第22話 黄金のドラゴンのママ

 魔石圧縮施設への攻撃は、無事に完了したらしい。

 これで東京エリアが焼け野原にされる心配は、当面なくなった。


 本命の作戦が早々に終わったので冒険者ギルドには余裕があり、シルキスたちを回収するためヘリを回してくれた。


 自家用車を潰された穂乃香は気の毒だが、ヘリのほうが早く着く。そもそもヘリに乗るのが初めてなので、シルキスは帰り道を楽しんだ。


 黄金の子ドラゴン。

 その処遇を巡って一悶着あった。


 ゴールデンドーンに所属していた吸血鬼が所有していた卵から孵ったドラゴンだ。わずかでも敵組織の情報を得られるかもしれない。ギルドかイルミナティが引き取って研究すべき――そんな意見が出たという。


 一方、別の意見もある。

 ドラゴンとは自然界から発生した精霊的な存在であり、人間如きがどうこうするのは身の程知らずというもの。このまま解放して、自然に帰すべき。そうしなければゴールデンドーンと同じになってしまうし、ほかのドラゴンの怒りを買って、東京が攻撃されるかもしれない。


 結論はなかなか出ないが、ドラゴン自身がシルキスを「ママ」と呼んで離れようとしないので、取りあえずセリューナの店で預かることになった。


「だからって、どうして穂乃香がうちに泊まることになったんだ? 沢山戦って疲れたろ? 自分の家に帰ったほうが、ぐっすり眠れるんじゃないか?」


「言ったでしょ。ドラゴンは貴重なの。特に黄金のドラゴンなんて、イルミナティでさえ何百年も確認してなかったらしいじゃない。だから、もしものときのために、ナインズである私がドラゴンのそばで待機するのよ。これはギルドの決定。私の意思じゃないから。マジだから」


