無様な灰被り(上) 16

「じゃあ結局何者なの? 『王様専属の仕立て屋だったから追われてる』なんて言わないよね?」

「いや、実は私の両親がそれなんだ。王様の仕立て屋。どうにか逃げて欲しくてね」

「両親……」


 その言葉に、僕は自分自身の両親のことを思い出そうとした。


 でもやっぱり、「両親」って単語と結びつく、どんな人間の顔も思い出すことが出来なかった。


 僕の様子がおかしいことに気付いたのか、仕立て屋は僕の両頬を手で押さえて、


「こら。人と話してる最中に考え込まない。心配なんて何の役にも立たないよ? 今は私とのお話に集中すること」

「……わかったよ」


 そう僕は答えた。


 が、その時思いもよらぬ出来事が起こり、僕らの会話は中断された。


 僕らの行く道の傍に深い森があった。


 闇をたたえた木々きぎが、その時不自然にざわめいた。


 かと思うと、森の中から人間が五人、素早く飛び出て来て、あっという間に僕らを取り囲んだ。


 尋常じんじょうの手合いじゃないことは直ぐに分かった。


 五人は皆、毛皮をフードのように頭からかぶり、顔を隠していた。


 一見すると、獣が二足歩行している様に見える。


 そして、彼等のそれぞれの手には、凶器が握られていた。


 木製の棍棒こんぼう、ナイフ、鉈、投石器とうせきき、斧。


 すぐに振るうことができるように、それらを油断なく構えていた。


「仕立て屋――」

「落ち着いて、フリツ。……おい、子供がいるんだぞ? あんまり怖がらせるなよ」


 仕立て屋が怖れる様子もなく、苛立いらだたし𠮟しかりつけると、五人のうち一人が、感情の無い静かな声で、


当節とうせつは貴族が子守りしながら辺境を歩くか。おかしな時代になったものだ」


「そっちこそ。当節は『森の民』が、縄張なわばりから出て街道にご出張なのかい?」


 仕立て屋がそう言うと、相手は一つ息を吐き、


「あちらこちらで街の者に切りひらかれているからな。野草に果実、魚や獣たち。森の恵みが失われている。……街の者、金目のものを置いていけ。その冠一つで良い。そうすれば危害は加えない」


 仕立て屋は冷淡に、


「同情はするけどそいつは聞けない。こっちにも事情がある」

「それは残念。ならば――手荒に行くとしよう」


 直後、その野盗は奇妙な言葉を発した。


 仕立て屋たちの言葉とは違う、僕には全く理解できない言語だった。


 そしてその言葉を合図に、武器を構えた野盗達は、一斉にこちらに向かってきた。


「フリツ。危ないから傍に」


 落ち着いた声でそう言って、仕立て屋は剣の柄に手を掛けた。


 その刹那せつな、仕立て屋は目にも止まらぬ速さで剣を抜き払った。


 そうしてそのまま神速の勢いで白刃を叩きつけ、先頭の野盗の棍棒を、一刀のもと断ち切った――んだと思う。


 正直に言えば、速すぎて僕には何が起こったか全く分からなかった。


 ――突然野盗の棍棒が折れて、先端が宙を舞ったかと思うと、いつの間にか仕立て屋の剣が抜かれていた。


 僕が見たままを記すとこんな風になる。


 野盗達が息をんで、仕立て屋に警戒の視線を注ぐ。


「……魔法使いか?」

「いや、ご覧の通りのただの仕立て屋」

「派手好きの貴族でなくてか?」


 そう言って、野盗は切られた棍棒を投げつけながら後退した。


 飛んでくる木片を、仕立て屋は造作ぞうさなく剣で払い落とす。


 野盗はまたも意味の分からない言葉を叫んだ。


 多分『そいつから離れろ』とでも言ったんだと思う。


 その言葉が終わる前に、野盗達は全員僕らから距離を取っていた。


 さらに、彼等は全員投石器を振り回し始める。


「フリツ離れないでね?」

「この状況じゃ『離れて』って言われても無理」


 僕があえぐように言うと、仕立て屋は「それは良きかな」と呟く。


 その直後、五つの投石器からつぶてが一斉に放たれた。


 僕は思わず身をすくませる。


 けれど僕らの近くまで迫ると、それらの礫は見えない壁に当たったかのように、ことごとはじかれてしまう。


「君等、毛皮の下に銃も持ってるな? 使って良いぞ」


 どうやら仕立て屋が剣を使い、凄まじい速さで打ち払ったらしいと、僕は気付いた。


 確かに魔法染まほうじみた光景ではあった。


 野盗達は石を投げるのを止めなかった。


 次々と礫が、勢いよく放たれていく。

 

 僕の目には、飛んでくるそれら全てを捉えることなんて出来なかった。


 でも仕立て屋の剣は、投石を正確に打ち落とし、一つ残らず地面に転がしていた。


「尤も銃を使っても、弾の無駄になっちゃうだろうけどね。あ、顔に注意しな」


 そう言った直後、一人の野盗の顔面に、礫がめり込んだ。


 仕立て屋が狙って弾き返したらしい。


 痛みにうめきながら、野盗は顔に手を当てた。


 その手の下から、おびただしい量の血がだらだらと流れる。


 どうやら鼻が潰れてしまったようだった。


「どうする? 距離を取るのも安全じゃないらしいけど。……でもいい加減面倒だな。まだ続けるようなら、君らの手首を切り落としてしまおうか? そっちの方が手っ取り早い」


 言いながら、仕立て屋は一歩足を踏み出す。


 ついでに僕も手で促されて、おずおずと前へ。


 野盗たちは何も答えなかった。


 でも、最早もはや戦意をなくしていることは明白だった。


 こちらに体を向けたまま、怪我をした野盗が最初に後退を始める。


 残る野盗達も、続いて背後へと退がる。


 言葉も目配せもないのに、統率とうそつの取れた動きで整然と。


 そしてたちまち、彼等は森の中へと搔き消えてしまった。


 まるで最初から誰もいなかったみたいに。


 仕立て屋はしばらくは剣を握ったままでいたけど、やがてそれをさやへと収めた。


 そうして傍にいた僕の方へと視線をやって、


「大丈夫かい? 怖かったろう? 『森の民が襲うのは、森に迷い込んだ旅人だけだ』って聞いてたんだけどね。これも時代の変化かな?」

「……混迷の世?」


 僕がそう言うと、仕立て屋は「また子供に似つかわしくない表現を……」なんて、ちょっと呆れていた。

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