無様な灰被り(上) 18

 それは硝子がらすを通して見るような茫漠ぼうばくとした光景だった。


 視界にはテーブルについた二人の人物。


 その姿形すがたかたちは、まるで塗りつぶされでもしたかのようにはっきりせず、輪郭りんかく曖昧あいまいだった。


 まるで何者かが、フリツがその記憶に直面するのを禁じているかのように。


『子が成長するのは早いな。もう――年したら成人だ』


 男性らしき声がそう言った。


 視線はフリツの方へと向いているらしい。


 その眼差まなざしも、声と同じように優し気なものなのだろうと、フリツは思う。


『流石に気が早いですよ。まだ――年あるってことじゃないですか』


 女性の声が可笑おかしそうに言った。


その声に、男性は女性の方へと顔を向け、納得したように、またこちらに顔を向けたらしかった。


『そう……かもな。随分とこいつが知恵を付けているからつい』

『いえ、人より本をたくさん読んでいるというだけで、まだまだ子供ですよ』


 女性もこちらに視線を向けたようだった。


 上手く見えないにもかかわらず、自分をいつくしむような目つきだと、何故だかフリツは疑わなかった。


『そうかな?』

『ええ、そうですよ。そんなことより新年料理を食べましょう。この子も言わないだけでさっきから我慢してます』

「――――――」


 女性の言葉に、フリツは何か口答えしたらしかった。


 仕立て屋にしたように、怒りの感情を押し包んで、いて大人びた風をよそおいながら。


 そんなフリツの抗議に、女性は軽い口調で応じる。


 完全に子ども扱いだった。


「はいはい。そう言うことにしておきますよ。……そう言えば訊くのを忘れてましたね? 父さんと母さんが今日何歳になったか、答えられます?』


 そんな記憶を、フリツはしばしの間だけ思い出していた。


 その光景に懐かしさと、そして極めて不穏ふおんなものを感じながら。

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