無様な灰被り(上) 22

 僕は元来た道を引き返していた。


 恐らく傍目はためには悄然しょうぜんと。


 旗をかかげた集団に近づくにあたり、僕には心に決めていたことが一つだけあった。


「『僕を助けてくれていたけど追手が近づいた。だからあなたたちに保護させるため、えて傷を付けた』――で、良いのかな? ごめんね仕立て屋、あなたを悪者にはできない」


 仕立て屋の酷く寂し気な表情が、まだ僕の脳裏のうりにはちらついていた。


 程なくして、僕は兵隊のもとに辿り着いた。


 仕立て屋の言う通り、彼等は村で休息を取らなかったらしい。


 街道から少しだけ外れたところに馬を止め、休憩の準備を忙しそうに行っていた。


「ん、お前は……」


 最初に声をかけてきたのは、野盗達の死体の傍で見た兵士だった――らしい。


 僕の方はちゃんと顔を見ていなかったから、前に見た顔だとは認識できなかった。


「ああ、やっぱり。さっきの子供じゃないか。一体――怪我をしているな。ちょっと待ってろ」


 深刻な顔で言いながら、何かを取り出そうとする兵士。


 でもその時の僕にとっては、そんなことどうだって良かった。


 だから自分の要求だけを口にした。


「……黄金軍靴おうごんぐんかって人に会わせて」


 余程僕が切羽せっぱまって見えたのか。


 兵士はちょっとだけ躊躇ためらった後「わかった」と言って、僕を連れてオレンジ色の馬車の方へと歩き出した。


 でも兵士は歩きながら器用に、水筒の水をかけて、傷口を洗ってくれた。


 そのことのお礼を言うのは、ちょっと後になってしまったけど。


 酷く不愛想ぶあいそうな子どもに見えただろうと、我ながら思う。


「どうしたんですか? その子供」


 兵たちの集団に近づくと、一人の兵士がそう訊いてきた。


 服装は他の兵とほぼ同じ。


 だけど、一人だけ帽子の羽根が純白だった。


「さっき言ってた変な子ども」

「ああ、野盗の服を盗ってたっていう。結局どういった子だったんです?」


 落ち着いた様子で報告をうながす女性。


 彼女が黄金軍靴かと、僕は一瞬思ったけれど、


「まだ聞いてないから知らん。けど、隊長に会いたいっていうから連れて来た。この辺にいるだろう?」

「用件は?」

「それも知らない」


 兵士の答えに、女性は頭痛を我慢するような表情で「堂々と言うんじゃありませんよ」と言った。


 そうして少し屈むと、僕と目線を合わせ、


「お姉さんは『副長』です。勿論本名じゃないけど、皆からそう呼ばれてます。あなたのお名前は何て言うんですか?」

「不律」

「なるほど、フリッツですね」


 発音を訂正したい欲求に駆られたけれど、仕立て屋の忠告もあって、何となく躊躇ためらわれた。


「あなたみたいな子どもが、一人ぼっちで街道を歩くのは怖かったでしょう? 年は? 幾つですか?」

「ええと、十――いえ、それが混乱していて自分でもよく――」


 言っている途中で、やっぱり年齢を忘れた事にしようと思い、僕は訂正ていせいしかけた。


 けどその時、新たな声が割り込んできた。


「なにやら事情がありそうだな。私が直接訊こう。用があるのは私なんだろう?」


 言いながら、騎乗きじょうした女性が僕たちの方へとやって来ていた。


 馬車には乗っていなかったらしい。


「……あなたが、黄金軍靴?」


 特に目立つ服装では無かった。


 他の兵士と同じ地味な服に、羽根のついた帽子。


 副長のように、羽根の色が違うということもない。


 他の兵士と違うのは、腰にいた長いサーベルと、そしてあぶみに懸けた靴。


 その靴は確かに金色ではあった。


 けど、全体が黄金に輝いている訳ではなくて、黒い靴を、所々金色にいろどったものだった。


 地味だとは言えないけど、思っていたほど派手でもない。


 彼女は僕の問いかけに、少しだけ眉をひそめた。


「黄金軍靴……。辺境にも知ってる奴がいるのか。嫌になるな。……確かにそう呼ぶ奴もいるが、私はその呼び方を好まない。そんな称号にあたいするような人間じゃないからな」


 副長に比べると、酷くぶっきらぼうな言い方。


 決して粗野そやではない。


 だが、自分を飾ることが得意でないか、あるいは好きではないようだった。


「ちょっと、子供相手に大人げないですよ?」


 脇から副長が注意した。


 それを女性は無視して、


「だからこの部隊の連中も、私のことを『黄金軍靴』とは呼ばないんだ」

「……じゃあ何と呼べば?」


 僕がそう訊いた時、彼女はぎこちなく笑った。


 彼女なりに、子供相手なのを考慮していたんだろうと、今では思う。


「『灰被はいかぶり』。昔からの渾名あだなだ。君もそう呼ぶと良い。……それで、何か困りごとか? 内容次第じゃ助けてやる」


 言い終わった時、灰被りは既に笑みを消していた。


 けれど、「助けてやる」って言葉に、嘘はないように感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る