無様な灰被り(上) 3

 混乱が激しかったから、その次の行動までに、僕がどうしていたかを書くことは難しい。


 混乱しつつもぐに次の行動に移った気もする。


 でもしばらくの間、その場でぼうっとしていた気もする。


「大丈夫。落ち着け。一時的に頭が混乱してるだけだ」


 ひとまずそれが、その時の僕が出した――と言って悪ければ、信じようとした結論だった。


 悩むのを一旦止めて、僕は改めて周囲を観察した。


 持ち物も記憶もないこの状況。


 心細くて、もう人目がどうこうなんて言っていられなかった。


 誰かの助けが欲しくて、視線を彷徨さまよわせる。


 先述の通り、僕がいたのは街道近くの荒野で、その街道はそこそこの広さを有していた。


 だけど、やはり僕の目に通行人の姿は見えない。


 もっとも、それは見通しの悪さも一因いちいんだった。


 落ち着いて見てみると、僕の周囲には樹木や岩、絶壁なんかもあって、実は隠れられそうな所は山ほどあったらしい。


 人影を求めて、僕は恐る恐る立ち上がって、そろそろと歩き出した。


 けれど、その歩みは直ぐに止まった。


 幾歩いくほもせぬうちに、僕の視界の端には、不意に人影の様なものが現れた。


 思わずまた茂みに身を隠し、頭だけを出す。


 僕の視線の先には太い枝を伸ばした大木、そして、その下にはまごうこと無き人影。


 こちらに背を向けていて僕には気づいていない。


 心持ち足早に、僕はそちらに歩いていった――のは良いけど、違和感を覚えてすぐに立ち止まった。


 そして違和感の原因を理解した瞬間、僕の体に怖気おぞけが走った。


 僕が見たのは確かに人間だった。


 但し、明らかにもう生きてはいなかった。


 首に掛けた縄で、枝から体を吊るされていた。


 足も地に付いていなくて、空中に力なく、だらりとぶら下がっている。


 しかも、ぶら下がった死体は一つじゃなかった。


 見れば他の枝からも、縄が幾つも垂らされ、その先には例外なく人間の首、首、首。


 彼等は同じように吊り下がり、風のせいか、時折小さく揺れていた。


 場違いにも、ある種の呑気のんきささえただよわせながら。


 顔は見えなかった。


 それらの死体は全て、僕とは反対方向、街道の方へと向けられていたから。


 しばら茫然ぼうぜんとしていた僕は、やがて再び歩き出した。


 死体の方へ。


 何故だろう? 


「異常な状況をよく観察して、危険に備えたい」? そこまでは考えていなかったと思う。


 ひょっとしたら余りに現実離れした光景に、一時的に危機感が無くなっていたのかもしれない。こっちの方があり得そうだ。


 木のそばに来て気づいた。


 死体の足から赤黒い液体が垂れて、その下の地面を汚している。


 大量の血。死体の薄汚れた衣服にも、赤黒い跡がはっきりと認められた。


「殺してから吊るした。……か、吊るして傷つけた?」


 つぶやいた後、僕は少し躊躇ちゅうちょして、死体の前へと回り込もうと、街道に足を踏み入れた。


 踏みしめる路面は凸凹でこぼこしていた。


 たくさんの足跡に、馬らしいひづめの跡。さらにはわだちの跡もあった。


 そして再び死体に目をった時、僕は思わず声を漏らした。

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