第17話 真祖の工房に向かう
冒険者ギルドはその設立当初から、魔法結社イルミナティと深い関係にある。
イルミナティは世界秩序の守護者を気取っており、モンスターが人類の生存を脅かすのも、魔法が犯罪に使われるのも避けたかった。
一方、イルミナティに匹敵する規模の魔法結社ゴールデンドーンは、むしろ無秩序こそ魔法の本質と捉えている。だから積極的に治安を乱す。ゴローのようなチンピラが動画配信サイトをハッキングする手段を得てしまったのも、ゴールデンドーンの方針ゆえだ。
イルミナティは、一刻も早くゴールデンドーンを潰したい。
無論、それは相手も同じだった。
お互いを『魔法師の面汚し』と公言してはばからない。
構成員が出会えば、親の仇を前にしたかのように殺し合う。
実際、二大組織の抗争は長く、親を殺された者は数え切れない。
今回の戦いも、その一つだ。
ゴールデンドーンが有する大規施設。そこに大量の魔石が運び込まれ、圧縮作業が行われているという情報をイルミナティは掴んだ。
魔石というのは不思議な物質で、小型のプレス機でも簡単に圧縮し、体積を小さくすることができる。そして体積を小さくすると、なぜか質量も小さくなる。というより密度がつねに一定なのだ。
たとえば、全く大きさが同じ魔石が百個あったとしよう。これを圧縮して融合させ、一つ分の体積にする。いくら体積が減っても、もともと百個だったのだから、質量は百個分のままと考えるのが普通だ。
しかし魔石は違う。体積を百分の一に圧縮すると、質量も百分の一になる。
そして質量が百分の一になったくせに、有する魔力は、百個分のままなのだ。
魔石を圧縮すれば、膨大な魔力を簡単に持ち運べる。
それがあれば脆弱な魔力しか持たない魔法師でも、大規模な魔法を発動できる。
とはいえ、魔石の圧縮には限界があった。
ある一定以上に圧縮すると、物質としての形を保てなくなり大爆発を起こす。その爆発は物理的な破壊のみならず、霊的存在まで滅却するという恐るべきものだ。
魔石が爆発するそのラインを、魔石の臨界と呼ぶ。
ゴールデンドーンの狙いは、おそらくそれだ。
臨界寸前の魔石を複数用意し、一斉に起爆。
東京の壁の外で実行しても、十分に大規模虐殺となる。イルミナティが見積もったのより多くの魔石をゴールデンドーンが得ていたら、東京消滅というのもあり得る。
よってイルミナティは、冒険者ギルドと共同で、魔石圧縮施設への攻撃を決定した。
絶対に成功させなければならない作戦だ。
ゴールデンドーンの援軍が現れ、こちらの攻撃部隊が背後から襲われるという事態は避けたい。
そこでゴールデンドーンの別の施設にも、同時攻撃を仕掛ける。
これにより敵の情報網を混乱させ、戦力を分散させるのが狙いだ。
日山穂乃香が命じられた作戦も、陽動の一環。
ただし本隊よりも激しい戦いが予想される。だからナインズたる穂乃香が選ばれた。
なにせ相手は、ゴールデンドーンに所属する真祖吸血鬼。
真祖とは、吸血鬼の最上位種のこと。
普通の吸血鬼とは違い、日光に強い耐性を持つ。そして十字架も銀の弾丸もニンニクも効かない。
ブラックホール魔法などで原子一つ残さず消滅させても、冗談のように復活する。
物理的にいくら破壊しても、殺すのは不可能なのだ。
「そんな面倒な奴を二人だけで滅殺しろなんて。イルミナティか冒険者ギルドか、どっちが考えたのか知らないけど、杜撰な作戦だなぁ」
オフロードカーの助手席でシルキスは小言を呟く。
「あら、わくしもいるので三人ですよ」
後部座席からセリューナが言う。
「言っておくけど。ギルドは私一人でやるのを想定してるから。二人への報酬は、私の自腹だから」
運転席でハンドルを握りながら、穂乃香が語る。
「もっと杜撰じゃないか」
「杜撰じゃないし。私は一人でも達成する自信あるし。ただシルキスと一緒に仕事してみたかったから呼んだだけ!」
「……やっぱデートじゃないのか、これ」
「はぁ!? 初デートはちゃんと別に誘うんですけど!? それにデートに保護者同伴って変でしょが!」
「あら。わたくしが一緒は嫌ですか?」
「……三人でデートってのもいいかもね!」
「それはただ遊びに出かけてるだけなのでは?」
「いいじゃないの。あれ? もしかしてシルキスって私と二人っきりでデートしたいの!? なんて可愛い奴! お姉ちゃん張り切っちゃう!」
「お前はお姉ちゃんじゃないし、別にデートしたいわけじゃないぞ。ちゃんと前を見て運転しろ。木とか岩とかにぶつかる」
シルキスは記憶を取り戻す直前、ラブコメマンガを読んでいたので、なんとなくデートというものが気になっていただけである。
魔王と呼ばれていた頃は、修行して強くなり、敵を倒すので忙しかった。そもそも地球ほど娯楽が発達していなかった。
地球は興味深いもので満ちあふれている。
かつて興味なかったものに意識が向いてしまうほどに。
前世では、陸上の乗り物といえば馬車だった。それ以上の速度で移動したかったら、魔法で空を飛ぶなり、空間を歪めるなりすればよかった。
しかし地球には電車や自動車といった乗り物があり、魔法を使えぬ者でも、高速で移動できる。
強者が有利なのは地球も同じ。
だが、力なき者でも文明の先端に触れられるというのは素晴らしい。シルキスは魔王として星に君臨していたが、そういう世界を作れなかった。
統治だの支配だのに未練はない。それでも地球の社会の有り様を、もっと勉強したいと思う。
「心配性ね。なぁに、このくらいの悪路が怖いの? 可愛いんだからぁ」
「いや、怖いのはお前の運転だ」
走っているのは、東京の外に広がる荒野。
かつては舗装された綺麗な道路だったのだろう。今は草木がアスファルトを貫いて生い茂っている。
へし折れた鉄塔。朽ちたビル。錆びて判別できない道路標識。
それらは人間が生活していた痕跡であり、当時に、もうここが人間の世界ではないと語っているように見える。
「見えてきた。あれが目的地よ」
それはショッピングモール
建物も大きいが、駐車場はその何倍も広い。
壁に覆われた限りある面積で生活している今の人類からすると、この土地の使い方はとても贅沢に見える。
半世紀前は家族連れの客などで賑わっていただろう。今は真祖吸血鬼の住処として使われている。
ここに限らず、壁の外で原形をとどめている建物は、誰かがなにかに使っていることが多いらしい。
そういう意味では、壁の外にも社会があるといえるかもしれない。
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