無様な灰被り(上) 15

 道は確かに街道まで続いていた。


 案内を終えると、村人はそそくさと帰って行った。


 仕立て屋が気絶させた村人が気になるらしい。


 林から出る前に周囲を警戒したけれど、辺りにあの兵士たちの姿はなかった。


 それで僕と仕立て屋は、また街道に沿って歩き出した。


「……追われてるの? 仕立て屋」


 しばらく歩いたところで、僕はそう切り出した。


 どう質問しようか迷ったけど、結局はあけすけな物言いになってしまった。


 とはいえ、その言い方を仕立て屋は気にするでもなく、


おおむねそうだね。『追わせてる』ってところもあるけど」


 その言い方に気になる所はあった。けど、僕は続けて別の質問をした。


「……あの人たち、何か悪い人?」

「私が悪い人かもよ? あの村人にも『危険』って言われたし」


 にやにや笑いながら言う仕立て屋。


 邪悪な笑みを作りたかったんだろうけど、明らかに失敗していた。


「いくら危険人物でも、助けてくれた人を悪い人だと思いたくはないよ。珍妙ちんみょうな格好だけど……。ひょっとして、その服装で不敬罪?」


 僕の問いに仕立て屋は苦笑して、


「違う違う。いやまあ、確かに王国が存続してたら、この格好ははなはだしく問題だったとは思うけど」


 さらりと言われた言葉に、僕はちょっと戸惑とまどって、


「滅んだの? 王国」


 僕の言葉に、仕立て屋はどこか寂しそうな様子になって、


「ああ、そのことも忘れているんだね。うん、長く続いた王国が最近無くなった。

 悪い王様……だったのかな? 少なくとも、民草たみくさ沢山たくさん幸せにできる王様じゃなかった。愚か……だったんだろうね。だから反乱されちゃったんだ。で、今は『議会』ってところが王様の代わり。あの兵士たちも……」

「その、議会の?」

「うん、軍隊。それも精鋭せいえい中の精鋭。反乱の時、最も勇敢ゆうかんに戦った連中だ。リーダーはそのご褒美に、金色の靴を議会からさずかった」

奮発ふんぱつしたね」


 けれど仕立て屋はおかしそうに、


「いやいや。議会の連中は病的な地味好みで、とってもけちん坊だよ。気前の良さを美徳だと思っていない。

 ホントを言うとその靴、もともと王家の持ち物だったらしい。それをリーダーにくれてやって、議会は自分たちの金を節約した訳」


 議会のことを語る仕立て屋の言葉には、どこか嘲弄ちょうろうするような雰囲気が感じられた。


「貰った方も王家の宝なんかを手元には置いてたくはないかも知れない。けど、『黄金軍靴おうごんぐんか』なんて呼び名が広まっちゃったからね。もう手放せないだろうな」

「その黄金軍靴さんが、仕立て屋を追って来てるんだ?」

「うん。敵に回すとめっちゃ怖いって評判。傷だらけになっても戦い続ける不屈ふくつの勇士」


 冗談めかして仕立て屋は言うけど、そこまで余裕のある状況だとは、僕には思えなかった。


 だから僕は仕立て屋に尋ねた。


「じゃあ見つかりにくくするために、その服着替えたら?」

「でも見つかりやすくするために、この服着てるんだよ?」


 不可解ふかかいな返事に、僕はちょっと考えて、


「……仕立て屋って、実は誰かの影武者? 王子様とかの」


 僕の推測に、仕立て屋は声を立てて笑った。


「それで本物はこっそり逃亡中? 悪くない話だね。忠臣ちゅうしんとして人々に語り継がれる。……でも残念、王子様はとっくに、幼いながらも名誉の戦死をげられた。断頭台よりかは……いや、どっちもどっちか。この世とおさらばするには変わりない」


 そう言う仕立て屋は笑みを浮かべてはいたけれど、やっぱりどこか寂しそうだった。


 先程から仕立て屋が見せる屈託くったくに、僕は想像力をふくらませて、


「じゃあまさか、本当に王族の生き残り、とか? そしてこの辺境で再起をはかろうと――」

「残念、それも違う。王族は皆、確かに死んだ」


 仕立て屋は即座に否定した。不自然なほどきっぱりと。


 僕は何となく気まずいものを感じて、


「でもあの兵士たちに追われてるからには、少なくとも王様の味方ではあるんでしょう?」

「『味方だと思われてる人間』、かな? それで他にもそんな人がいて、その『王の味方』たちを逃がすために、私がおとりになってるんだ。君の『影武者』って推測も全くの的外れって訳じゃない。賢い賢い」


 何かをごまかすように、仕立て屋は僕の頭を撫でた。

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