第19話 いいゲスは死んだゲスだけ
三階に行くと、マネキン人形たちが襲い掛かってきた。
空手の動きをするものや、カポエラを使うものなど、パターンが多彩。
だが数が多いだけで、別に強くはなかった。
「なんか、ロボタを壊してるみたいで気が引けるなぁ」
「そうですね。それに服を着たマネキンを破壊すると、どうしても服を破ることになるので、もったいないです。一気に停止させましょう。わたくしがやってもよろしいですか?」
「いいぞ。存分にやれ」
シルキスの許可を得たセリューナは、魔力を四方へと波のように広げた。
それでマネキンを動かしている術式を解析し、無力化する術式を構築して放つ。
全てのマネキンが一斉に停止した。
「はい、終わりです。シルキス様に似合いそうな子供服を回収しましょう」
「自分の服はいいのか?」
「それも、ついでに回収しまーす」
セリューナは鼻歌を歌いながら、マネキンから服を脱がして次元倉庫に放り込んでいく。
「なんと……吾輩のマネキンを破壊するのではなく停止させるとは……よかろう。血を吸うに値すると見た。こちらから出向いてやろう」
刹那。
天井を貫いて、欧州の貴族じみた服装の男が落下してきた。
見た目の年齢は、三十代半ば。細身の長身で、髪をオールバックにしている。
まるで絵に描いたように吸血鬼のイメージをなぞった吸血鬼だ。
着地するよりも速く、そいつは牙をセリューナの首筋に突き立てようとする。
シルキスはその脇腹に、回し蹴りをぶちかました。
「ぐはっ!」
吸血鬼は死ににくい。だが痛覚はある。真祖ともなれば自分の痛覚をコントロールできるはずだ。が、いきなり蹴られると思っていなかったようで、苦悶の声を上げながら壁に突っ込んでいった。
「なんだ、ゴローより弱いんじゃないか?」
そう呟きながら、シルキスはセリューナの手を握る。
意を汲んで、セリューナは魔剣へと変化。
シルキスは床に倒れている吸血鬼に目がけ、刃を振り下ろす。
「剣に変化するとは、素晴らしい魔法技術だな!」
吸血鬼は左腕を突き出して、手のひらを刃にぶつけてきた。
触れた途端、左腕が爆発。
それを目くらましにして、吸血鬼は三階へと逃れていった。
「奇襲してきたくせに、反撃されるとすぐ逃げるなんて情けない奴」
「情けないから奇襲するんでしょう」
シルキスも天井の穴を使って、三階へ。
そこは映画館だった。
大きなスクリーンがあり、その前に吸血鬼が立っていた。吹っ飛んだはずの左腕は、もう再生している。
「ほう。迷わず追いかけてきたか。ここは吾輩のテリトリー。準備万端で待ち受けているとは思わなかったのか?」
「時間を空けたら、もっと準備が進むかもしれん。それを粉砕するのも醍醐味だ。とはいえ、お前にいくら時間を与えても、大した手品を見せてくれそうにない。手早く終わらせたいな」
「生意気な。しかし度胸は気に入った。二人とも血を吸うに値する。できれば生かしたまま捕らえて、血液生産器にしてやりたいが、その前にこの工房を破壊されそうだ。速やかに殺して、一気に血を飲み干すとしよう。さあ、吾輩のワルキューレたち。戦の時間だ」
扉の奥から。座席の下から。天井から。
あちこちから人の形をしたものが現れた。
それらは『かつて人間の女性だったもの』だ。
今は、吸血鬼に操られるゾンビ。
「吾輩を殺そうと挑んできた冒険者や魔法師たち。その中でも見目麗しい女たちは、朽ちさせるのが惜しいので、こうして保存しているのだ。お前たちもワルキューレに加えてやろう。だから剣になったほうは、ちゃんと人間に戻ってくれよ」
「挑んできた? 私よりも小さい子も混じっているじゃないか。本当にお前を殺そうとしたのか?」
「ああ、その子たちは違う。町を歩いていたら偶然見つけたとか、そういうのだ。あんまり可愛いから連れ帰ってしまった。この千年の人生で、様々な出会いがあった……その中でも君は極上に可愛いな。血を吸いきったら、必ずゾンビにすると約束しよう」
「外道が。貴様に可愛いと言われても、微塵も嬉しくないぞ。魂を欠片も残さず滅却してやる」
「その発言は可愛くないなぁ!」
ゾンビたちが一斉に飛びかかってきた。
「殺されてからも死体を玩具にされるとは哀れすぎる。ここで出会ったのもなにかの縁だ。灰になって安らかに眠れ」
先程セリューナがマネキンを無力化した技。
それをシルキスも同じように実行し、ゾンビを動かしている術式を解析する。
さすがにマネキンよりは複雑な構成になっていた。停止信号を送っても、一瞬カクつくだけ。
「ふははは、無駄だ! 外部から術式を書き換えても、即座に自己修復する! 吾輩のワルキューレたちは、ゾンビの最高傑作なのだっ!」
吸血鬼は勝ち誇っている。
だがシルキスの目的は停止ではない。
火葬である。
一瞬カクついたということは、術式への侵入そのものは成功している。
経路を確認できた。
再び魔力を送り込む。
今度は停止信号にあらず。
炎魔法。
ゾンビたちの内側から静かに、全身を一気に焼失させる魔法。
「吾輩のワルキューレたちが一瞬で灰にぃぃぃぃっ!?」
「お前のではないさ。彼女たちの死は、彼女たち自身のものだ。そしてお前も死ね。いいゲスは死んだゲスだけだ。浄化してやるぞ」
「抜かせ! 真祖を殺せるわけがない!」
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