疑問と、すこしのためらい

「いい加減腹も膨れただろう? そろそろ話の続き始めるよ。さっさとノート開いてペンを握れ」

「はい」

 そういいながらノートを開く、ええと、そもそも何を話していたんだったか。

「えーっと……異世界人さんとどんな状況でどんなことを話したのか、を聞いていたんでしたっけ」

「そーだよ。……といっても、大したこと話したことないんだけどね、やな奴だったから。……けど、よく考えてるとアレとまともな会話して生きてるのってひょっとして兄弟以外だとオレだけだったり……いや、流石にそれはないか? ローウェス少将も少し話したことあるっていってたし」

「そうですか……それで?」

「うん。さっき言った通り、オレがアレに会いにいった、ってか様子見に行ったのって、兄弟がなんか気にかけてるってのを知った後だったんだよね。……だから、多分アレがこの世界に流れてきてから二ヶ月半くらい経ってたんだっけか。話しかけるつもりは元々一切なくて……本当にただ見に行ってみただけだった……報告で聞いてた通り、魔力が一切ないところ以外は全く珍しくもない純人だったし……兄弟なんであんなの斬りたがってんだろなあって思って……あの部屋ってほら、吹き抜けになってて上の階から見えるじゃん? それで眺めてたらなんか目ぇあって、すっげえ顔で睨んできたの」

「異世界人さんが?」

「他に誰がオレのことを睨むっての? なんていうか,顔面を雑巾搾りにしてポイってその辺に捨てたくなるようなすっげーブッサイクで憎ったらしい顔で睨んできやがったんだよあの異世界人!! ちょっとびっくりした、オレがちょっとでもびっくりするなんて相当なことなんだぜ? いやまじで。それで呆気に取られてたらさあ、掠れた声でぼそっとこう……『また来たのか、クソ猫野郎』って」

 最後の方は声真似だったようだけど、あんまりにも芝居がかった掠れ声だったので、多分十中八九かなり大仰に真似しているんだろうなと思った。

 それでもきっと言われたことは本当のことなのだろう、多分そこに嘘を吐く意味はないだろうから。

「なんていうかその……随分とガラの悪い……」

「そう、めーっちゃくちゃガラと態度の悪い奴だったの!! 睨むし態度悪しよりにもよってオレのことを『クソ猫』とか呼びやがってさあ!! しかも『また来た』ってことはオレと兄弟を見間違えてるってことだし、それってつまりオレの兄弟のことを今まで『クソ猫』呼ばわりしてたってことじゃん!? ほんっと、まじでムカついた!! ぶっ殺してやろうかと思ったよ、いやマジで」

「おおう……」

 さっきまでの話から察するに、猫呼ばわりだけでもアウトなのに『クソ』がついている上、自分の弟のことも『クソ猫』呼ばわりされて大激怒、って感じだろう。

「それでどう殺してやろうかって思ってたら、少しして『なんかお前いつもと雰囲気違くない? 猫らしく魚の骨でも噛んでれば落ち着くんじゃないの? それとも生理か?』とか聞いてきやがってさ、それで笑ってたの、すっげえ不気味な声で……確かにオレらはちびっこの頃はキュートな女児に間違えられる程度には可愛い美少年だったけど、あの頃はもう立派な雄だったわけだし……というか魚の骨噛んでればってどういうことだよ、今思い出しても訳わかんねー!! それでまあ、怒鳴った。誰が雌だとか猫じゃねーしとか色々」

「おう……」

 性格が悪いというか、わざと人を怒らせるようなことを言っているというか、確かに嫌な奴かもしれない。

 あと魚の骨云々は多分カルシウムでも取ってろみたいな話だと思うけど、この世界にもカルシウムとかそういう栄養素的な学問が学ばれてるのだろうか、と少しだけ疑問に思った。

「そしたらあいつちょっとびっくりしたような顔で『お前口きけたんだな』とか言った後に『ヒステリックソ猫……ひゅひひひひひ……すっごいバカっぽくて超ウケる……わあ、お顔真っ赤、茹蛸ちゃんみたい、爆発四散して全部吹っ飛ばしてくんねーかなー、くひひっこんなのに煽られてお顔真っ赤っか、ざっこいねぇ』とかなんとか、いやあ、どうやってころそっかなーって思ったよ。オレ、ガキの頃は結構馬鹿にされてたけどそういう奴らは全員血祭りにしてたし、そうやってるうちに馬鹿にされることもほぼなくなってたからそういう耐性がほぼなくてさ。……とりあえず頭蓋骨破裂させてやろうと思ってたら、そのタイミングで兄弟が来たんだよね」

