第16話 穂乃香の話 後編

「それにお前は勘違いしている。私の背は小さいが、穂乃香よりもずっと年上だ。前世の記憶があるからな」


「え、もしかして転生!? 転生魔法って理論はあるけど成功したって話、聞いたことないけど……」


「私が最初の例かもな」


「信じられない……でも、それならシルキスの強さに納得がいく……さぞ高名な魔法師だったんでしょうね。私でも知ってるかしら? もしかして、そんなに可愛いのに中身はオッサンだったりする……?」


「いや。前世はスライムだった。だから性別はない」


「スライムって、あの雑魚モンスター!? 前世がスライムでそんな強いわけないでしょ!」


「頑張って強くなったんだ」


「話が一気に嘘くさくなってきたわね……」


「別に信じなくてもいいけどな。小さいのに強いと言えば……穂乃香って十八歳だろ? 私が前世で十八のとき、そんなに強くなかった。おそらく半分程度。おまえと戦って、実のところ感心していたんだ。私より努力したはずだし、きっと才能もある。私が嫉妬するくらいに。だから胸を張っていい」


「な、なによ……そうやって私の好感度を稼いで攻略しようって魂胆ね。でも悪い気はしないわ。攻略されてあげる。さあ、私のことをお姉ちゃんって呼んでもいいわよ!」


「呼ばないが」


「なんで!? お姉ちゃんって凄くいいものよ。お姉ちゃんガチ勢の私が言うんだから間違いないわ」


「いや……姉的な存在は、セリューナがいれば十分だし……」


「セリューナさん……くっ、確かに私じゃセリューナさんのお姉ちゃん度には勝てないわ……この私がつい『さん付け』で呼んでしまうほどだもの!」


「あらあら。光栄ですわ~~」


「というか、お姉ちゃんガチ勢なら、妹じゃなくて姉が欲しいんじゃないのか?」


「ふん! 私のお姉ちゃんは一人だけよ。いくらセリューナさんがお姉ちゃんっぽいからって……まあ、どうしても呼んで欲しいなら、呼んであげてもいいけど!」


「なんで上から目線なんだよ」


 シルキスが呆れていると、セリューナが椅子から立ち上がった。そして慈愛に満ちた笑顔を浮かべながら、両腕を広げて穂乃香をその胸に迎え入れようとする。


「さあ、おいで、穂乃香ちゃん」


「急になに!? そんなことしたって、お姉ちゃんって言わないわよ!」


「残念……わたくし、穂乃香ちゃんのお姉ちゃんになりたかったのに……」


「くぅぅぅ……誘惑に屈したりしない……私のお姉ちゃんは一人だけ……セリューナさんはお姉ちゃんじゃない……でも! その胸には飛び込みたい!」


「いいですよ~~」


「わああああっ! セリューナさぁぁぁん!」


 穂乃香は絶叫しながらセリューナに抱きつく。

 大きな胸の間に、窒息しないかと心配になるほど顔を埋め、動かなくなった。

 その頭をセリューナが優しく撫でる。


「簡単に屈したな」


「疲れてるんですよ、穂乃香ちゃんは。よしよし」


「ガガ……シルキスも、こないだまで似たようなもの、だった」


「そうかぁ?」


「今も似たようなもの、かも、しれない、ピー」


「それは断じて違うだろ。あれを見ても別に羨ましくないし……」


 シルキスは語りながら声を小さくする。

 自分の発言に自信がなくなったのだ。

 正直、羨ましいかもしれない。むしろ妬ましい。

 セリューナに可愛がられるのは自分の特権ではないのか。なぜ他の女を抱きしめてやがる――そう考えてしまった。

 と、それを見透かすように、セリューナが横目でシルキスを見て、そして笑った。

 嫉妬させて楽しんでやがるのだ。

 シルキスは頬を膨らませ、目をそらした。


「ああ、堪能したわ。ここは可愛いシルキスがいて、セリューナさんのおっぱいがあって、幸せ一杯の店ね。また来るわ。じゃあね」


 穂乃香は笑顔で立ち去ろうとする。


「って、大事な用を忘れてたわ!」


「ポーション十本買う約束だ。思い出せて偉いじゃないか」


「それじゃなくて! 私、シルキスに仕事を持ってきたのよ。ナインズから直々の依頼よ。光栄に思いなさい!」


「仕事? なにはともあれ、先にポーション十本買え。そしたら話を聞いてやるし、光栄にも思ってやろう。あ、ちなみに現金払いのみな」


「意外とがめついのね……はい、お金」


「まいどあり」


「で、依頼なんだけど。明後日って一日中、暇かしら?」


「予定はないが……なんだ? 依頼という体裁で、遊びに誘ってるのか?」


「いや、ギルドの依頼で、真祖吸血鬼の工房を襲撃に行くんだけど」


「ガチの依頼じゃないか」


「ちなみに真祖の滅殺が最優先事項」


「あんな殺しにくい奴を殺さなきゃいかんのか。その仕事、ほかの奴も参加するのか?」


「いいえ、私一人だけ。さすがにちょっと面倒くさいから、暇そうなあんたを誘ってあげたわけ。どう? 光栄でしょ?」


「つまり自分一人では真祖を滅びきれそうにないから、私に助力を求めたわけだな」


「違うわよ! これでもナインズの一人。不死者に死を与える方法くらい知ってるわ。あんたと仲良くなりたいけど、しばらく遊んでる時間がなさそうだから、仕事を口実に一緒の時間を作ろうとしてるんじゃないの! そんなことも分からないなんて、やっぱりお子様ね! で、この仕事、受けるの!?」


「…………受ける」


「そう、よかった! 変な沈黙を挟まないでよ。断られるかもってドキドキちちゃったじゃないの。明後日の朝、ここに迎えに来るから、可愛い恰好しときなさい。あ、お弁当は私が用意するから! シルキスって好物ある?」


「……おにぎり……具はなんでも好きだ」


「そうなの! 子供らしくて可愛いわね! じゃあ色んなおにぎりを作ってくるから、楽しみにしてなさい!」


 ハイテンションでまくし立て、穂乃香は去って行った。


「今のって、デートの誘いか?」


「いえ。仕事の誘いのはずですよ」


「ああいうのもツンデレって言うのかな?」


「さあ……ツンデレデレデレという感じですね」


「明後日、なに着たらいいかな?」


「では今から可愛い服を買いに行きましょう」


「うーん……やっぱりデートな気がする」


「うふふ。シルキス様に友達ができて、わたくしは嬉しいですよ」

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