無様な灰被り(上) 10

「じゃあこの辺じゃ特に、有力者の子どもの誘拐なんかは無いんだな? 丁度こいつみたいな背格好せかっこうだと思うんだが」


 そう言って、服をう振りをしていた僕を指差す仕立て屋。


 彼女の問いに、村人は頷いて、


「はい。最近は野盗が多くて、危なくは有るんですが、それだけに物持ちの家では用心しているみてぇ――ようです。ここだけじゃなく、周囲の村も同様だと思います」

「そうか……じゃあ念のため、他の村人にも訊いて回ってくれ。その仕事が終わったら、酒屋で喉をたっぷりうるおせ」


 と言って、仕立て屋はぞんざいな仕草しぐさでコインを放り投げた。


 それなりの報酬だったらしく、村人はかしこまって返事をすると、喜び勇んで納屋なやから外へ出て行った。


 納屋は村人たちに交渉して借りたものだった。


 すぐ傍にはさっき持って来させたかめ


 その水を最前、僕らは二人で飲み、さらに仕立て屋は自身の水筒へと収めた。


 村人が出て行くと、仕立て屋は僕から布を受け取り、針とはさみを使った作業に戻った。


 恐ろしい勢いで手を動かしている。


 手持無沙汰てもちぶさたになった僕は、そんな仕立て屋に対して、


「……村の人たち、仕立て屋と僕のことを何だと思ったんだろう?」

「お忍びの貴族とその従者?」


 仕立て屋は作業を止めず、手元から視線を外すこともなくそう答えた。


「忍んでるようには見えないよ」と僕が指摘すると、仕立て屋はそれをあっさり肯定した。


「そうかもね。……けど何でもいい。『飛び切り上等の服を着た、只者ただものじゃなさそうな奴』って思われれば、向こうから何かして来ることもない。だからこそかねをばらいて、ちょっと偉そうに振る舞ってる訳だからね」

「ああ、なんか感じ悪かったのはそれが理由か」

「そういうこと。……よし、できた。これでどうかな? ちょっと着て見て」


 仕立て屋は豪奢な衣装以外にも服は持っていた。


 ただ遺憾いかんながら僕にはサイズが大きすぎたから、仕立て屋はそのサイズを調整してくれていたのだった。


「おかしなところはない?」

「大丈夫、ぴったり。流石『仕立て屋』さん」


 ちゃんとしたズボンとシャツに喜ぶ僕に、仕立て屋は「まあ見様見真似だけどね」とは言いつつ、幾分か得意げだった。


「さて、そうなると後は――」


 と仕立て屋がつぶやいた時、納屋の戸がノックされた。


 仕立て屋が入るよう、鷹揚おうよううながすと、先程とは別の村人が現れて、


「失礼いたします。あの、靴はこのようなものでよろしいでしょうか?」


 村人は子ども用らしい靴を差し出してきた。


 仕立て屋は直ぐに返事を与えず、自ら手に取ってめつすがめつしていたが、


「ん。まあ良いだろう。こんな村のものにしては上等だし丈夫そうだ。ほらフリツ、履いて見ろ」


 仕立て屋は村人の前なこともあって、尊大そんだいな様子で僕に言った。


 僕も出来る限り従者の役を演じることにして、


「承知しました。……はい、まるでわたくしの足のためにあつらえられたかのようでございます。ああ、仁愛じんあいの心に満ちあふれたたっときご主人様、私の感謝の念は、とても言葉に言い表せるものではありません」


 内心「ちょっとへりくだり過ぎか?」と思うような演技だったけれど、仕立て屋は迷うことなくそれに乗った。


「はは、それは良かった。もしお前の足がその靴に入らなければ。靴の方に合わせるために、お前は爪先つまさきかかとを切り落とされ、失わねばならぬ所だった」


 楽しそうに酷薄こくはくな笑みを浮かべる仕立て屋。


 元はと言えば僕から始めた演技なので、こちらも続けざるを得なかった。


「ああ、もしそうなったとしても、かの全能者の次に偉大なるご主人様の手で傷をつけられることは、私にとってなんという栄誉でありますことか! さりながら、このいやしい私如きがご主人様のお手をわずらわせてしまうとは、考えるだにおそれ多いことでございます」


 傍にいた村人は、僕らのやり取りに感情をあらわにすることなく、ひざまずいたままじっとしていた。


 そんな村人の方を、仕立て屋はじろりと見ると、


「よくやった。ほら、それを拾ってもう退がれ」


 仕立て屋はまたもコインを放り投げ、地面に落とした。


 村人はそれを拾い、感謝の言葉を述べて粛々しゅくしゅくと退出して行った。


「……フリツ、即興そっきょうの演技は上手かったけどやりすぎだ。ちょっと気持ち悪かった」

「……それはお互い様だと思う。一体どういう貴族を想定してるんだよ?」


 呆れた様な様子の仕立て屋に、僕は冷淡にそう返した。

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