「と、とりあえずで人の頭蓋骨破裂させようとしないでくださいよ……というかひょっとして、その時弟さんが来てなかったらあなた、異世界人さんのこと本当に殺してたんじゃ……?」

「うん、多分ぶっ殺してた。……それで、兄弟がさ『兄弟、こんなところで何してんの』って聞いてきたから『様子見。それで、今からそこの異世界人の頭を花火みたいに盛大に爆破するつもりだけど、兄弟も見る?』って言ったら『それ俺が殺したいからやめて』って……一方その頃、異世界人は『クソ猫が増えた!?』とかなんとか叫んでた」

「あー……似てますもんね……さすが兄弟、ってくらいは」

 病室で見た弟さんの顔を思い出してそう言った。

 瓜二つと言っていいくらいにはそっくりだった、顔の形も耳の形も何もかもが同じ、目の色だって同じ。

 それなのに、その一方の目が酷く濁っていて、そのせいで二人並んだところで見分けがつかない、という感じでもなかった。

 というか顔で違っていたのはその一点だけで、その一点だけでああも印象がちがって見えたのも、今思うと少し恐ろしい。

「まーね、顔以外は実はそこまで似てなかったりするんだけど、割と見間違えられたりはする。……それで、兄弟が殺したいならこいつめっちゃ嫌な奴だから今すぐ殺してくれないって頼んだら、『今のままだと斬りがいがないからやだ』とか我儘言い出してさー、まあオレは兄ちゃんだから弟の我儘はできるだけ聞いてやりたいじゃん? だから仕方なく我慢してやることにしたんだ。……と、そんなやりとりを聞いてたアレがさあ、すっげえ顔でこう叫んだわけ『殺すってどういうこと、なんで私が殺されなきゃならないわけ!!』って」

「そりゃ殺されるとか言われたら叫びたくなりますよ、わたしもそうでしたし……」

「まあね。それで兄弟が『異世界人は斬ったことないから斬りたい。それだけ』って言って……そしたらギャアギャア騒ぎ出して……何言ってたっけな、この辺りからだいぶ言ってることが滅茶苦茶で何言ってんのかよくわからなかったからよく覚えてないんだよな……ふざけんなとか、なんで私がとかそういう感じのことをごちゃごちゃって喚いてた気がする……兄弟はなんも言わずにそれ聞いてたな……いつもみたいに無表情だったから、何考えてたのもわかんなかった……それでしばらくしたら喚き疲れたのかアレは黙り込んで……えーっと、それで」

 それから少しの間、彼は黙って考え込んでしまった。

 横目に見ると尻尾がゆらゆら揺れている、それを見てもしこの場に本物の猫がいたら飛びつきそうだなと思った。

「あー……そうだ、全員死んじまえとか言ってたっけな、こんな世界滅んでしまえとか、お前らは特に見窄らしく死ねとか、すっげえ恨みがましい顔で。で、それきりダンマリ。兄弟もなんも言わずにただぼーっとアレのこと眺めて……それで二十分くらい? ……今思い返してもなんというか異様で無駄な時間だったな……それくらい経ってそれで何か気が済んだのか、兄弟がオレに『じゃあ俺、そろそろ帰るから』って言ってきたから、オレも別にその場に残る意味がなかったから一緒に帰った。これがアレに初めて会った時の話。……今のでなんかわかったことってある?」

「うーん……」

 問われたので考えてみる。

 思っていたよりも性格が悪そうなことと、それと……

「……だいぶ限界……というか、まいってたんだろうなって思いました。なんというか感情の波が大きいというか激しいというか……」

「そう? まあ今思い出してみるとテンションがおかしい奴だなって思ったけど」

「……元々どんな生活をしていたのかは置いておいて、突然この世界に流された挙句わたしと似たような目に合っていたのであれば……そういう感じになってもまあ、おかしくはない気がします」

「えー……でもお前はあんな風になってないじゃん」

「わたしは心がボッキリ折れる寸前だったので……正直言ってあなたに拉致してもらえて……というかまともに会話してくれる人に会えたから今だいぶ精神状態回復してますけど……何というか、感情が死にかけてたんですよね、ちょっと前までのわたし。怒りも悲しみも絶望も通り過ぎて虚無になりかけてたっていうか……」

