第15話 厄災
一限の民法の講義を受ける。彼女は俺の席の隣で肘をついて寝ぼけ
「………この授業いつ終わるの」
彼女が小声で尋ねる。
「……あと、1時間」
「…………嘘でしょ」
彼女はため息をつく。神にとっては人間の長話など聞くに堪えないのかもしれない。当の人間側もさほど面白くないと思っているのだが。
「……何のためにこんな話を聞くのよ、悪いやつはあの世でも悪いことをしているのよ。何を話し合いで解決しようとしてるの」
「これは生きている人間の話だろ」
彼女が言うに、この世に対してあの世があるらしい。そして死後の世界と神が関係しているという。
「イザナミには体があるけど、あの世というか人間の死後の世界から君が来たなら、どうして幽霊みたいに体が透けていたり宙に浮いていたりしないの」
「決まってるじゃない、神だからよ」
神なら死であろうと魔法であろうと何でもありなのか。俺は神とは人間の信仰の都合で生み出された架空の存在だと思っていたが、架空であること以外はそのままであとは冗談のような存在であると知った。
「授業早く終わらないかな」
「講義って言ってくれよ。高校生はなったことがあるんだな」
彼女は机に突っ伏して寝たふりをした。
一緒に学食を食べる。今日は二人でラーメンを食べた。彼女がラーメンをすする姿を眺める。
「……普通にラーメン食べてるけど、ラーメンなんて食べたことあるの?」
「もちろん、少し前は毎日食べてたよ。最近はお湯をかけるだけで出来て便利ね」
神様が毎日カップラーメンとか、彼女は健康に至っても無頓着なのだなと思った。
「ねえねえ、私を家系のラーメン屋さんに連れていってよ。先生にいくら言っても取り合ってもらえないの」
「勝手に一人で行けばいいだろ……」
「あんなところ一人じゃ行けないわ。私が見てきたどの世界にも、人間がこうべを垂れて料理を貪り食っている文化はなかったもの」
神にも羞恥心があるあたり、神も人間のような価値観があるのだなと思った。神が人間をつくったのだからそうなるよなと思った。
「これで今日の大学生活は終わりなの? もう帰ってもいいの?」
「あと二時限あるけど」
彼女は俺を睨んだ。なら編入しない方が良かったんじゃないか。
帰りも同様に、在来線に揺られて席のクッションにもたれかかる。イザナミは俺の左で肩にもたれかかって眠っている。彼女は学業に勤しんだことはあったのだろうか。神とは何でも知っている、何でもできる、完璧であるというような神話上のある意味ご都合主義なイメージは彼女が払拭してくれた。だからこそ俺は少し宗教とは違った心の拠り所を少し彼女に見いだしている。
「……あ、寝ちゃってた?」
彼女は目を擦って俺の方を見る。
「まだ家につかないの? 君も変なところに住んでるんだね」
「あと、二駅だよ」
彼女は俺の肩に頭をもたれたまま、笑顔を浮かべる。
「おかしいね、昔馬車に揺られてたのを思い出す」
「平安時代には貴族に化けてたのかよ」
彼女は再び目をつむる。外はもう暗く、おまけに雲が空を覆っていた。これは帰り道、雨に降られるかもしれない。
だが、雨に降られるより最悪なことが起こった。突然、車内に放送が流れる。
「やあやあ、久しぶりだねユウくん! ………おやおやおや! なーにイザナミちゃんと仲良くしちゃってんのさ!! や~れやれ、君も罪な男だねーーーー、それに何だよ! 満更でもない表情してるくせに、デレデレデレデレしちゃってサー!!!!」
俺は最初、その声の主が何者か分からなかった。俺に向けられたものだとも分からなかった。ただ体の奥から戦慄を感じる。イザナミはすでに俺の前で立ち上がっていた。
「………何をする気よ、あんた」
イザナミは鋭い声でその声の主に応える。他の乗客も混乱し、子供は鳴き声をあげていた。
「決まってるだろ、この前の続き!! この堕落した東京を創り変えるんだ」
突如、車外で雨が降りだす。そして俺のショルダーバッグにしまわれた例の本が震えだした。
「クリスマスに渋谷、じゃあ今日はどこかな?」
「………あんた、どんだけ頭がおかしくなれば気が済むの」
行き先を表示するモニターに一人のスーツ姿の男が映る。その姿は誰が見ても、実際の人間だとは思えなかった。男は目を細めてほくそ笑む。
乗客たちが窓の外を見て叫び声を上げた。イザナミもそちらを見る。
「……………何よ、あれ?」
雨に打たれる車窓から微かに、市街地の上空からビルの間に佇む影がある。靄に包まれていてその影が何なのかはっきりと見えない。しかしその影の上部に、中に黒い点を持つ白い目玉のようなものが微かにちらついた。
「さあ、災厄の幕開けだ。神は世界を7日で世界を創ったと言うが、壊す際はどれほどかかるかな」
そして靄の隙間から覗いたのは、巨大な顔面であった。そいつは口を開いて平たい歯を剥き出しにする。
「……ダイダラボッチ?」
イザナミは呟いた。次の瞬間大きな地鳴りがした。電車は甲高いブレーキ音を上げて緊急停止する。俺はその勢いに耐えられず、座席の横のパイプに激突した。
「楽しみにしているよ、神書の持ち主くん」
俺はその震えている本を開く。殴り書きされたような雑な文字が書かれていた。
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