第24話 奇妙

大講堂には授業を終えた生徒たちが入ってきて、友との談笑で溢れていた。楽しげな雰囲気も相まって、マナは好意的にこちらと話してくれた。

「ミナミさんは何学部なの? 私は見かけたことなかったけど」

イザナミは無邪気で屈託のない笑顔の彼女に答える。

「こいつと同じ、法学部よ。私、編入生だからまだこの大学のことがよく分かんないの」

「そうなの?」

マナは目を円くする。俺も女子の会話を目の前にして、初対面でこんなに訳もなく楽しそうに話すものなのかと、自分は少し恥ずかしさを覚えた。

「ユウくんは確か、何かの講義で一緒になったきっかけで話したことがあった気がする!」

「え?」

俺は記憶を探る。講義といえば、一学期はろくに取ってなかった気がするが、その中で誰がと一緒に話す機会があり、ましてや女子と話した講義なんで……。

しかし俺は1つ思い出した。

「ああ……体育か」

イザナミは驚いたのか、大袈裟に俺の顔を覗く。

「え、大学にも体育ってあるの!?」

俺は少し後ずさりする。

「あ、あるよ」

それを聞くとイザナミは肩を落として、後悔をにじませた顔を浮かべる。

「あ~あ、私も体育参加したかったな! 体育って青春でしょ」

マナはそれを見てクスクス笑う。俺も呆れてしまった。

「別に青春でもないぞ」

「そんなわけないじゃん!」

そんなやり取りをしていると、マナは眩しそうな瞳でこちらを見た。

「二人って仲が良いのね! とてもお似合いだと思うよ!」

俺は待てと思った。さっきあんなに否定したのに。しかしイザナミは何故かニヤニヤしながら受け答える。

「でしょ~、こいつけっこうムッツリなんだよね」

「は!? お、お前……!」

俺はイザナミにけしかけた。それを見てイザナミは腹を抱えて笑う。俺は赤面していたのだろうか。マナもつられて吹き出し笑う。

「……何がそんなに面白いんだよ」






4限の授業まで受け終わると、日も傾いて外は寒くなっていた。講堂の棟を出ると周りも正門に向かって歩く生徒があちこちに見られた。友と放課後の時間を思い思いに過ごし、談笑したりふざけあったり、この時間帯は皆陽気にはつらつとして見える。そして俺の隣にはイザナミと、もう一人マナがいた。マナはイザナミに親しみを覚え、イザナミはマナを気に入ったらしい。俺はその距離を縮める様子に、異性に対しての不思議さを覚えた。

「へえ、じゃあミナミちゃんって東京の人じゃないんだ」

「そうだよ、こう見えても関西人なんだよ」

マナは何にでも新鮮な反応を見せてくれるから、とても良い子なのだろうと感じる。

「でも、全然関西弁じゃないじゃん」

出任せを言うから、言わんこっちゃないと思う。しかし、イザナミは意気揚々と口から新しい情報を垂れ流す。

「そうだね! っていうのも、実は上京はしばらく前にしてたから、もう慣れちゃった」

「別に関西弁でもいいのに!」

彼女たちに笑い声が生まれる。何も反応しない俺は、つまらないやつだと思われているだろうか。

「ねえ、優くんはミナミちゃんといつから知り合いなの」

いきなりの質問に俺はびくっとする。嘘をつくのは、分かるかもとは思うが人一倍苦手だ。まあ、つい一ヶ月前に知り合ったと言っても「へえ、意外! いつも一緒にいるからもっと前からかと思ったよ」と言われるだけだろうが。しかし、答えようとしたところにイザナミが割り込む。

「ふふ! こう見えても幼なじみなんだよ」

おい……。さらに話を合わせるのが面倒になるじゃないか。

「え~~! めっちゃロマンチックじゃん! 幼なじみで同じ大学って……ちょっと、上手く言えないけど、気にせずにはいられないよね!」

マナは高らかな声で感嘆し、眩しい目を俺に向けた。

「……い、いや、別に付き合っ」

「そうでしょ! 困っちゃうよね~!」

また言葉を遮られた。これだから会話にはいれないと言うのに。あと、困っちゃうって何に困るんだ。俺は少女たちの会話からはじきだされ、再び蚊帳の外だ。自分の進行方向に向き直る。生徒たちの群れが前に続く。夕暮れが空を染め、影法師を地面に写しだしていた。





ふと前に目をやると、幾人の生徒たちが上空を見上げていた。その生徒たちは立ち止まり、後ろの生徒たちへ行動は伝染する。空を見上げる生徒の数が増え始め、やがて俺の前を歩いていた。男子二人も上空を見上げていた。

前の男子の一人が「何だあれ? UFOか」と呟く。そして立ち止まる。前が詰まり、俺もふと空を見上げた。隣の二人も上空を見上げる。

夕暮れの空と淡い雲の隙間に、見えにくいが、黒い点が浮かんでいた。黒い点は相当高い高度にいるようで、詳細な形は見えない。時間を置くと、ゆっくりと進んでいるのが分かった。

「え!? 何あれ」

マナが高い声を上げる。イザナミも訝しげに物体を眺め、目を細めている。不可解な現象には、その場に居合わせた人間同士に伝播して結局全員が数秒間見入ってしまう心理は分かると思う。その現象に立ち会わせてしまった。黒い物体はだんだん小さくなっていく。

そのとき、隣のイザナミは非常に小さく何かを呟いた。俺にも聞こえるとは思っていなかっただろう。

「………………馬」

俺はイザナミの横顔を見る。彼女は細めた目で物体を追いかけていた。

「どうした」

俺はイザナミ に尋ねる。それに驚いて彼女は丸い目を俺に向けた。

「……いや、何でもない」

イザナミは正面に向き直る。俺もまた黒い点を探したがその姿はどこにもなかった。イザナミも目線を落としたが、何か考えているのか黙りしている。俺は気になるが、構わないことにした。立ち止まる集団たちもお互いで騒ぎ始めて、上空を見上げているものは誰もいなかった。もう先へ歩きだしている人々もいた。

「ねえ、今の見た! ゆ、UFOかな!」

マナが無邪気に興奮する。イザナミもくすりと笑い、受け答えている。その様子に俺は少し怪しさを覚えた。俺たちも進行方向へ歩き出す。

「でもあれ、飛行機じゃないよね」

「いや、UFOしかないんじゃない!」

イザナミはおどけてそう言う。マナは笑い、イザナミは冗談じみたことを言ってマナの反応を煽っている。

俺はたいして先ほどの現象に思うことはなかったが、珍しいこともあるのだなと思った。自分としては陰謀論や都市伝説への関心はそこそこというか、ほとんどなかったので、この現象をもてはやす気持ちは分からない。だいたい、2、3日も経てば今騒ぎ立てる人々も今日のことを忘れてしまうのに。人々はだらだらと前へ進んでいく。正門の横を通りすぎる。相変わらず、マナは先ほどの未確認飛行体の話を熱心に深堀しておりイザナミも面白そうに付き合っている。俺は道の先を見通した。







ただ、1つ、奇妙なことがあって、左の正門の横で一人の男子が俺のことを見つめているのが見えた。俺はそいつを見返しはしなかったが、気のせいではないかと疑う以前に何らかの危険を感じてしまった。この事についていつ誰に相談するべきだろうか。





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