無様な灰被り(上) 17

「でも、本当に銃を使われてたらどうしたの?」


 再び歩きはじめながら、僕は仕立て屋にそう訊いた。


 すると仕立て屋はこともなげに、


「ん? さっき言ってた通り。銃弾を全部叩き落としてた」

「無理だよ」


 呆れる僕に、仕立て屋は笑って、


「フリツは私の言葉が信じられないのかい?」

「実際に見たら信じるけど……」 

「はいはい。実証家じっしょうかさんでまことに結構」


 言いながら、仕立て屋は僕の頭をまたでた。


 それがちょっと状況にそぐわない気がして、僕は尋ねた。


「どうして頭を撫でるの?」

「え? ……ああ、なんか撫で易い位置に頭があるから。改めて訊くけど、君本当に十四歳? 記憶の混乱でそう思い込んでるだけなんじゃ……」


 なかば本気でそう思っているらしい仕立て屋。


 それに対して僕は、その時なし得る限りの反論を試みた。


「知識とか喋り方とかの点なら、僕が十四歳でも変じゃないでしょう?」

「そりゃあね。その点だけなら三十超えてたっておかしくないよ。老成ろうせいしすぎてる」


 仕立て屋は軽く肩をすくめ、けなしてるのか褒めてるのかよく解らない口調でそう言った。


「……まあ、記憶きおく云々うんぬんの方は、今の僕には完全には否定できないんだけどさ。でも朧気おぼろげながら覚えてる気がするんだよね」

「自分が十四歳だっていう?」


 仕立て屋の問いに僕は頷いて、


「うん。多分最近十四になったんだ」


 小さく「最近?」と呟いた仕立て屋は、その時違和感に気付いたんだと思う。


 けれど僕はそれに注意を向けないで、貧弱な過去の記憶を手繰たぐり寄せつつ続けた。


「うん。それで何人かの人に誕生日を祝って貰って――」

「ちょっと待って。『誕生日』? 生まれた日を祝う?」


 仕立て屋が何を不審がっているのかわからず、僕は戸惑う。


 すると、仕立て屋はしばらく考え込んでから、


「ねえフリツ。ちょっとした問題を出してもいい?」

「良い、けど……」


 僕が躊躇ためらいがちに答えると、仕立て屋は真剣な顔をしてこんなことを訊いてきた。


「年が変わる直前に生まれた赤ん坊、新年になったら何歳になる?」

「え? 零歳でしょう?」


 僕は特に深く考えもせずに答えた。


 けど直後に、別の可能性を思いつく。


「ひょっとして、二歳……だったりする?」

「一般的にはね。生まれたばかりの赤ん坊は一歳で、生まれたのが何時いつだろうと、新年に年を取る」


 仕立て屋がそう言った時、僕の頭の中によみがえる光景があった。

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