「まあ、ドラゴンを訳分からん奴に任せるのは不安だから、ナインズをお目付役にするってのは分かる。そこまでは分かるが……別に私の部屋で一緒に寝なくてもいいだろ?」


「一緒の部屋じゃなきゃお泊まり会っぽくないじゃないの!」


「……お泊まり会ではなく、仕事なのでは?」


「仕事をしつつ、お泊まり会もする。一石二鳥じゃないの」


 そう豪語する穂乃香は、床に敷いた布団に、パジャマ姿で寝そべっている。

 絶対にこの部屋から出ていかないぞ、という強烈な意志を全身から放っていた。


「まあ、大人しく寝るなら別にいいけど」


「やったー。ところで明日こそ一緒にお風呂に入りましょうね」


「そういうこと言ってると、窓から放り投げるぞ」


「う……本気の目だ……お、おやすみなさーい」


 穂乃香は目を閉じた。と思いきや、薄目を開いてチラチラと見てくる。

 シルキスがベッドからその様子を見下ろしていると、同じベッドに転がっていた子ドラゴンが、膝によじ登ってきた。

 そして舌っ足らずな口調で言う。


「ママ、ママ」


「おお、よしよし。お前は可愛いな。けれど私はママではないぞ。前世はスライムで、今は人間だ。お前はドラゴンだから、どう足掻いても血が繋がっていないんだ」


「でも私を守ってくれた。生まれたとき、最初に目が合った。だからママだよ」


「うーん……困ったなぁ」


「ママ、好きぃ。私、頑張って人間になる」


 ドラゴンはシルキスの体をよじ登り、二の腕にしがみついた。

 可愛い。

 ここまで可愛いと、いっそママになってしまいたい。


「あふん……小動物とじゃれ合うシルキス……可愛すぎて気絶する……」


「なんだこいつ。本当に気絶しやがった。時間も時間だし、私たちも寝るか。明かりを消すぞ」


「うん。ところでママの名前はシルキスだよね。あっちのお姉ちゃんは穂乃香。もう一人のお姉ちゃんはセリューナ。私の名前は?」


「名前か……うーん……私に考えて欲しいのか?」


「うん。ママが決めて」


「ドラゴンの名付け親か。いいだろう。考えておこう」


「やった。おやすみ、ママ」


「うん、おやすみ」


 蛍光灯を消す。

 暗闇の中、ドラゴンの名前を考えながら、眠りに落ちる。


 そして朝。目を覚ます。

 時計を見ると、いつもよりもずっと早い時間だ。

 こんな時間に目覚めてしまったのは、ベッドの中に自分以外の体温を感じたから。


「穂乃香……か? 私が気づかぬうちに潜り込むなんて、やるじゃないか……」


 そう呟いてみたが、なにかがおかしい。

 穂乃香はこんなに小さくない。

 隣に寝そべっているのはシルキスと同じくらいの身長の誰か。

 敵意はない。あったらどれだけ熟睡していても飛び起きている。

 布団を剥がす。

 そこには黄金の髪の少女がいた。


 シルキスも髪は長いほうだが、この子は更に長い。腰の辺りまで伸びている。ゆるくウェーブしていて、まるで不思議の国のアリスのよう。


 見とれるほど綺麗だ。

 しかし問題なのは、そこではない。

 全裸なのだ。

 シルキスが全裸の少女と添い寝していたと知ったら、穂乃香がどんな反応をするか。いや、セリューナだって正気を保ってくれるか怪しいところだ。


「なんだこれはどういう状況だどうして私は裸の少女が隣にいるのに呑気に寝ていたんだというかこの子はどうやって入ってきたまさか私が寝ぼけて町に繰り出してナンパして連れてきたのかそれではまるで穂乃香ではないか困ったぞどうしていいのか分からないこんなに混乱したのは前世を含めても初めてだとにかく服を着せないとあわわわわわ」


「……ん……ママおはよう。凄く早口だね」


 ママ。

 その声色には聞き覚えがあった。


「もしかして、お前、ドラゴンか?」


「そうだよ。ママは人間で、私はドラゴンだから、ママはママになれないって言った。だから私も人間になった。頑張った」


「そんな頑張ったって……どうやって?」


「んとね。えいってやったらなれた。凄い?」


「凄い。けれどドラゴンは精霊の一種だから、物理的な身体なんて、いかようにもなるのか。剣になったり人間になったりと自由自在な奴もいるし……それでも生まれてすぐに変身できるのは、やっぱり凄いな」


「ママ。私、人間になった。だからママの子供でいいよね?」


「ええっと……」


「ママ?」


 大きな瞳がまっすぐ見つめてくる。

 可愛い。

 つい抱きしめてしまう。


「うん。私がお前のママだ」


 ついそう応えてしまった。


「やった。ママ、大好き」


 抱き返された。

 至福だ。

 可愛いは最強とか誰かが言っていたが、それは真実だったのだ。


 シルキスは鼻息が荒くなるのを自覚しながら、少女の髪を撫でる。

 と、そのとき。

 背後から視線を感じた。

 不覚。

 魔王ともあろう者が、この部屋にはもう一人いるというのを忘れてしまったのだ。


 ギギギと古びた機械のような硬さで、シルキスは振り返る。

 穂乃香が布団から体を起こし、口と目を大きく開いて、こちらを凝視していた。


「ぴゃああああああっ! シルキスが知らない女の子を裸にむいてベッドに押し倒してるうううううううっ!」


 穂乃香の叫び声が響き渡る。きっと家中に聞こえただろう。


「なんですか、朝からうるさいですよ。穂乃香ちゃん、寝ぼけてるんですか……ってええええ!?」


 セリューナが寝間着のままやってきた。

 そして絶叫する。


「ぴゃああああああっ! シルキス様が知らない女の子を裸にむいてベッドに押し倒してますうううううううっ!」


 いつもは余裕たっぷりなセリューナだが、この状況には対応できなかったようで、穂乃香とまるで同じ反応を見せた。

 裸の少女と抱き合っているのを見られたショックで、シルキスも叫んだ。


「「「ぴゃぁぁぁぁああああああっ!」」」


 一人、蚊帳の外にされた少女は、不思議そうに首を傾げる。


「ぴゃあ?」

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魔王は地球に転生し、ダンジョンで迷惑系配信者を斬殺してバズる 年中麦茶太郎 @mugityatarou

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