第15話 穂乃香の話 前編

 セリューナが経営する魔法道具屋は『セリュシル堂』という。

 言うまでもなく、セリューナとシルキスの名からきている。


 レジ打ちは主に店番ロボットのロボタがやり、セリューナは商品の配置やら在庫管理やらをしている。

 そしてシルキスも、ダンジョンに潜っていないときは、店を手伝うことにしている。


 とはいえ、そう頻繁に客が来る店でもない。

 だから店番しながらでも、ノートパソコンなどでオンライン授業を見ながら課題を進めることができた。

 その流れは、魔王の記憶が戻っても変わらない。


「ガ……ガ……シルキス、いつもより授業、熱心」


 ロボタがスピーカーから機械音声を鳴らす。


「うん。地球の歴史とか、興味深いからな。ネットで調べたほうが早いけど、授業の動画は分かりやすいから好きだ。さて、今日の分はこれで終わり、っと。ほかにやることないから、ロボタを磨くか」


「磨いてくれる? 嬉しい、嬉しい」


「大げさな奴。別にワックスがけとかするんじゃないぞ。たんに布で汚れを落とすだけだ」


「あ、そこ。もっと強く、磨いて……ガガガ……凄く気持ちいい」


「気持ちいいか。じゃあもっと磨いてやろう。それにしても……感触あるのか?」


「ない。でも、そう言えばシルキスが気持ちよく磨けるかと、思って」


「お前、古いくせに気が利くよなぁ。よし、これでピカピカだ」


「ガガ……ありがとう、ピー」


 そこにセリューナがやってきた。


「休憩して、お茶にしましょう。って、シルキス様、ロボタを綺麗にしてくれたんですね。ありがとうございます」


「暇だったからな。というわけで、今までも休憩みたいなものだったが、セリューナが煎れる紅茶は美味いから、ありがたく頂こう」


 二人は紅茶。一台は充電。

 おだやかな午後の時間だ。

 全く客が来ないのは困りものだが、たまにはそういう日があってもいいだろう。

 これでも忙しいときは忙しいのだ。


「ここがセリュシル堂? ふぅん、モダンで悪くないわね」


「いらっしゃいませ……なんだ、穂乃香か」


 入ってきたのは、数日前にギルドでボコボコにしてやったナインズの少女だった。


「なんだ、ってなによ! 客として扱いなさいよ。そしたら買い物してあげるわ」


「らっしゃーい。ご自由にご覧くださーい」


「雑! 本当に生意気ね。でも、そういうところも可愛いと思うわ」


「はあ」


「にしても。なぁに、そのヒラヒラの服。お子様って感じ。ああ、マジで可愛いじゃない!」


「……なあ。穂乃香って、私のこと嫌いなのか? 好きなのか?」


「はあ!? 好きに決まってるでしょ! ただ私より小さいのに強いのが悔しいだけよ! そんなことも分からないなんて、これだからお子様は」


「分かるか、そんなの。もっとわかりやすい言動をしてくれ」


「ふふん。照れ隠しよ」


「胸を張って言うことか。で、なにを買ってくれるんだ?」


「その程度の接客態度じゃポーション一本ね。けれど、今から私の話を聞いてくれたら十本買ってあげるわ」


「そんなに話したいことがあるなら聞いてやろう」


「ありがと。どうして私が、ゴローを殺したあんたに嫉妬したかって話よ」


 どうでもいい話が始まると思っていた。しかしそうではなさそうだ。シルキスは少し真剣に聞く姿勢をとる。


「私の家……日山家は、ダンジョン大発生よりずっと前から魔法師の家系だったわ。私には姉がいて、当然のように小さい頃から魔法を教わっていた。綺麗で優しくて強くて、私の憧れだったわ。ほかの多くの魔法師がそうするように、冒険者として登録して、お金を稼いで、そのお金を元手に魔法の研究をして、また冒険者として働いて……そうしているうちに、お姉ちゃんはダンジョンでゴローと遭遇してしまった。五年前の話ね」


「それは……大変な話だな」


「まあね。私も日山家の人間だから、魔法を教えられていた。けど、そんなに熱心じゃなかった。家はお姉ちゃんが継いでくれるから、自分は別の生き方をしようとか思ってたわ。でも、そんな考えは吹き飛んだ。私はゴローがお姉ちゃんにしたことを、やり返さなきゃいけない。全世界に配信しながら、惨たらしく殺してやらなきゃいけない。だから私は家にあった魔法書を片っ端から読んで、家宝の剣を使いこなせるよう修行して、あっという間にお父さんより強くなった。そして冒険者になって、戦って戦って戦って戦って戦って戦って、気がついたらナインズに選ばれてた。そこまでしても、ゴローを殺す機会が巡ってこなかった。冒険者ギルドはいつも後手。ゴローの配信が始まってから現地に向かっても手遅れ。私は頭を掻きむしるほど焦ったけど、見つからないものは見つからないの。でも、ゴローの動画が配信されるたびに思ったわ。奴はまだ生きている。生きているなら、私に殺すチャンスがある。私が殺すまで、ほかの誰かに殺されるな」


「なのに私が殺してしまった」


「そう。最初は破裂するんじゃないかってくらい、頭に血が上ったわ。私がやってきたことが全部無駄になった。ゴローを殺すために強くなったのに、その力を振り下ろす相手がいなくなった。でも、お姉ちゃんを思い出したの。きっとお姉ちゃんは、私を叱ってくれたと思う。もう犠牲者が増えないんだから、喜ぶべきことでしょ、って。それで私は、あんたを許せた。まあ許すもなにも、私が一方的にキレてただけなんだけど」


「私は知らないうちにキレられて許されてたのか」


「いいじゃない。私が葛藤してただけで、あんたの前で情緒不安定になったわけじゃないし。それでね、ゴローが死んで全部無駄になったとか思ったけど、頭を冷やすと、そうでもないって思い直したの。ゴロー以外の賞金首は結構捕まえたし、ダンジョンで死にかけた冒険者を助けたこともあるし、私が見つけた薬草で新薬が作られたりしたらしいし。私は十分強いし、頑張ってきたという自信が生まれた」


 穂乃香は一呼吸置いてから、話を続ける。


「それから改めてあんたの動画を見た。前に言ったように可愛いって思った。そして、やっぱり嫉妬した。今度はその強さに。私より小さいのに、私より強いかもしれない。どれだけ努力すればそうなれるのか……想像してみたけど分からなかった。実際に戦ってみたいと思った。だから、あんたに喧嘩を売って、返り討ちにあったというわけ。笑いたければ笑いなさい」


「笑ったりしないさ。挑戦する者を、どうして笑えようか」


「……ありがと」

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