第7話 シェイレブによる屋敷の案内

「……シェイレブさん?」


 私は誰もいない廊下を見て、シェイレブさんがどこに行ってしまったんだろうと焦る。ガチャンと扉が閉めるのを聞いて後ろを振り返ると、扉は消えていた。

 ……魔法って、本当にすごいな。


「ん、来たねぇ稚魚ちゃん」


 シェイレブさんは私の隣で壁にもたれて待っていてくれたようだ。

 晶は自然と笑いかけてくれるシェイレブに頭を下げる。


「お待たせしました」

「ん、気にしなくていいよ。今から屋敷の説明を始めても大丈夫?」

「はい、お願いします」


 彼は壁に持たれるのをやめて、私の前に立ち「それじゃあ行こっか~」と私に微笑みかける。

 自分は頷き、彼の後を着いて行った。



 ◇ ◇ ◇



「んじゃ、もう一回最初から説明すんね」

「はい、お願いします」


 シェイレブさんはまず屋敷の基本的な構造から説明を始めてくれた。

 屋敷の形はコの字方で、三階建て。ちなみに東棟と西棟に、今私たちがいる南棟がある。

 お客様たちの部屋は基本的に西棟らしい。ちなみに私のような余所者の部屋は南棟の三階にあるのだとか。シェイレブさんたちの部屋は私が借りる部屋と同じ南棟にあって、二階の部屋で隣同士なのだとか。それなら、いつ困っても尋ねに行けば問題がないなとホッとした。


