第21話 土蜘蛛

怪物の襲来があったあの日については誰も覚えていない。人々は何事もなかったかのように穏やかな日常を過ごしている。年末に差しかかって、繁華街は人の波が往来している。新たな年を迎えるため、商戦は賑わっており、人々は家族や友人との時間を楽しんでいた。

しかし、はいつ何時も存在している。世界の覇権を握る、などと簡単に言ったものだとも思える。すでに事情は複雑に絡み合い、常人では視認できない裏の世界観が存在しているとすれば、経済や政治、国家はナンセンスだと感じる。

神の書は、所詮、手段に過ぎない。しかし神の書とは、莫大の富がなくとも、何千年と築かれた叡智がなくとも、世界を覆す一手となりうる力がある。その本の所在自体で、軍事が動く代物だ。もちろん、たちも大きく注意を払っている存在だ。それなのに、神の書を扱っているのは現世のごく一部の組織に限られているのは何かの間違いないようにしか思えない。皮肉にも神の書の保持者は人間に多い、いやほとんどが人間だ。




そんな神の書のいわくがついた組織に首を突っ込んだのは、幸か不幸か。俺には分からない。




ここは23区内のとある路地裏。狭い通路内にはには一般人は見えないものの、少し向こうには雑踏を人が行き交う様子が見て取れる。

そんなこの場所で、俺は背中に銃を突きつけられた。

「おい、お前。どういうつもりだ」

俺は両手を上げる、一応。背中越しには敵の姿は見えない。しかし、どこか生身の人間から発せられた声ではないような気持ち悪さがある。

「どういうつもりって、何が?」

「これだよ」

俺の目の前に何かが投げ飛ばされた。見るとそれは、俺が偵察用に送り込んだアシダカグモだった。

「この蜘蛛から人為の介入を感知した。こいつを操ってこちらを観察していたようだな」

背中の向こうの気配はとても残忍そうだった。銃口が俺の背中に押し当てられる。

「どこまで見た?」

「見たって何を?」

多分敵は幻影使いで、周りから自分の姿を見えなくしている。そして俺が逃げないように三重の結界を張り、殺しの手段も拳銃だけではないはずだ。敵はもともと取引をするつもりなどないらしい。しかし、俺が情報を他に漏らしたことは警戒していると思う。

「……そうだね、全部かな」

「そんなことを聞いてるんじゃない」

こいつやグルの連中は、あの怪物が暴れまわってるときに裏でコソコソと何かやっていた。俺はアシダカグモの目を介して、その一部始終を見ていたわけだ。

「で、誰に呪いをかけてたわけ?」

「知ってるだろうに」

こいつらは三鷹市の地上から上空までを囲うように結界を張ると同時に、呪詛を仕掛けていた。無論、狙いはイザナミと優だろう。

あのレヴイアタンが単独でやったことなら事態は少し手が込みすぎていた、渋谷でのこともそうだ。

「生きている人間があの日のことを知っているはずがない。加えてトモヤの能力は多少の霊感があっても観測したり干渉はできないはずだ」

「………」

銃口はより強く俺の背に押し当てられる。

「悪魔と契約したあの世の罪人に、でかい態度とられたくねえんだが」

拳銃が火を吹く。俺は瞬時にそいつの手を掴んで捻りあげると、弾丸は明後日の方向に飛んでいった。

「お前に何が分かる!」

透過しているはずのそいつの見た目だが、術のかかりが弱いからか、憎たらしい顔をした男の顔が浮かんでいた。

「……分からんよ。来世の明るい生涯を捨ててまでこの世に執着するお前らのことはな」

そいつは歯を剥き出しにする。血で濡れた鋭利な銀色の八重歯が見える。そいつは俺に飛びかかった。

いなしてかわすと、押さえたそいつの腕がすり抜けた。そいつは再び拳銃を俺に向けると笑みを浮かべた。

「……終わりだ」

「先走るなよ」

トリガーが押し込まれる。俺は右手を下に引き寄せた。ここに来る前より張り巡らせていた網の糸が俺の右手に吸い寄せられる。金色の弾丸がゆっくりと現れる。俺は糸のうち真っ直ぐ伸びる1本を手繰り寄せ、力をこめる。

引きちぎらんばかりの力を加え、後ろに振りかぶるように糸を直行させた。その糸はピアノ線のように硬化し、俺と対象の間の空間に一本斜めに走る線条を描いた。

「………は?」

そいつが自分のおかれている状況に感づく前に、そいつの首は静かに上空へ飛んでいった。血飛沫が上がる。胴体の亡骸は膝をついて倒れた。

「……分からねえよ、悪魔に魂を売るお前らなんか」

俺は自分の腹に手を突っ込む。俺の腹には亜空間が埋め込まれていて、そこでさっきのアシダカグモのような大小様々な蜘蛛を飼っている。

「こいつの死体を片付けてくれ」

俺が手で亜空間の口を広げて、そこから一匹のルブロンオオツチグモと何種かの小さなイエグモを呼び出す。俺の腹から這い出した彼らは死体に群がると、ルブロンオオツチグモは胴体の服を引きちぎるとその肉を補食した。イエグモたちもその胴体や首に群がり、垂れた血液まで吸い取ってくれる。

悪魔と契約を交わしたそいつは、生前の身体を取り戻す代わりに、神の書をその悪魔のために手に入れようともがく奴隷にされてしまった。この世に何の理由があって残ろうとするのか、俺には分からないが。

今の複素八咫烏には、汚れ仕事をすることができる人間がいない。ひきかえ、俺は殺し屋みたいなことをしていたことがある。俺にうってつけのポストってわけだ。

「……アテルイが遅れていたら、けっこうやばかったのかもな」

あいつはイザナミと優に呪詛をかけていたと言っていた。それも一人じゃない、俺が葬った奴も何人かいるが、逃げ仰せた奴らもいる。それにあの日、現場上空を結界で囲っていたのも気にかかる。

あの坊主は大丈夫なのか? ポックリ死んじゃうんじゃないのか? トモヤがあいつを放任して勝手に行動させていることに疑念しか生まれないが、あいつのことだから俺は様子見の姿勢を貫く。

気づくと、クモたちは男の死骸を爪の先まで跡形もなく平らげていた。俺が服をたくしあげると、クモたちは俺の腹の穴へと還っていく。

俺は周りに囲った透過の結界を解くと、雑踏に向けて歩き出す。向こうに見える人々はただ平和な日常の中を生きていた。

「……イヤな仕事だな」



◆◆◆


いつも作品を読んでくださってありがとうございます!

1週間程投稿を休ませてもらいましたが、ぼちぼち再開していこうと思います。

自分は今、大学生なのですが、やりたいことがたくさんあって、投稿を休みがちになったり、フォローしてくださってる皆さんの作品をあまり読めないかもしれませんが、申し訳ないです。

いつも皆さんのコメントやいいねが励みになっており、作品を書く原動力となっています

どうか長い目で見守ってください!

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