「そーなの? そういやさっきは死んだ魚みたいな目ぇしてた気がするけど」

「そうなんですよ。……人間にはいろんな人がいますから、同じくらい酷い目にあったとして、どうなるかなんて人それぞれです。わたしみたいに心が折れる寸前になるまで追い込まれる人や、異世界人さんみたいに……その、ヒステリックに周囲の人に当たり散らす人がいても全く何もおかしくありません」

 とはいえ彼女の場合、元いた世界でも結構酷い目にあっていたようなので、そういったヒステリックな状態がデフォルトだった可能性もある。

 ただ、少なくともわたしとは違って簡単に折れてへこたれるような根性なしではなさそうだ、元々酷い目にあっていて心が麻痺していたのか、ただ単純にメンタルが強いのかは置いておいて、きっとわたしなんかよりもずっと精神が強い。

 ノートに『ヒステリー気味』、『少なくともわたしよりも精神が強い』、『虚勢かもしれないが少なくとも心が折れていないように見せかける程度に精神は強かったらしい』と追記する。

「ところでですけど、異世界人さんと話してる時、怖がってそうだなとか強がってそうだなとか、虚勢はってるなって思った時ってありました?」

「……んー、あんまり? けど弱いやつって大体ああいう風に喚き散らすことが多いし、よく思い出してみるとそうかも? けどそーいうの気にしてなかったからわかんね。なんでそんなことを?」

「……いえ……本当に大丈夫だったのか、実は色々駄目だったのかによって印象……弟さんが異世界人さんのことをどう思っていたのか、そのとっかかりになるんじゃないかと思いまして」

「はあ? そんなでわかる?」

「ええ。例えばですね……弟さんって、どんな苦難にも心折れず曲がらずただ強くへこたれずにいる女の子と、本当は弱いくせに強がっていろんなことに抗ってそれでもぺちゃんこに潰れて耐えきれずに思わず涙を流す女の子……の、どちらが好みだと思います?」

 自分で言ってすごいたとえを出してしまったなと思った。

 なんでこんなことを聞いてしまったのだろうか、もう少し上手い聞き方もあっただろうに。

 けれども、彼女がどういう人で、弟さんがどういう人が好みだったのかは、彼女の死によって彼が壊れてしまったその理由とうまいこと結びついてくれるのではないか、とも思う。

 彼の顔を見ると、何故かキョトンとしていた、やっぱり聞き方を間違ってしまったなと一人で猛省していたら、彼は口を開いた。

「はあ? どっちが好みとかそういうのないと思うけど。女はただの女。見た目……というか種族はある程度こだわるだろうけど、性格的なものに趣味嗜好はないよ、あいつは」

「ほんとうに?」

「……んだよ。オレが兄弟のことで嘘を吐くとでも?」

「……いえ、そうではなく……どういう性格が好みというか、どういう性格の人が好ましいとかなかったんですか? ……女の子に限定せずに、人間、動物を含んでも……それでも?」

「ない」

 即答だった。

 けど、その質問に対して実の兄弟が『ない』と即答するような人が、本当にあんなふうになるだろうか?

 考え込みそうになったところで彼は更に言葉を続けた。

「オレらにとって理解者は互いだけだったし、それ以外の生き物はほぼ全部有象無象。……オレは若干例外がいるっちゃいるけど、あいつにはそれすらなかった。オレはよく薄情ものだって言われるけど、あいつよりかはまだマシな方。……あいつがどうでも良くないって思ってたのは兄弟であるオレだけだった。オレと自分以外はどうでもよかったから、誰がどんな性格だろうと見た目だろうと一切気にしていなかったし、だからこそ、そこに好意も嫌悪もなかった」

「はあ……ちなみにあなたにとってのその『若干の例外』って?」

「ローウェス少将っておっさんと……一応、その嫁と娘。まあ昔色々あってな、その、なんてーかええと……こういうのは腹立たしいしむしろオレの方が恩を売りまくってる状態だけど、まあ……恩人ってかオセワになってるやつ? ってか? うーん、なんかそうじゃなくて……そう! ほぼ唯一まともに信用してもいいって思えた大人!! オレらの周囲の人間って基本クソとバカと弱虫くらいしかいなかったんだけど、おっさんだけはまあ別ってーかなんてーか……うん、そんな感じ」

