第21話 卵
「シルキス様。今、なにかノイズのようなものが聞こえませんでしたか?」
「セリューナにはノイズに聞こえたのか? 私にはハッキリと『助けて』と聞こえたが」
「え、なに、声? ノイズ?」
「シルキス様には声として聞こえた……わたくしにはノイズで、穂乃香ちゃんにはまるで聞こえない――」
そこまで呟いてセリューナは言葉を切った。
そして今度はシルキスの頭に直接話しかけてきた。
〝シルキス様。もしかしたら魂の格が高くなければ、聞こえないのかもしれません〟
〝魂の格? 私は前世と比べものにならないほど弱体化しているぞ。そもそも前世とて、種族的にはただのスライムだ〟
〝それでも一度、星の頂点に君臨した魔王です。それが『転生』という奇跡を成し遂げたのですから、ほかの存在とは異なる魂になっているはず。少なくとも、私や穂乃香ちゃんよりは格上でしょう〟
〝今の実力ではなく、潜在的なもので考えるべきか。それで私の格が高いとして。私にしか聞こえない声の主も、格が高いのだろうか〟
〝おそらく。何者かは分かりませんが……〟
〝助けを求めていて、それが私にしか聞こえないなら、無視するのは忍びないな。さて、どこから聞こえてくるのやら〟
じっくり探してやりたいが、四角戦車が暴れ回っている。
まずはあれを倒さないと、なにもできない。
「予定通り、あいつを破壊して……いや、待て。声はあれから聞こえているのか……?」
助けて。助けて。暗い。狭い。痛い。吸い取らないで。ここから出して――。
声が聞こえてくる方角は、四角戦車が移動するのに合わせて動いていた。
「穂乃香。炎龍での攻撃を続けろ。できるだけ激しく」
「なにか考えがあるのね。お姉ちゃんに任せなさい!」
炎龍が怒濤の勢いで体当たりし、続いて締め上げる。
結界のせいで四角戦車に直接触れることはできない。
だが結界に負担をかけ続ければ、その状態を維持するために魔力を消費し続ける。
結界に魔力を回した結果、戦車の動きがカタツムリのように遅くなる。
目論見通りだ。
「よし、これなら狙いやすい。いでよ、我が隷獣アダマンタートル!」
巨大な亀の甲羅が顕現すると共に、分裂し、無数の盾となった。
盾は戦車をぐるりと取り囲んで、完全に固定してしまう。
身動きがとれない戦車は、なんとか盾を吹き飛ばそうと、重力制御で加速を試みる。
が、それでもアダマンタートルの盾はビクともしない。おまけに重力制御に魔力を回したせいで空間操作ができなくなり、穂乃香の炎龍の直撃を受ける。
装甲の表面が、熱でオレンジ色に輝いた。
「よしっ! このまま続ければ、私の炎龍で溶かせるわね!」
「ああ。だがその前に、中にいる何者かを救出する」
「え? 誰がいるの!?」
「誰かは分からない。だが、あんなものの中から助けを求めるのがどんな奴なのか気になるから助ける。というわけで私はあれに接近するが、気にせず攻撃を続けろ!」
「分かったわ! あんたなら大丈夫だと思うけど、気をつけてね!」
戦車は赤い光を放ちつつも、いまだ融解する様子がない。
かなり耐熱性の高い金属で作られているらしい。
「あまり衝撃を与えると、助けられるもの助けられんな。それならば」
シルキスは敵に冷気の塊をぶつける。
急激に冷やされた装甲に、いくつもの亀裂が走った。
その亀裂に指を突っ込み、力任せに広げる。
穴が空いた。侵入。中は意外とスペースがある。吸血鬼が自ら乗って操縦するのも想定して設計したのだろうか。
声を追いかける。
「卵、か?」
透明な容器に、まだら模様の卵が入っていた。
ニワトリの卵とは比べものにならないサイズ。シルキスの頭部より大きい。恐竜でも入っているのか。
卵が入った容器から、配線が何本も伸びている。
「空間や重力を歪めるほどの魔力……その発生源がこの卵か」
「そのようです。まだ生まれてもいないのに、機械に組み込まれてしまったんですね。可哀想に」
「それにしても、生まれる前からこれほどの魔力とは、見所のある卵だ。私にしか声が聞こえない。つまり私と同格の魂の持ち主。気に入った」
容器自体は、ただの強化ガラスらしい。殴ったら割れた。
卵を取り出すと、戦車は停止した。やはりこれが動力源だったらしい。
これでようやく吸血鬼の置き土産を片付けた、かに思えたが。
「動力消失。予備魔石に切り替え。自爆まであと十秒。九、八、以下省略。即座に爆破――」
まだ土産があった。
実に性格が悪い。
脱出する暇がないので、シルキスは卵を抱えて防御結界で全身を守った。
「わあああっ、シルキスが中にいるのに爆発しちゃった! シルキスゥゥゥ……って、メッチャ無事ね」
穂乃香は走り寄ってきて、ホッとした声を出す。
「ああ。私があの程度でどうにかなるものか」
「シルキス様、酷いですよ。わたくしを放り投げて、卵を優先するなんて」
セリューナが人間形態になって、文句を言ってくる。
「お前は私より頑丈だろう。それともなにか。お前を手放したくないからと、卵を見捨てればよかったか?」
「まさか。本気で怒っているのではありません。ちょっと拗ねてみただけです。うふふ」
そんなことだろうと思っていたので、特に驚きも呆れもしない。
「その卵の声がシルキスには聞こえてたの?」
「そのようだ。おい、卵。助けてやったんだから、恩返しとかないのか?」
〝ありがとう。力を吸われなくなった。もう怖くないよ〟
「そうか。それでお前は何者なんだ?」
〝分からない。私は誰。私を助けてくれたあなたは誰。とても優しい。私のママ?〟
卵がヒビ割れた。
シルキスは目を丸くする。
守ったつもりだったのに、爆発の衝撃が伝わっていたのか――。と焦ったが、違った。
卵の中身が、自力で殻を破っている。
今まさに生まれるのだ。
まず二枚の翼が。次いで尻尾が姿を見せた。卵の殻がパラパラと地面に落ちて、くりくりした瞳がシルキスを見上げる。
小さい。両手の中に寝そべってしまうサイズの、黄金のドラゴンがそこにいた。
「ママ」
ドラゴンはシルキスを見つめながら、誰にでも聞こえるように、そう口にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます