第20話 心中モード
手駒を失った吸血鬼は、自ら襲い掛かってきた。
なんら強者の気配を感じない。
興ざめしたシルキスは、氷魔法を発動。
床から巨大な氷柱を生やして、吸血鬼を串刺しにしてやった。
氷柱は天井まで貫いて、吸血鬼の全身に日光を降り注がせる。
「ぐおおおおおっ! 日光は痛覚を遮断しても痛い……しかし、それでも死なんぞ。並の吸血鬼ならともかく吾輩は真祖だからな!」
「知っている。動きを止めたかっただけだ。殺すのは今からだ」
「ほう、どうやってだ? 魔石を臨界させるか? 吾輩の魂を焼き尽くすだけの魔石を持ってきたのか!?」
「魔石だってタダじゃない。お前に如きに使ったら、もったいないお化けが出てしまう」
「ならば吾輩を殺せない! だがお前と戦うと痛くてたまらん! 見逃してやるから立ち去るがいい!」
「は? お前の殺し方など、百通りは持ち合わせているが? 一番手っ取り早いのを見せてやる。セリューナ、私の魔力を吸え。前よりはマシになったはずだ」
「確かに、自分で言うだけあります。数日でよく鍛えました。及第点です」
「おい、なんだ、剣からあふれる黒いオーラは……その力……霊的存在に届きそうじゃないかぁぁぁっ!」
「小細工が好きなだけあって目端が利くな。おかげで殺される恐怖を味わえる。よかったな」
「やめろぉぉぉぉっ、その剣は吾輩に効く――」
脳天から股まで一刀両断。
その程度の傷、真祖なら斬られている最中に再生するのが普通だ。
だが再生しない。
それどころか全身が発火した。
吸血鬼は魂さえ無事なら、肉体をいくら破壊されても復活する。逆にいえば、魂が壊れると、肉体も滅びるのだ。
「そんな……だが……ただでは死なんぞ……道連れに…………」
灰も残さずに燃え尽きた。
復活する兆候はない。
「終わりましたね」
「ああ。捨て台詞が気になるが……」
苦し紛れに口にしただけならいい。
しかし本当に奥の手があるとしたら。それが奴の死をトリガーとして動き出すものだとしたら。
あの性格の悪さからして、ろくでもないものに違いない。
「――システム管理者の死亡を検出しました。心中モードに移行。工房の敷地内の生命体は皆殺しにします。速やかに脱出してください。なお結界を構築済みなので、脱出は不可能です」
機械音声のアナウンスが流れた。
同時に、地下から振動と魔力が伝わってくる。
「なにか来ますね。防御を固めてください。さっきの吸血鬼より、ずっと強そうです」
「もうそうしているよ」
全身を防御結界で包んだ。どこから攻撃されても、新しい服が傷ついたりしない。
「これは……衝撃に備えてください」
セリューナが再度の警告をしてきた。
シルキス自身も油断ならないと感じたので、ジャンプして上空に逃れた。
次の瞬間。
床を……いや、建物そのものを破壊して、敵が飛び出してきた。
第一印象は、箱。
そこらの一軒家よりも大きな、金属の箱だ。
「車輪がついていますね。戦車でしょうか?」
「しかし腕が生えているぞ。ロボットじゃないのか?」
「大砲をこちらに向けています」
「あれは……ヤバいな」
防御結界の厚さが足りない。慌てて補強。
敵の大砲から光がほとばしる。魔力の塊だ。それが砲弾のように発射され、シルキスに命中。轟音と衝撃。されど結界で阻んだので直撃はしていない。目の前にある光の砲弾を、魔剣で殴打して落下させる。砲弾は大砲へと戻っていくが、向こうも防御結界を展開していた。
「火力が高くて、防御が厚い」
「しかも足が速いですよ。ショッピングモールの瓦礫の上をスイスイ走り回っています。慣性を無視したような動き。重力を操っていますね」
「腕で瓦礫を掴んで投げてきやがった。器用な奴だなぁ」
シルキスは風を操って、駐車場に着地。
ここまで乗ってきた自動車は、すでに踏み潰されていた。
「格好悪いという欠点はあるが、強いな。吸血鬼はどうして最初からあれを出さなかったんだ?」
「あれで侵入者をミンチにしたら、血を吸えないからでは?」
「なるほど、納得」
「あんたたち、どうでもいいことを冷静に分析してる場合じゃないでしょ!」
甲高い声で叫びながら走り寄ってきたのは、赤髪をポニーテールにした少女だった。
「って、私の車が潰れてるぅぅぅぅぅ!」
「これ、ギルドの備品じゃなくて、穂乃香の私物だったのか……かわいそうに。けれど叫ぶ元気があるなら無事なんだな」
「ま、まあね。あんたこそ大丈夫なの? 真祖と戦ってるっぽい気配してたけど」
「戦って、倒した」
「さっすが。私は地下でマネキン軍団に囲まれて。いくら倒しても次から次へと出てきて。あんたの応援に行こうと思ったんだけど、自由に動けなかったの。ごめんね! で、戦ってるうちに倉庫みたいなところに出て。そこにあの戦車だかロボットだか分かんないのがいたの。なんだろなぁって見てたら動き出してご覧の有様よ! 私が動かしたんじゃないから! 私のせいじゃないから!」
「分かってる。あれは吸血鬼が死んだら動くようプログラムしてあったらしい」
「そうなんだ! 私があちこち触りまくったせいじゃないのね。よかったぁ……」
「ホッと胸を撫で下ろしているところ悪いが、砲撃が来るぞ。避けろ!」
「っ!」
シルキスと穂乃香は同時に飛び退く。
光の砲弾が地面に着弾し、コンクリートの瓦礫を撒き散らした。
「当たったら死ぬ威力なんだけど!? よーし……殺される前にぶっ壊してやるわ!」
穂乃香は駐車場を紅蓮に染める。そして炎の鯉を泳がせ、敵に体当たりさせる。半分程度は腕で払われたが、もう半分は生き残る。生き残った鯉は龍へと成長を遂げた。
「征っけぇぇぇぇっ!」
十五匹の炎龍が、四角戦車に噛みつこうと殺到する。
が、しかし。
「弾かれた! あの結界、厚すぎない!?」
「厚いというか……攻撃が来た瞬間に、空間をいじってるな。空間を曲げられたら、どんな威力でも届かない」
「インチキじゃないの!」
「そうでもない。向こうが空間を操作しているなら、こちらも同じことをして、空間を元に戻せばいい。そうすれば攻撃が届く」
「そういう複雑なの苦手なのよね……」
「じゃあ手本を見せてやる」
シルキスが魔剣を構え直した、そのときである。
〝助けて〟
少女の声が聞こえた。
穂乃香のでも、セリューナのでもない。
初めて聞く声。
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