無様な灰被り(上) 6

 死に物狂いで走るうちに、盗んだ靴は直ぐに脱げた。


 けれど走る勢いを落とさなかったから、僕の足はいつしか傷だらけになっていた。


 だから一旦足を止めて落ち着くと、遅れてやってきた痛みに、もう一歩も歩くことができなかった。


 僕は荒い息をきながら、その場にへたり込んだ。


「……どうして逃げちゃったんだろう? 助けてくれたかもしれないのに」


 男の口調を思い出しつつ、僕はそう独りちた。


 そして、今自分が着ている服を見て、


「……まあ、泥棒してるところも見られたしね。やっぱり盗みはよくない」


 自嘲じちょう気味に言ったのは良いけれど、これからどうするべきか、僕には全く見当がつかなかった。


 不図ふと、自分でも知らぬ間に、涙が頬を流れていることに気付いた。


 僕は自分の顔を指でぬぐって、そこについた水滴を、確認するみたいに見つめた。


「……寂しくて、不安? だろうね」


 まるで他人事ひとごとみたいに呟いて、僕はその場にうずくまっていた。


 考えなければいけないことは山ほどあった筈だけれど、それを考えるのも億劫おっくうだった。


 僕はそのまま、いつの間にか眠ってしまったらしい。


 夢を見ていたような気がするけど、その内容は覚えていない。


 酷く気が滅入るような夢で、多分たぶんうなされていた。


「―――、―――、――――――?」


 僕を現実に引き戻したのは、頬を軽く叩く感触と、発せられる声だった。


 さっきの男じゃなくて、若い女の声。


 夢から覚め、まぶたを開いた僕の目の前には、奇妙な格好の女がいた。


 それが「仕立て屋」との出会いだった。

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