「それと、稚魚ちゃんの部屋には念のためにシャワー室とかもあるから、お風呂場が使いづらい時とかにそこ使えばいいからねぇ」

「わかりました」


 うん、忘れないようにちゃんと覚えておこう。

 ちなみに屋敷の名前は魔女様の名であるベルン邸ではなく、シュティレ邸というらしく魔女様の先代の師匠が建てた屋敷だからとシェイレブさんは言った。

 でも確か、シュティレはドイツ語で静寂と言う意味だった気がするが……なんか、不思議だな。

 魔女様が沈黙の魔女、と評していたけどもしかして何か繋がりがある気がする。


「さっき俺が教えた南棟の各場所は覚えてる?」

「えっと、正面玄関の左手側がリビングとキッチンがあって、右手側がお風呂場でしたよね」

「うん、そうだよぉ」

「でも、魔女様の部屋は南棟の二階ってことでいいんでしょうか……?」

「ん? ああ、魔女様の部屋は魔法を使えばこの屋敷ならどこからでも入れるよ」


 思わず、え……? と私は声を漏らした。

 だって、魔法の部屋なんて聞いたらSF好きな人間にとってはたまらない言葉だったから。


「うわぁ……! 本当にファンタジーの世界ですね」

「余所者の稚魚ちゃんだから教えたけど、他の人に教えたらダメだからね」


 シェイレブさんに腕を組みながら真剣な顔で言われた。

 ……ここはあえて聞こう。


「どうしてですか?」

「魔女様のお客様が必ずしもいいヤツとは限らないからだよ。稚魚ちゃんはどういう奴がいたか、知りたい?」


 にやり、と口角こうかくを上げるシェイレブ。

 からかっているのか、それとも怖がらせたいのか、よくわからない笑みを浮かべる彼に私は推測した答えを述べた。


「……真っ当な人もいるけど、危険な思想の人もいる、と言う意味でしょうか」

「そゆこと。稚魚ちゃんは賢いねぇ、俺そういう子スキだよ? ……壊しがいがあるから」


 シェイレブさんはすっと肉食魚みたいな歯で笑う。

 ……シェラードさんに、この世界の住人のことを聞いておいてよかったかもしれないな。シェイレブさんの最後の言葉だけスルーして、私は苦笑いした。


「……自分も、ろくな生き方をしてない、とだけ言っておきます」

「そ? だったらなおさら油断しちゃダメだね稚魚ちゃん」

「あはは、そうですね」

「気を付けないと、俺とかに襲われちゃうかもしれないから気を付けな? ねぇ――稚魚ちゃん♡」

「……え?」


 シェイレブさんは私に耳元で囁いた。

 思わず私はシェイレブさんから離れ、片耳を隠す。

 彼はにっこりとこちらに笑みを浮かべてきた。まるで悪役みたいな笑顔をこちらに向ける彼に、ぽつりぽつりと、自分は言葉を口にした。


「魔女様からも、香水はもらいましたが……まだつけていなかったので、今のもノーカンということにします」

「ん、気を付けてね。今みたいに間合い詰められたりした時とか、香水忘れたら今みたいに迫られちゃうかもしれないだろうから」

「わ、わかりました」


 ……? わざと、やったのだろうか。

 確かに、適度な距離感という物は大切だ。

 じゃないと、彼だけじゃなく私のフェロモンの影響を受けた男性陣を一方的に悪者にするのは、なんだか申し訳ないと感じるし。

 心配してくれている、のだろうか。でも、なんだかシェイレブさんは読めない人なのかもしれない。異性でもなくても、今のように近づけられたら誰だって後ろに下がったりするものだ。

 今度からはもう少し警戒をするように気を付けよう。

 シェイレブさんは、にこにこと笑みを浮かべる。


「びっくりした?」

「……はい、とても。今度からは心臓に悪いのであまりしないでもらえますか」

「でもぉ、何事も刺激的な方がいいじゃん。勉強勉強、俺もいい経験になったしイーブンってことで」

「……どういう意味ですか?」

「ん? 知りたい?」

「いえ、今はやめておきます」

「そ? なら言わないけど」


 ニコニコと笑みを浮かべながら腕を組むシェイレブさんが少し怖くなる。

 もし余所者じゃなかったら殺されていた可能性があったかもしれないと思うのは、可能性としても考えられる。

 少なくとも、この樹海や屋敷は特別みたいなようだし。


「んじゃ、魔女様の部屋に入りたかったら俺らに声かけてくれる? いつでもいいよ」

「わかりました」

「うんうん、いい子いい子。稚魚ちゃんは聞き分けいいねぇ」

「……そんなことは、ないです」

「それじゃ、いこっか稚魚ちゃん」


 シェイレブさんはそういうと、ずっと私に歩幅を合わせたまま、案内を続けてくれた。ふと、自分は右側にいるシェイレブさんの顔を横から見る。

 彼のシーグリーン色の短髪が印象的だ。日本工業規格での強い黄緑色というより、国際的な方の青緑色というのがピッタリだろう。

 それに身長も高い、私の知ってる日本人男性の平均よりは間違いなく高いはずだ……海外、どころか異世界なんだよな。この世界は。現代の日本で、趣味で髪を染めている人でもあまり緑系の色は多い印象はない。

 どちらかと言えば、赤とか、金とか、茶髪に染めるとかは王道だろうから。

 でも、シェイレブさんは染めているんだろうか……? もしかして、地毛か?


「どうかした?」

「な、なんでもないです!」


 優しそうなオリーブ色の瞳でこちらをちらっと流し目で見られて慌てて前を向き直す。シェイレブさんは特別何も言わず前の方に向いたことに少しほっとして息を漏らす。さっきのやりとりもあってか、彼のことを少し警戒してしまう。

 男として育てられてきたのがあるから平然としてもいられるのもあるけれど……異性や同性関係なく、ああいうジョークはNGだ。うんうん。


「あの、シェイレブさん今からどこに行くんですか?」

「んっとね、東棟。西棟は稚魚ちゃんは知らなくていいかも。ただ魔女様のお客様が入ってもらう部屋だから、あんまり面白いもんもないしね」

「そうなんですか……」

「稚魚ちゃんが強いて知っておくべきなのは東棟と北の庭園と畑の三つだけ。晩御飯までには間に合うように効率的に行くとすると、今日は東棟だけかな」

「全部、今日に案内してくれないんですか?」

「だって、時間的に東棟を紹介するだけで晩御飯の時間に遅れそうだし……後は明日でもいいんじゃない?」

「え、それってどういう……?」

「それはお楽しみ、誕生日にプレゼントは何かを事前に知りたがる子供なんていなくない? それと一緒」

「……そういう、ものなんでしょうか」


 あまり、そういうものはわからない。男の子として育てられていた自分は、かわいいものなんて絶対誕生日に買ってもらえなかったし男の子が好きそうなものばかり家族に買い与えられていた。

