無様な灰被り(上) 20

「うん……そう、だよね。あれがそんなにごろごろしてる訳じゃないから。……死んでなかったってことか。噂を信じるものじゃない」


 合点がいったように仕立て屋は呟いた。


 けれど、気づいたことを僕に告げることはせず、さらに自らの考えにひたる。


「じゃあ辺境にいたのは? あの時フリツの周りには……黄金軍靴おうごんぐんか? あいつが『アーティファクト』を? でもどうして……ああ、ひょっとしてフリツが言ってた死体?」

「……仕立て屋」


 一人で納得している仕立て屋。


 その様子を、僕はじれったく思って、


「僕について、心当たりがあるなら教えて欲しいんだけど?」


 そう言われて、僕を見た仕立て屋の顔は酷くけわしいものだった。尋ねた筈の僕自身がたじろぐぐらいに。


「……心配しないで良い。私の推測通りなら、君はいずれ、自分が誰だったのか自分で思い出す。尤も、それが幸福なことなのかどうか、私には分からないけど。……案外、実は君自身が心の深いところで、過去を思い出すことを拒んでいるのかもね」


 仕立て屋の言い様に僕は動揺する。だけど「自分自身について知りたい」という欲求は捨てきれなかった。


「……ヒントだけでも貰えない?」


 仕立て屋は冗談めかした笑みを少しだけ浮かべた。


「長い話になる。そしてそんなにしゃべってたら、私はあいつらに追いつかれてしまう」


 そう言って、仕立て屋は突然とつぜん明後日あさっての方へと顔を向けた。


 つられて、僕も視線をそちらの方へ。


 遠くの街道、そこを馬車と騎馬きばの群れが進むのが、小さく見えていた。


 彼等は幾本もの旗を掲げ、風になびかせていた。旗には鳥のエンブレム。


 僕は既に、それがついばんでいるのが眼球だと知っている。


「村でまともに休みもしなかったみたいだね。働き者だ」

悠長ゆうちょうに言ってないで、早く逃げた方が良いんじゃ?」


 そう言って、僕が道の先へと一歩踏み出そうとすると――、


「うん、逃げるよ。私は」


 僕の体から何かがはらりと落ちた。


 見ると、仕立て屋があつらえてくれた服の端が断ち切られて、その布が地面に落ちていた。


 先程と似たような光景。案のじょう、また仕立て屋の剣が、いつの間にか抜かれていた。


 しかし、今度はそれだけでなく――、


「……仕立て屋? 痛っ」


 僕が抜き身の剣に気づいたのと、体に痛みが走ったのとはほとんど同時だった。


 服と一緒に浅く切られていたらしい。僕の腹から、血がうっすらとにじみ出ていた。


「痛かった? ごめんね。でもこれで『変な格好をした女にさらわれて傷つけられた。助けて』ってあいつらに言える。君は問題なく保護されるだろう」

「それって……」


 返答を半ば予想しながら、僕が尋ねると、仕立て屋は深く頷いた。


「『ここでお別れ』ってことだね」

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