がした。

 シェイレブさんは、私の近くまでやってきて「後は魔女様を待つだけだね」と笑いかけてくれた。

 ふと、キイ、と開閉音が響く。


「……今日はまた、豪勢だね」


 少し驚いたような声で魔女様が扉から現れる。ドアノブにモニカさんらしき蝶がいたから、きっと彼女が開けたのだろうとすぐに察せた。


「あ、魔女様ぁ。料理できたよぉ」

「知ってるよ馬鹿弟子が」


 魔女様はシェイレブさんに指を差すと白い拳がシェイレブさんの頭を殴る。

 かなり痛そうな音がリビングに響いた。


「あいた!! もう、また殴ったぁ。俺の頭馬鹿になっちゃうじゃん」

『魔女様に反抗するなら、また貴方の髪を引っ張る刑をしてもいいんですよ』

「は? 刑!? お前実はわざとやってたの!?」

『なんのことでしょうわかりませんね』

「後で翅もいでやっからな、変態蝶」


 し、シェイレブさんの目が三白眼並に小さく……!!


『虫は変態するのは当然なんです、知識量が足りないようですね。やったら魔女様に叱られますよ』

「当然だね、師匠の前で話す話じゃないとは思わないかい?」

「……はぁい、ごめんなさい魔女様ぁ。だからぁ、今日はもう殴んないで?」

「お前の行動と決断次第だね」


 めんどくさそうな顔を一瞬見せるシェイレブさんは、すぐに笑顔に顔を変える。


「ちぇー……わかりましたぁ、今後気を付けまーす」

「……ふふ」

「? なんで稚魚ちゃん笑ってるの?」

「いえ、楽しそうだなぁって」

「は? どこが?」


 ス……と、穏やかなシェイレブさんも、モニカさんに対しての怒りを隠し切れていない。あ、でも単純に声的に疑問、みたいな感じのようにも受け取れるけど……どっちなんだろう。


「シェーレ、今日はセイさんの歓迎会なだから、そんな顔してたら料理が不味くなるぞ」

『変にしかめっ面をしていれば、せっかく調理した料理の味に雑味が出るでしょうね。どこかの誰かのせいで』

「……わかってるってばぁ、二人ともぉ!!」

「っぷ、あはは」

「何笑ってんの? 稚魚ちゃん」

「だって、面白くて、」


 モニカさんからも怒られてむーっとするシェイレブさんの顔がなぜかかわいく見えて、思わず吹き出してしまった。

 

「シェーレ、エド。今度からはお嬢ちゃんのことは、ウィレム・レーゼツァイヒェンとしてここの住人になる。忘れるんじゃないよ」


 魔女様は見計らって今後の私の名前についていう。

 大事なことだから、私も忘れないように気を付けていないとな。


「はい、魔女様」「はぁい、魔女様ぁ」

「アンタも、契約した以上、ぼろ出すんじゃないよ」

「は、はい!」

「……それじゃあ、食べるよ」

「「「はーい!」」」


 その後は、シェイレブさんたちと一緒に食事をして、笑い合いながら異世界で最初の晩食を過ごした。その後はお風呂に入ったり、後は彼らにおやすみなさいと言ったりして異世界生活一日目が終わった。

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