無様な灰被り(上) 12

 釈然しゃくぜんとしない様子の仕立て屋は、僕自身よりも状況の考察にのめり込んでいるみたいに見えた。


「案外、君が服を盗んだ死体が、君を攫っていた連中の成れの果てだったんじゃ? それで君に声を掛けた兵士みたいな奴が、そいつらをその場で処刑して吊るした。

 でも記憶が混乱している君は、状況が分からず逃げ出してしまった……裸の子供を一人で放置するかな? まずは保護だろう。死体を木に吊るすのを優先したりは……しないよね?」


 僕はもうそろそろ「いくら考えても分からない」ってあきらめ始めていたから、仕立て屋に別のことを尋ねた。


「野盗の死体をさらすって、この辺じゃ結構あるの?」

「野盗って言うか犯罪者全般だけど、王都の方じゃしょっちゅうだった。見物に行くのが好きな悪趣味な連中も多少はいた。ここいらの辺境でも変わらないんじゃないかな?

 巡回する兵士も少ないだろうし、『盗みなんてするなよ』とか『この辺は盗賊が出るから気を付けろ』ってメッセージにもなる、かも?」


 そう教えられて、僕は合点がてんがいった。


成程なるほど。だから態々わざわざ一度殺した人間を木に吊るしてたのか」


 そう言って、僕が死体の胸の傷のことを話すと、


「ああ。みんな胸に銃弾をぶち込まれて……なるほど、それなら十中八九じっちゅうはっくさらし者にされた犯罪者だろうね」


 仕立て屋がそう言った時、僕は死体に目が無かったことを考えながら、


「じゃああれも『犯罪者にふさわしい扱い』って奴だったのかな? 死んだ後で目を――」


 僕が独り言みたいにつぶやいた言葉。


 でも仕立て屋は「目?」と、意外なほどそれに反応した。


「ちょっと待って。その死体、目を傷つけられてたの?」

「傷つけられてたっていうか……多分、えぐられてた」

「それは両目とも? 全部の死体?」

「えっと……だったと、思う。でも、どうしてそんなことを訊くの?」


 けれど僕の問いに仕立て屋は答えず、「君に声をかけて来た兵士のこと、詳しく教えて貰える?」と、真剣な表情で訊いてきた。


 僕は少し気圧けおされながら、あの時見た光景を必死で思い出して、


「ええと、一瞬だったから、そんなに詳しくは覚えてないけど……服は黒っぽい灰色で、帽子には鳥の羽根が付いてた。

 あと、後ろの方からオレンジ色の馬車が幾つか来てて……旗もかかげてた。図柄ずがらは遠かったからよくわからないんだけど、多分鳥がくちばしに豆か何かをくわえてて――」

「豆じゃない」

「え?」


 断定的な口調に問い返すと、仕立て屋は重々しく言った。


「豆じゃなくて、それは眼球。眼球をついばむ鳥のエンブレム。あいつらは示威しい行為として、殺した獲物の眼を潰して晒す。『不義ふぎなるものの眼をえぐれ』ってのがスローガンだ。

 ……予想よりも早かったな。おまけに、噂の『パンプキン・チャリオット』まで持ち出して」


 仕立て屋の面持おももちは落ち着いたものだった。


 警戒したり、おびえたりする様子はない。


「来るべきものが来た」。そんな感じだったと思う。


 明らかに、仕立て屋とあの兵士たちとの間には因縁いんねんがあるらしかった。


 その時、納屋の外が急に騒然とし出した。


「……何かあったのかな?」


 僕は不安げに尋ねたけれど、仕立て屋はさも当然のことように、


「追いついてきたんだよ。眼球が好物の鳥たちが」


 外を村人が駆け回る気配。


「兵隊たちだ」

「『王殺し』だ」

「どうする?」

「残虐な連中らしいぞ」


「何をしに来たんだ?」

「都の通りは貴族の血で真っ赤だそうだ」

「食料と水か?」

「それだけで済めばいいが……」


「女と子供は隠せ!」

「武器はどうする?」

「馬鹿、下手に刺激するな」

「酒と肉でもてなしてやろう」


「逆らう奴は銃で穴だらけにするらしい」

「鶏を殺すか?」

「いや豚を」


「……どうやら正解みたいだ」


 そう言って、仕立て屋は壁にもたれるのを止めた。


「さて、じゃあ私は今の内にこっそり逃げようかな? フリツ、君は――」


 と、仕立て屋が何かを尋ねようとした時だった。


 納屋の戸が控えめにノックされた。


 僕は一応、仕立て屋の足元にひざまずいて演技の準備をした。


「入れ」


 仕立て屋が言うと、戸が音もなく小さく開き、その隙間から、一人の村人がするりと中へ入ってきた。

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