 父が剣道の師範だったから、幼い頃から英才教育を受けていた。父からもらうものはいつも、木刀や剣道に関しての精神論関係の本ばかり誕生日にもらっていた。

 まあでも貰ったものは大切にしなくてはいけないから、大事にはしていた。だから、一年一年のプレゼントなんて特別楽しみにしたことなんて一度もない。

 楽しみにしてるって言葉をお父さんやお母さんに言って、作り笑顔の毎日。

 ……自分は、本当に誰かに対しての作り笑いだけが、上手くなるばかりだ。


「少なくとも俺はそう」

「え? どうして、ですか?」

「だって、わくわくしながらプレゼントの中身を開ける時って何が中身に入ってるかわかんないから好き。予想しちゃったものとかそういう時がないわけでもないけど……でも、わくわくする時間だけは自分だけが感じる時間じゃん」


 シェイレブさんの言葉が、ふと胸に刺さった……確かに、それならわかる。祖父に勧められて初めて読んだ童話のページを一枚一枚めくるのが、一番楽しかった。

 童話や小説は祖父が好きだった影響もあり、父から許可されて読み耽るようになった。絵本とかは、父から目を盗んで祖父に色々見せてもらったりしたのも懐かしい。

 あの時、祖父に最初に見せてもらった絵本のタイトルは、確か人魚姫だったか。

 それで、自分はいつか童話作家を目指そうと父から隠れて執筆していた。

 ……父にせっかく書いた作品を燃やされた日、中学三年の夏に家出して、祖父母の家に転がり込んだんだっけ。

 ああ、懐かしいな。

 懐かしいけど、祖父母に恩返しできる日はあるんだろうか。

 ……料理や洗濯を手伝ったりしていたけど、それは転がり込んだお詫びだから恩返しにはならないよな。もしカラーエデンズから地球に戻れたら、たくさんこの世界での出来事を話そう。

 いっぱい、いっぱいだ。


「稚魚ちゃん? ねえ、稚魚ちゃん。ちーぎょーちゃん、聞いてる?」


 シェイレブさんは少し屈んで、私の前で手を振る。

 は、っと慌てて自分はシェイレブさんに頭を下げる。


「あ、は、はい! すみません。ちょっと考え事をしていて……」

「もー、晩御飯に遅れたら魔女様に怒られちゃうよ?」

「すみません……っ!」

「あはは、そんなに謝んなくっていいよ」

「でも……」


 シェイレブさんは、人差し指をちっちっち、と振ってから腕を組んだ。


「手を出そうとするかもしれない輩にそんなに優しくしてたら、気持ち持たないよ? むしろ、殴ってやるっていかないと」

「それは駄目ですよさすがに……」


 自分はあくまで、この世界に童話、いや物語を広めると言ったのだ。

 それなのにこの世界の住人に暴力を振るうつもりでやるといったのではない。


「えー? でも稚魚ちゃんはこれから、俺らの世界の住人みんなをモラルって奴で殴り回りに行くんでしょ? ならそれくらいの度胸ないとやっていけないってー! 稚魚ちゃんこれからずっとそのスタイルで行く気? やるんだったら、思いっきりやっちゃおうよ」

「で、でも……」

「じゃあ、せめてこの世界にいる間はってことで。俺との約束ね」

「ひ、卑怯ですよシェイレブさん! ……約束なんて」


 約束、だなんて。

 いい子でなくてはいけないと、そう決めた自分にとってその言葉は重い。そう言われてしまったらそう願われたなら、自分は断れないのを彼は知らないはずなのに。

 シェイレブさんは、今でもあるかは知らないが、目をウルウルさせてぶりっこポーズをしてきた。


「約束は大事でしょ? もしかして稚魚ちゃんは誰にでも犯されたい淫乱ちゃん?」

「ち、違いますよ!」

「あ、そっかー前にいた余所者から聞いたえろほんって奴俺らの世界に広がっちゃうんだぁー、うわぁ、魔女様にモラルとか言ってたのにぃ、稚魚ちゃんはすっげぇエッチな子なんだね。うんうん、悪い子だなぁ」

「だ、だから違いますってば!!」


 全力で否定して、ニコニコマークみたいな笑みを浮かべ始めるシェイレブさんに全力で否定する。

 からかってる、絶対この人私のことからかってる!!