 若干気恥ずかそうに、それでも最後にはどこか穏やかな顔で彼はそう言った。

「……恩人、ですか。ちなみにあなたにとっての恩人であっても、弟さんにとってはそうではなかった、という?」

「いや? オレだけっていうよりもオレら兄弟の恩人? って感じ。というかオレにだけ媚び売って兄弟のこと蔑ろにするような奴をオレがまともに信用するとでも?」

「はあ……それでも、弟さんばその少将さんのことをなんとも思っていなかった、と?」

「うん」

 再び迷いのない即答が返ってきた。

 これはなんというか、難しい気がする。

 まず、弟さんが彼がいう通り本当に誰のことを有象無象だと思っていた場合、私にはどう考えてもどうして弟さんが壊れてしまったのか、その原因がさっぱりわからない。

 ご遺体がかなり酷いことになっていて、そのあまりの酷さにショックを受けた……というのも彼の口ぶりから察するになさそうだ。

 というか、異世界人さんの、おそらく凄惨だっただろう遺体を目の当たりにしてピンピンしている人がたった今自分の前で平然と話しているのだ。

 話を聞いている限り彼とその弟の価値観というか、何かに対して酷いと思うレベルはきっと同等だ。

 であれば、弟さんも彼同様に心を壊すことなく平然としているのが当然のことであるはず。

 それでも弟さんは心を壊した、兄と違い心を壊してしまったその原因は、いったいなんなのか?

 弟さんが異世界人さんのことを実は大事に思っていて、そして大事な人が酷い殺され方をしたからああなってしまった、それが多分一番簡単でわかりやすい解答だ。

 けれど今目の前にいる彼はそれを否定する、弟さんが異世界人さんを、誰かのことを好きになることはあり得ない、と。

 本当にそうであるのなら、きっとこの話し合いに意味はない、どれだけ話したところできっと弟さんがああなってしまった原因は不明なままで終わる。

 そしてもう一つ、個人的にはおそらくこちらの方が合っているのだろうと思った答えがある、そちらが正答だったとしても、それはそれで厄介な答えが。

 けれど、そちらが正解だとしたら……

「おい、おーい、聞いてる?」

「は、はい……!! なんでしょうか?」

「さっきからダンマリだけど、なんかわかったわけ?」

「いえ……少し考えていたというか……弟さんって随分ドライっていうか……冷たい人だったんだな、と」

「まーね、オレと違って情け容赦とかなかったし、何かを斬ってる時くらいしか笑わない奴だったし……けどあれでオレ相手には普通に弟してたんだぜ? ……オレらは強かったから別にいつどこで別れてもよかった、互いに一人でも生きていけた。それでも離れることなく互いに協力しあって、どっちかが失敗したら互いに見捨てることなく補って、うまいもの見つけても独り占めせずに半分こ。……そうやって、ずっと二人で生きてきた」

 なのになんで、そう呟いて彼は歯噛みした、鋭い牙が唇を噛み締めて、今にも血が溢れそうだ。

 彼の顔を見て、次に何を聞くべきか考えた。

 私が先ほど思いついたもう一つの答え、それをぶつけるべきか、別の質問をするべきか。

 数秒迷って後者を取る、前者を取るには私は彼のことも彼の弟のことも知らなすぎる。

 では、何を問おうか?

 異世界人さんのことをもう少し突っ込んでみようか、それとも……

「えっとじゃあ……弟さんのことは一旦置いといて、異世界人さんについて、他に何か……気になったこととか話してみたことってありますか?」

 まずは異世界人さんについてもう一度質問してみることにした。

「んー……気になったこととかは特に……あの後何回か顔合わせたことあるけど似たような感じだったし……話とかも……あんまし会話が成立してなかったっていうか……あー、お前が聞きたいこととは違いそうだけど一個微妙に気になるから質問していい? トーフってなんだかわかる?」

「わたしの国の食べ物ですね。大豆……豆から作られる……プリンみたいに柔らかいけど甘くない食べ物ですよ。お醤油っていうしょっぱい調味料かけて食べたり、鍋料理に使ったりします」

 しかしなぜ急にそんなことを聞いてきたんだろうか、と思って彼の顔を見ると、彼はなんだか難しげな顔をした。

「はあ……柔らかい、食べ物……」

「ええ、なんで急に豆腐……?」

「いやなんか……『この世界の住民全員トウフの角に頭ぶつけて死んじまえ』とかなんとか言われたことがあってさ。異世界のなんか滅茶苦茶頑丈なモノかなんかだと思ってたけど……柔らかい食べ物……そんなもんの角に頭をぶつけて死ねと……? え? オレってかこの世界の住人全員のことをそんなに弱っちいとか思ってたわけ? は?」

 混乱と遺憾の意がありそうな、微妙に複雑な表情を浮かべている彼に、さてどう説明したものかと考える。

 そういうセリフがあることは知っているけど、あれってどういう場面で使うのが正しいんだったっけ?

