無様な灰被り(上) 21
きっぱりと言った割に、仕立て屋の表情はとても寂し気なものだった。
「……本当は君を連れて行くべきなのかもしれない。でも、やっぱり君自身が選択をするべきだと思う。たとえ君にとって、この国にいることが危険であったとしても」
「……危険、なの?」
「うーんと、君が自分のことをべらべら喋ったりしなければ大丈夫だよ。思い出せることでも『覚えてない。分からない』って言えばいい。忘れていた大事なことを思い出しても、それを絶対に人に話しては駄目だよ? 約束」
そうして仕立て屋は、少し
「それから、
「それってどういう――」
「勝手なことを言っているのは分かってる。でも頼む。約束してくれ」
仕立て屋は
「……わかった」
「うん、良い子だ」と、仕立て屋は僕の頭を撫でた。
「じゃあフリツ、元気でね。一緒にいたのは短い間だったけど、ちゃんとお別れをしよう。忘れているなら、私と同じようにして。……あなたがいつまでもいつまでも幸せでありますように」
指を組んで仕立て屋は唱える。僕は同じ様に、指を組んで唱えた。
「あなたがいつまでもいつまでも幸せでありますように。……ねえ、本当について行っちゃ駄目?」
「会ったばかりの男にそんな顔をさせるなんて、私の魅力も捨てたものじゃない。そうだな……もし君がちゃんと記憶を思い出して、その上で決心したなら……その時には、私に追いついて来ればいい。君の足で追いつけるのか、それは保証しないけどね」
そう言って、仕立て屋は僕に背を向けて駆け出した。
僕は最後に何かを叫ぼうとした。でも何を言えばいいのかよくわからなかった。
思わず口から出てきたのは、感謝の言葉なんかじゃなくて、「多分追い付く」なんて
叫びが聞こえたのか、仕立て屋は走りながら軽く手を挙げた。
その表情は僕からは見えなかった。
僕はそのまま、仕立て屋の姿が見えなくなるまでその場に
そういう訳で、僕は仕立て屋から、自分の過去に関することを訊くことができなかった。
仕立て屋が漏らした言葉の
そういったものから推測できることは、多分あったとは思う。
けど、僕は頭を働かせなかった。
仕立て屋の言う通り、あの時の僕は自分の過去を思い出すことを、無意識に拒んでいたのかもしれない。
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