「あはは、でも稚魚ちゃんが俺らに知らないことを教えてくれんの本当に楽しみなんだ、だから魔女様が稚魚ちゃんの読者一号だから、俺とエーちゃんは二号と三号ね」

「それを言うなら普通、自分が一号とか言いませんか?」

「確かに最初に会ったのは俺だけど、魔女様に最初に契約したの稚魚ちゃんじゃん。稚魚ちゃんの最初の読者じゃなくちゃいけないのは魔女様、強力なカードになってくれた最初の人が魔女様なのに、俺らが一号だとか言うの、なんかおかしくね?」

「それは……」

「あくまで俺ら魔女様の弟子だからね? だから俺は二号とエーちゃんは三号。モニカは四号だね。そういうところはきちんとしてないと、魔女様にも稚魚ちゃん自身にも失礼じゃん」


 人差し指を立てて、メッ! とするときの仕草をするシェイレブさん。


「それに一番最初に応援してほしい人を、稚魚ちゃんは二号とか三号にしちゃうの?」


 顔を覗き込むシェイレブさん。

 整った顔が、私の顔面にやってきてちょっとびっくりする。

 謙虚っていうかなんていうか、うん、なんか……いいや。彼がこうなのに、この世界の人たちとのモラルと殴り合いとか、これからどうなるのかなとかいろいろな不安もある。あるけれど……でも、彼にはこう言いたい。


「……シェイレブさんは不思議な人ですね」

「そ? それに関してはシェードからもあんまり言われたことないなぁ」

「シェード?」

「俺の弟、俺の地元で働いてるんだ。俺と同じで魔女様の弟子だったんだー」

「そうなんですか……」

「うん、シェードの料理は美味いよー? 今度会った時、作ってもらお? 絶対うまいから!」

「は、はい」


 こんな満面な笑みで、楽し気に笑うシェイレブさんを見ていたら馬鹿らしくなった。なんか、警戒しようと思って気を張っていたのに。

 ……彼が怖い人であると同時にいい人であるのもなんとなくわかった。

 彼は彼なりに私にしたことを謝罪してくれて応援までしてくれているのに、いつまでも怒ってたり警戒をしようとするのは、きっと失礼だ。

 

「それじゃあ、ずーと立ち話しても遅くなるからそろそろ行こっか」

「あ、すみません」

「大丈夫。稚魚ちゃんが東棟の中見たら、きっとびっくりするよ?」

「……わかりました、楽しみです」


 彼はそう言って笑うと、私も彼に続いて歩き出した。

 シェイレブさんは東棟の扉の前にドアノブに手を触れる。

 そして私は頷くと彼は扉を開けた。


「はい、どうぞ。ここが東棟ねぇ」

「わぁー……!!」


 シェイレブさんに連れてきてもらった場所に私は感動を隠せなかった。

 私にとって、東棟はもっと何か倉庫的なものだと思っていた。

 びっくりすると言ったのは、たぶんいろんなもので溢れている的なそんな感じの意味だと勝手に判断していた。けれど、その考え方は間違っていた。

 私が童話や絵本、SFなどのファンタジーで読む時に必ずテンションを上げてしまう描写をあげるとするなら、それは錬金術も愛用し、魔女にはおなじみと言ってもいいほどの品たち。

 そう、キッチンに期待していたものがそこにはあったのだ。

 庭園のように植物も置かれてあるが、私が一番に見たかった大釜がそこにはあった。


「すごいですね……! 本当に異世界に来たって感覚がします!」

「そ? でももっと驚くものがあるよ」


 使い古された真っ黒な大釜の他にも私は近くにあるテーブルや他のところにも視線を向ける。

 茶色のテーブルに置かれた色とりどりの薬品が入った試験管の下に薬らしきレシピの紙、薬草らしき花や草にマンドラゴラのような奇抜な植物と薬研やげんや、乳鉢にゅうばちもある。

