無様な灰被り(上) 8

 気遣きづかわしに僕を覗きこんでいる顔。


 綺麗な顔だと思った。


 柔らかそうな白い肌に、宝石みたいにんだ碧眼へきがん


 金色の髪は滑らかで、日光を反射してまぶしく光っていた。


 そしてその髪の上には、冗談みたいに派手な冠。


「――――、――、―――――?」


 眠りから覚めた僕に、相手は穏やかに、何事かを問いかけてきた。


 けれど、僕にはその言葉が理解できなかった。


 先程の後悔にもかかわらず、咄嗟に、僕はまた逃げ出そうとした。


 が、僕が立ち上がろうとすると、足に痛みが走った。


 声を上げて、またその場にしゃがみ込む。


 そんな僕の頭を、見知らぬ相手は優しくでて、そうして落ち着いた声でゆっくりと言った。


 異国語のはずのその言葉。


 けれど相手が喋るのに耳を澄ましていると、奇妙なことに、その言葉の意味が理解できた。


「大丈夫、大丈夫だ。私は悪者じゃない。君を傷つけたたりなんかしない。足に怪我をしているね? 動かない方が良い。

 服の血は君のじゃ……なさそうだね。そんなぶかぶかな服一着だけなんて。誰かに襲われたのかい? かく大丈夫。お姉さんが助けてあげるから」


 よく見ると相手は冠以外にも、派手な衣装に身を包んでいた。


 赤いマントをまとって、腰には剣もいて、まるで王子様みたいなで立ち。


「『お姉さんが助けて――』」


 僕は相手が使っている言語で復唱した。


「うん、助けてあげるよ。だから安心しな」

「お姉さんと……自分自身を……称する……」

「うん?」


 言いたいことを表すのに適当だと思う単語を、僕は幾つかぎこちなく発音した。


 するとやはり奇妙な事に、僕はなめらかな発音と、正しいと確信できる文法で言葉をつむぐことができた。


「『お姉さん』とおっしゃる割には男物の格好なんですね? 仮装パーティーか何かの帰りでしょうか?」


 そう返した僕を、相手は意外そうに見つめて、


「『仮装パーティー』なんて言葉良く知ってるね? 王都の貴族たちしか知らないと思ってた。君、物知りなんだ?」

「……いえ、ふと口を突いて出てきただけで、それがどんなものなのかは、よく――」


 僕は「よく思い出せない」と言いたかったのだが、相手は「よく知らない」と取ったようだった。


 安心させるような笑顔を――多分意図的に――浮かべてこう言った。


「そっかそっか。じゃあ後で、都の貴族たちがどんな乱痴気らんちき騒ぎをしていたか教えてあげよう。でもまずはその傷をどうにかしないとね」


 そう言って彼女は、荷物から真っ白い布とはさみを取り出して、細長くき始めた。


「私のことは……そうだな、『仕立て屋』って呼んで」

「仕立て屋?」

「うん、そうだよ。それから君の言う通り、確かにこの格好は仮装みたいなもの。目立ちたがり屋なんだよ。それで君の名前は? 何て呼べばいい?」

「えっと……不律ふりつとお呼びください。苗字は水本みなもと、だったと思います。義経よしつねの姓と読みが同じで……『ヨシツネ』って誰だろう?」


 ぶつぶつとつぶやく僕に対して、仕立て屋は少し戸惑ってはいたようだったけど、


「よく解らないけど、郷士ごうしなんかが時々持ってる、古い家名みたいなものなのかな? 兎に角、君のことはフリッツって呼べばいいんだね?……ごめんねフリッツ、ちょっと染みるかも」


 そう言った後、仕立て屋は水筒を取り出し、中の水を僕の足にかけた。


 少しうめいたけど、僕は仕立て屋が傷を洗いやすいように、動かないでじっとしていた。


「うん、よく泣かずに我慢したね。偉いぞフリッツ」


 そう言って頭をさっきより乱暴に撫でてくる。


 でも仕立て屋の言い方に、僕はちょっとひっかかるもの覚えた。


「あのー、手当てをして下さっていることには本当に感謝しております。しかし恐れ入りますが――」

「そんなかしこまった言葉遣いはしなくて良いよ。本当の王子様って訳じゃないんだし。ちょっとおませさんな感じでかわいいとは思うけど。……この辺の有力者の家の子なのかな?」


 呑気のんきそうにつぶやく仕立て屋。


 そのお言葉に従って、僕も遠慮のない口調で接することにした。


「……じゃあ言うけど。ちょっと背が低いだけで、僕はそこまで幼くない。あんまり子ども扱いしないでくれると嬉しい。あと名前の発音がちょっと違う。不律」


 そう言う僕の表情を、仕立て屋は興味深そうに見ていた。


 けど、裂いた白布を僕の足に巻き始めながらこう言った。


「フリツ、ね。そっちは了解したけど……君、本当に子供じゃないの? 幾つ?」


 そう問われて、僕は少し動揺した。


「え? 幾つって、十……」

「十歳は十分子供だよ」

「違うって。えーと、十……四、の筈」

「筈?」


 僕の様子がおかしいことに気づいたんだろう。


 仕立て屋は不審ふしんそうな表情で僕を見た。


「……上手く思い出せないんだ。自分のことが。いつ生まれたのか、なんでここにいるのか。家族とか、友達とかのことも……全然。これからどこに帰ればいいのかも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る