無様な灰被り(上) 14

 村人がぎくりとした様子を見せた。


 けれど、仕立て屋はそれには頓着とんちゃくしない風で、


「ああ、ひざまずいた時に、すその端から見えたのか。でもフリツ、もっと経験を積まなきゃ。そうすれば服の上からでもある程度は分かるようになるよ。あれは多分……なた、かな?」


 仕立て屋はとっくに分かっていたらしい。


 村人は仕方なさそうに上着をはだけて、その下の刃物を見せた。


「一応言って置きますが単なる護身用です。ちょっと大ぶりかもしれませんが、これはこれで田舎暮らしには重宝ちょうほうします。ついでながら、こちらもご理解りかいたまわりたいのですが、『気が立っている村人』には私もふくまれます」


 そう言って、村人は木々の中へと一歩踏み出し、僕らに背を向けた。


「私が先に立って案内をいたします。それでよろしいですね?」


 返事も聞かずに、村人は歩き出した。


 特に異論もない様子で、仕立て屋は僕を連れて続いた。


 林の中を曲がりくねる、道とも言えぬ道。


 振り向いても村が見えなくなった頃、仕立て屋が歩きながら尋ねた。


「これはあんたの独断どくだん?」

「ええ、皆にはかるとあなた様を害しようという者が出てくるかもしれませんので」


 その返事に、仕立て屋は首を傾げた。


「田舎には時々いるらしいけど、君は熱烈な貴族信奉家か何かか? 別に私の身の危険を心配する義理はないだろう?」


 その問いに、村人はちょっとだけ躊躇ためらったけど、


率直そっちょくな言い方がお好きなようですので申し上げますが……私は別にあなた様の身を案じているのではありません。あなた様を害そうとする者の身を案じているんです」


 村人は今度は、上着の下のシャツをたくし上げた。


 脇腹に、肉をえぐり取られたような古傷。


「昔狼の群れに襲われたことがございます。さいわい九死に一生を得ましたが。その時の勘が告げています。あなたは間違いなく、あの狼どもより危険だ」


 そこで村人はちらりと僕の方を見て、


「先程はああ言いましたが、こんな状況でなければ、子供が喜んで同行すべき人物ではない、とは思っております」

「んー、そうかもね」


 村人の言葉を、仕立て屋は否定しなかった。


 僕は何となく弁護したい衝動に駆られて、


「いえ、でも仕立て屋は僕を助けてくれましたし、別にあなたが言うほど危険でも――」


 けれど、僕は最後まで言い切ることはできなかった。


「おう、どうしたんだこんな所で。何かあったのか?」


 道の向こうから、新たな村人が現れた。


 案内してきた村人の顔は、僕の方からは見えなかったけど、多分ぎょっとしていたと思う。


「お前こそ、こんな所で何を――」

「ああ、女房に畑仕事をやれって叩き出されたんだがいまいち乗り気じゃ無くてな。ここで隠れて昼寝を……そいつらは誰だ? 何かあったのか?」


 その時の仕立て屋の決断は早かった。


 腰に差していた剣をいつの間にか抜いていて、その切っ先を案内してきた村人の首に突きつけていた。


「静かにしろ。こいつの命がどうなっても良いのか? 全く、折角せっかく金になりそうな子どもをさらえたって言うのに」


 一応僕も巻き込まれた被害者にしてくれたらしい。


 それはともかく、相手の村人ははなはだしく狼狽ろうばいして、


「おい、落ち着け。何もしやしないさ。だからそいつを傷つけないでやってくれ。頼むよ。村の仲間ってだけじゃなくて、そいつの義理の母親は俺の兄貴の嫁さんの大叔父の息子の――」

「静かにしろと言っただろう?」


 その言葉が聞こえた時には、仕立て屋は素早く前に出ており、新たな村人はその場に崩れ落ちていた。


「……それと、その関係はほとんど他人だ」


 仕立て屋が言った時、今度は案内してきた村人が怒号どごうを発した。


「おい、いったい何を――」

「腹を打って気絶させただけ。命に別状はない。ま、二三日痛みは残るかもしれないけど」


 言いながら、仕立て屋は逆手に握った剣の、つかの部分を示して見せた。


 確かにその場にぐったりと横たわる村人は、血を流している風でもなく、呼吸が絶えている訳でもなさそうだった。


「……事情を話せばわかってくれる奴でしたよ」

「そうかい? それは悪いことをした。でも、やってしまったものはしょうがない」


 そう言って、仕立て屋は剣をさやへと収める。


 かちゃりという音が響いた時、村人は僕の方を向いてさとすように、


「……子供に優しかろうが何だろうが危険は危険だ。だからまあ、君も精々気を付けてくれ。無責任で悪いが」


 村人の言葉に、僕は頷くしかなかった。

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