 その言葉を聞いてもノリと勢いでなんとなくニュアンスはわかるけど、改めて正確にその言葉の意味を説明しろと言われると、なんか、うまく言葉が出てこない。

「えーと、うちの国でたまに使われる罵り言葉なんですよね、それ。本当に豆腐の角に頭をぶつけて死ぬとは異世界人さんも思ってないと思います。……ただ、そういう滑稽な方法で死んじまえ、みたいなニュアンスが……あったのかも?」

「……はあ、なるほど? なんとなくわかったわ、あんがとさん」

「ええ……それで他に気になることとかってあります?」

 もう一度そう問いかけると、彼はしばらくうーむと考え込む。

 黒い尻尾がパタパタと揺れている、こういう動きってなんかのゲームのローディング画面とかに使われてそうだなとか思った。

「んー……やっぱり特になんも。あんまし話したことねーし、話したところであっちがギャアギャア喚き散らすから基本聞き流してたし。……さっきのトウフの角云々はなんか微妙に記憶に残ってたんだよな……けど、しょっちゅう死ねとかくたばれとか喚いてたような気がする、あとは、よく自分は何一つ悪くないとかそんなことを……あー、あとアレ、いくら訂正してもオレらのことをずっとクソ猫呼ばわりしやがったんだよな、兄弟に止められなきゃ殺してた。しかもオレが二号。オレのほうがにーちゃんなのに、オレが二号」

「ってことは、弟さんがクソ猫一号呼ばわりだったということで」

 言っている途中で頭をスッパーンと叩かれた。

「いった!!」

 おそらく加減はされたらしいけど、普通に痛い。

「ただの質問だったのはわかる。わかるけど、それを口にするな」

「ご、ごめんなさい……それで」

「……まあ、そうだよ、お前が言ったとおり、兄弟のが一号だった。アレ曰く会った順でそう呼び分けてたらしいけど、普通兄のオレが一号じゃね?」

「……一号だろうと二号だろうと、それが滅茶苦茶嫌な渾名なのは変わりないのでは? ひょっとして割と兄弟の順番というか、そういうのにこだわりが……?」

「…………別に。ただ基本的にオレが兄で兄弟が弟で、だからオレが二番目で兄弟が一番目っていうのが……なんか微妙にもやるんだよな」

「はあ……そういうものなんですかね……わたしにはきょうだいいないからそういう感覚はよくわかりませんが……ちなみに弟さんは異世界人さんからそう呼ばれてたことに不満とかってありそうでした?」

「いや、別に。怒ればいいのに平然とクソ猫呼ばわりを許容して……大抵は何も答えずにいるか、たまに平然となんとも思ってなさそーな顔で返事してた……兄弟、基本何言われても怒んねーんだよな、オレと違って。……自分自身やオレに不利益な事が起こったとしても、怒るっていうよりもその不利益の原因である障害を淡々と切り捨てる、みたいな感じでさ」

「なるほど……」

 ノートに一応『黒豹さんをクソ猫二号、弟さんを二号と読んでいた。黒豹さんが訂正しても(怒っても)呼び方は変わらなかった。号数に関しては出会った順』と追記しておいた。

 まとめたノートを一瞥して、次に何を聞けばいいかを考える。

 異世界人さんについて聞くとすると、聞けることはもうあまりない。

 というか次に彼女について質問するとしたら、私が今パッと思いつくのは一つだけ。

 彼女が殺された、その経緯とその後の事。

 けれど正直言って気が重い、だって蛆虫が湧いていたよりも酷い遺体だったらしいし……

 軽く自分のお腹をさすってみた、久しぶりにまともな食事をさっきとったばかりなので、満腹状態に膨れている。

 果たしてこの状態で、彼曰く色々と酷かったらしい彼女の死の話を聞いて、私は無事でいられるだろうか?

 具体的にいうと、吐かないでいられるだろうか?

 ……多分、無理だろうなあ。

 そういうわけで彼女に関する質問はここで一旦打ち切って、時間稼ぎに別のことを聞いてみようと思う。

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異世界人骨生物群集 朝霧 @asagiri

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