無様な灰被り(上) 13

「どうかお静かに。無作法ぶさほうをお許しください。人目を忍んで参りました」


 仕立て屋は不審ふしんな来訪に驚くこともせず、「どうかしたのか?」と尋ねる。


「はい。私共は辺境の田舎者ですから、間違っているかも知れません。が、ひょっとしてあなた様は都の貴族様じゃないかと――」


 そう言った村人を、仕立て屋は面白いものを見る目で眺める。


 先程までの傲慢ごうまんな演技は消え、元の仕立て屋に戻っていた。


「どうしてそんなことを? 何かあったのかい?」


 村人は真剣な表情で答える。


「街道を兵隊たちがやって来ています。どう見ても最近噂になっている……とにかく、あれは貴方あなた様を追って来たのでしょう?」

「だったらどうする?」


 仕立て屋は尋ねた。


「返答によってはただでは済まない」。そんな剣呑けんのんさを、わずかにただよわせながら。


 けれど村人はあくまで従順じゅうじゅんさを崩さなかった。


「……村の外まで、見つからぬようお連れします。その、大事おおごとになるといけませんから」


 その言葉に、仕立て屋は揶揄からかうような口調で、


「素直に『厄介ごとなんて御免だ』って言って良いよ。気にしないから」


「そんなことは――」と言いかける村人。けれど仕立て屋はそれをさえぎって、


「それじゃあ連れて行ってくれるかい? 時間が惜しいだろう?」

「……かしこまりました」


 戸口を出ると、僕たちはいざなわれて小屋の裏手へ。


 建物の影に隠れながら、人目を避けるようにして歩いていった。


 そして、その村人が案内したのは村のふちのとある一角。


 そこには木々が生いしげり、辺りにかげを作っていた。


「こちらです。草の間に足跡があるのが分かりますか?」


 村人の言う通り、一見道なんてどこにもない林の地面には、僅かながら人が通ったような跡が見て取れた。


 仕立て屋にもわかったんだろう。村人の問いにうなずいて、


「ああ……でも『森』へと続く道だ、なんて言わないだろうね?」


 仕立て屋は意地の悪い口調で言った。


「森」。


 一般的な意味は分かっても、その言葉がどんなニュアンスを持っているのか、僕は正確には掴めなかった。


 けれど何か危険な領域を意味することは、村人の心外しんがいそうな反応で察せられた。


「御冗談を。我々は森の連中などと関係は有りません。これは村の所有する林で、ちゃんと街道へと通じています。曲がりくねっているうえに、坂道が多うございますが」


 仕立て屋も別段本気で言った訳でも無かったんだろう。


「そうか」とだけ言って納得を示す。


 そして、ずっと無言でついて来た僕の方を見た。


「それで、君は……どうするかな? このまま私と来るよりは、村に残して家族を探して貰った方が良い気もするけど……」


 僕が答える前に、村人が首を横に振って言った。


「おめになった方がよろしいかと。兵隊たちの出現で村人の気が立っています。我々が面倒ごとをしょい込むには時期が悪い。……たとえその子供が、あなたの従者の振りをしていただけの孤児であっても。田舎者の気質きしつをご理解ください」

「そう言われると辺境に不案内なこっちは反論しがたいけど……フリツ、君はどう思う? もう少し私と一緒にいるかい? 辺境歩きは危険がともなうけど」


 尋ねられて、僕は仕立て屋のそばへと寄った。


 というか、ほとんど仕立て屋を盾にするように、彼女の後ろに隠れた。


「出来れば連れて行って欲しい」

「即決だね? ひょっとして私を親だと認識した?」

「僕は雛鳥ひなどりじゃないよ」

「じゃあどうして?」


 その問いに僕は沈黙した。


 けど、見下ろしてくる仕立て屋は、僕の考えを察している様子で、しかも自信ありげに笑っていたから、渋々しぶしぶではあったけど言うことにした。


「仕立て屋のことをまだよく知らないし、危険はあるかもしれない。けど、その人よりは信用できて、危険でもないかなって。……その人、上着の下に武器を隠してる」

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