たべものはたっぷり、夢物語は絶無

 チョコクロワッサンと、爽やかな香りのハーブティー。

 それがわたしがこの異世界にやってきて初めて口にしたまともな食べ物だった。

「おいひい……おいしいよう……パサパサしてない、味がある、甘い、サクサクしてる、お茶も美味しい……ああ、おいしい……」

「……飢えてんなぁ。あー、もう泣くなよ、なんで泣くのお前」

 夢中で食べていた、久しぶりに口にしたまともな食事に何か色々なものが決壊してしまったのか、何故か涙が止まらない。

 本当に辛い一ヶ月だった、まともなものはなにも食べられないし、検査と称されて身体中弄くり回されるし、洗脳というか変な催眠状態にされたりもしたし、ほぼ全裸で密室に監禁されたり、他にも色々、たくさん嫌な事があった。

 美味しいものを食べたら、やっと不味くないものを口にできたという感動と共に辛く厳しい記憶がフラッシュバック、今が幸せなのか辛いのかがわからない。

「久しぶりに真っ当な人間に戻れたような気がします……ご飯大事、です」

「飯程度でそんな大袈裟な」

「日本人は、ご飯好きなんですよ……ああ、あと一口で終わってしまう……」

「…………冷蔵庫にプリンとチーズケーキがあるけど、食う?」

「い……いいんですか?」

 そんな贅沢が許されるのかと彼の正気を疑った。

「い、いいけど……」

 何故か彼はドン引きでもしているような顔をしている、なんでだろうか。


「そういえば、この世界に流れてきた時、実はちょっとだけ期待してたことがあるんですよね」

 ある程度お腹が膨れてきたら感情も少しおさまってきた。

 多分高級なんだろうなという感じのバニラの香り漂うプリンを食べながらそう言うと、チーズケーキをお行儀悪く素手で食べている彼が「何に?」と聞いてきた。

「私の世界、魔法とかありませんし、異世界から何かがやってくるとかそういうこともないんですけど、フィクション、物語としてそういうモノが存在するお話がいくつもあるんです。その中でも異世界転生とか、異世界転移のお話が結構流行ってまして。それでそういう話って、異世界になんらかの理由で移動してしまった人……要するに主人公なんですけど、そういう人が大抵なんかすっごい力を得られるんです。異世界の滅茶苦茶強い王族に生まれ変わったり、異世界の神様に勇者として召喚されたからその神様から力を与えられたり、そんな感じでいろいろ」

「はあ……? だから?」

「だからわたしも、この世界に流されたことでなんか特別なものすごい力を獲得しているんじゃないかって、少しだけ期待してたんですよね……まあ、なーんにもありませんでしたけど。お話は所詮お話、絵空事なんですね」

「はあ……そんな期待してたの? バカじゃないの?」

「まあ、今思うとそうですね……結局、どこに行ったところでわたしはどこにでもいる平凡な人間だったというわけで……ちなみにですが、別の世界から流れてきた物がこの世界に流れてきたことでなんかすっごい力を得た、みたいな事例って……その顔見る限り、なさそうですね」

 アホの子を見るような呆れ顔をされていたので、聞く前にそれはなさそうだと話を締めた。

「……ちなみにそういう感じの物語とかもないかんじですか?」

「さあ? 少なくともオレは知ら……あー、ローウェス少将んとこのおチビが見てるアニメがちょっとそれっぽかったような……? なんかちっちゃくてかわいい妖精しかいない世界に流されちゃったガキが魔法とかで色々活躍する話? タイトルなんてったっけな、忘れた」

「そうですか……そういう発想自体は少なからずある、と」

「まあ所詮子供騙しの夢物語だけどな」

「うーん、世知辛い……魔法とかいうファンタジー要素があるくせに、この世界ちっとも夢がないというか……つまらない?」

 というか厳しいというかなんというか、異世界とはいっても現実は現実なんだなと思った。

「ヒトの世界をつまらないとか言うなよ。そういうお前の世界はどうだったわけ?」

「うーん、滅茶苦茶つまらないと思う時もあれば全然そんなことないと思うこともありましたね……」

「なんだよ、そっちも結局つまらないんじゃん」

「ええ……けどせっかく異世界に流されるなんて激レア体験したので……せっかくなら元いた世界よりも平和で楽しい世界だったらいいなと期待して……結局全く期待外れだったと落ち込んでも普通に許されると思うんですよね」

「別に落ち込んでもいいし期待外れだって泣き喚いてもどうでもいいけど、現実を見た方が堅実的じゃね?」

「うぅ……猫耳ついてるファンタジー世界の美少年から堅実的とかいう言葉聞きたくなかった……」

「だから猫じゃねえっつうの!!」

 べっちーんと尻尾で背中を思い切り叩かれた。

「いったあっ!!? なんでそんなに怒るんですか!? 猫も豹もそんなにかわら」

「変わるわボケ!! お前そういう常識ないから親切で教えたげるけど、オレらみたいな猛獣を愛玩動物呼ばわりするのってかなりの侮辱だから、やめて」

「え。そうなんですか?」

「うん。オレはおんこーだから大したことしないけど、普通だったら首噛みちぎられても文句言えない程度にはしつれーなことだから」

「そ、そうですか……以後気をつけます……」

 とりあえずそう答えておいたけど,異世界の常識がよくわからない。

 だって豹って猫科の生き物じゃん、大まかなカテゴリは猫じゃん、なんでそんなに怒るの?

 けど、そういうのが常識なら今後は気を付けよう。

 とはいっても、彼みたいにぱっと見ではなんの獣人かわからない人も多そうだから,そういう場合はどうすればいいのやら。

 突っ込まないか、最初からなんの獣人であるのかを聞くのが無難なんだろうか?

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