 いや、今テーブルに出されてあるがおそらく古そうな棚にそういう製薬道具もあるようで、違う棚には、いろんな色の瓶に入った薬品とかもある。

 他には色々な植物が育てられているのがある……私が知る限り、地球での花の図鑑でも見たことのない花も多数あった。

 ふと、足に何か引っかかったのを感じてがくんと、体が揺れた。


「わ、――」

「大丈夫? 稚魚ちゃん」

「は、はい……」


 こけるような段差が激しい場所でもないのに、私は何かを踏んで転びそうになったようだ。

 シェイレブさんがすぐに腕を出して私を支えてくれてなんとか転ばずに済んだ。よく床を見れば、こけそうになったところにホウキがあったのが目に入った。

 ホウキは私を見て、まるでびっくりしたみたいにホウキの穂を広げる。

 ホウキは謝るように棒の部分を丸くしたのを見て、棒の部分が本来なら折れているはずという違和感を無視して滑らかに動いた。

 ……いや、え? え!? 


「動くホウキ!?」

「ああ、お前ぇまた変なところで寝てたんだろ。魔女様だったらぜってぇ怒られてたかんなー」


 メ! と人差し指を立てるシェイレブさんは余計ホウキは落ち込んだように棒を曲げる。いやいや、どこぞの夢の国のアニメや映画で見た気もしなくはないが……!! 異世界と言えども、目の前の現実として認識してしまうと、転移する前での地球でのホウキの概念が崩れ去られていくのを感じた。


「シェイレブさん、このホウキは魔法がかかってるんですか?」

「んー? そうだよぉ。魔女様ならこういうホウキを離れた場所でも使えるんだぁ」

「そう、なんですか」


 ……いや、逆に理解しなくてはいけないと、そう気持ちを改めるきっかけにもなった。ここが本当に地球じゃなくカラーエデンズと言う異世界なのだと、シェイレブさんの魔法だけじゃなく物の常識を根底から覆される状況を見せられたら、それを受け入れずにこの世界でやっていくのはおそらく不可能だ。

 知見を広げる、と言う意味でも地球に戻るまではいい勉強になるかもしれない。

 

「稚魚ちゃん的に、ホウキくんの見たら余計ここが異世界なんだなーって思った?」

「はい、とってもびっくりしました」

「そうだよねぇ、俺も最初見た時は驚いたもん……ああ、それと」

「なんでしょう?」

「向こうの扉の方は倉庫だから、そこは稚魚ちゃんが魔女様から許可を下りてからなら入ってもいいよ」


 シェイレブさんは指を差す先に、大きな扉がある。


「今は入っては駄目なんですか?」

「うん、魔女様は約束事には厳しいからさ。許可を出してないのに入るなんてことは基本的に駄目だから」

「わかりました、じゃあ、後で魔女様に聞いてみます」

「ん、そうして?」


 ゴーン、ゴーン、ゴーン。

 壁の方にある大きな古時計が、静かに東棟内に響き渡る。

 古そうな、いや、アンティークって感じのする時計塔を見て、シェイレブさんはやべと声を漏らした。


「そろそろ晩御飯の時間だぁ、んじゃいこっか稚魚ちゃん」

「え? もうですか?」

「そこの古時計は朝食と昼食に夕食の三つの時間の時になる仕掛けなんだ。錆色の機械都市の機械技師に作ってもらったやつだから時間は正確なんだよね。本当はもっと見せたかったんだけど……」

「いいですよ、気にしないでください。シェラードさんも待ってるでしょうし」

「ありがと、それじゃ――――」

「はい?」


 シェイレブさんは突然、私を抱き上げた。

 俗に言われる、お姫様抱っこという女の子なら誰もが憧れる行為だろうけど、男として育てられた自分でも動揺してしまう。


「んじゃ、行こっか稚魚ちゃん」

「え? え? え――――!?」


 シェイレブさんは笑いながら、私を抱きかかえてキッチンの方まで走っていった。

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