第18話 ショッピングモールだった場所
「車の中でも言ったけど、おさらいするわよ。ここを占拠している真祖の名はノクターナ。いつ生まれ、いつゴールデンドーンに入ったのかは分からない。けれど蒸気機関が発明された頃から、魔法と機械を組み合わせる研究をしているのは確かよ。ノクターナが作る兵器は強力で、そして本人も強い。絶対に魔石圧縮施設に行かせたら駄目。私たちで殺すわ」
「この建物は地下も広くて、私たちが今いる駐車場の真下にもフロアがある。私とセリューナが地上。穂乃香が地下を担当。それでいいんだな?」
「ええ。三時間探しても見つからなかったら、一度ここで合流しましょ」
「分かった」
建物に入り、一階をウロつくと、動かないエレベーターを見つけた。
シルキスとセリューナは、それを上に。穂乃香は下へ――。
「おい。お前は下に行くはずだろ。なんで私たちの後ろをついてくるんだよ」
「だって……だってシルキスの後ろ姿が可愛いんだもん!」
ナインズの少女は正気を疑う発言をした。
普段でもどうかと思うのに、今は任務中。敵地である。
「その蔑んだ目もいい! ああ、待って。言いたいことは分かるわよ。大丈夫。いつどこから襲われても対処できるようにはしてるから」
「それもあるが、それだけじゃない。なんかもう、純粋にキモい」
「火の玉ストレート! 私が一方的に悪いみたいな言い方して。あんたも悪いのよ。なによ、その服。セーラー襟のワンピースとか可愛すぎるでしょ! あ、服だけじゃなくて当然シルキスも可愛いから。可愛いと可愛いが合わさって、ああもう訳分かんなくなってきた。血圧ヤバイ……動悸が……苦しい……!」
「うふふ。穂乃香ちゃんとお出かけするからって、シルキス様とても張り切っちゃって。今日のためにわざわざ新しい服を買ったんですよ。しかし『あいつはこういう服が好みかな』とか言って自分で選んだんです。冷めた顔してますけど、褒めてもらえて、内心では凄く喜んでいるんですよ」
「こ、こら! 勝手に私の内心を語るな!」
「私のために新しい服を……ふおぉぉぉぉぉっ嬉しすぎて電気流れたあぁぁぁぁぁんっ!」
穂乃香はガクガクと痙攣し、仰向けに倒れる。
ここはエレベーター。そんなところで倒れれば、無論のこと、下に落ちていく。
段差で何度も頭をぶつけながら、穂乃香は一階に滑り込む。如何なる原理か、そこでクルンとターンして、地下に向かうエレベーターに突入する。
「さすがはナインズ。最小限の動きで持ち場に向かいましたね」
「今のを『さすがナインズ』と評するのは、ほかのナインズに失礼な気がする。いや、ほかのナインズも変態揃いだったら喜ぶかもしれんが……」
これ以上考えるのは人生の無駄な気がするので、シルキスはそこで話を切り上げた。
せっかく地球という楽しい星に転生した。ただ最強を目指すだけでなく、ゆとりある時間を楽しみたいと考えている。だが、ゆとりある時間とは、変態について考える時間ではないのだ。
シルキスはエレベーターを登り、二階に踏み出そうとする。
その直前、トラップに気づいた。
ワイヤーが張られている。
それに触れると、設置された魔石が臨界して爆発する仕組だ。
「ふん、小賢しい。セリューナ、ワイヤーを蹴飛ばせ」
「かしこまり~~」
セリューナは歌うような返事をしつつ、トラップを発動させた。
予想した通り、エレベーターの左右で爆発が起きる。
魔石が小さいので、さほど大規模なものではない。せいぜい乗用車を廃車にするくらいの爆発だ。
そこから広がった炎は、こちらの服を焦がすことさえできなかった。
シルキスの氷魔法が、熱を完全に相殺。周辺の温度は元に戻り、爆発の痕跡さえない。ただ切れたワイヤーが床に伸びているだけだ。
「ここの主は機械いじりが好きという情報だったが、上等なトラップとは言えないな。実力のほどもうかがえるというものだ」
「歓迎の花火かと思いました。慎ましい性格の吸血鬼なのでしょうね」
「ここは工房というより、ただの隠れ家なんじゃないのか? 討伐されるのが怖くて、引きこもっているんだ」
シルキスとセリューナが挑発するような話をしていると、突然、明かりが灯った。エレベーターも自販機も稼働する。
「言ってくれるじゃないか、侵入者。そこまで言うなら登ってきたまえ。吾輩の発明品を見せてやろう。対価に命を頂くがね」
スピーカーから男の声がした。
「そこは命ではなく血を要求するべきではないのか、吸血鬼」
「吾輩はデリケートでね。雑魚の血を飲んだら体調が悪くなるんだ。君たちが飲むに値する相手か、じっくり吟味させてもらうよ」
天井の監視カメラが動いている。
シルキスはそのレンズに向かってピースした。
「よく見ておけ。そして私が食料ではなく、滅びをもたらす魔王だと理解しろ」
三階に向かう途中。セリューナがふと呟く。
「シルキス様。カメラの前で可愛いポーズとるの、癖になっちゃいましたね」
「……はっ!」
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