第12話 兄妹
俺の大学は、都内某所にある大学でその名前は広く知られていると思う。学生時代はあまり遊びもせず、あてもなく勉強していた。俺は両親がおらず農業を営む祖父母に育てられたが、経済面は決して良いとは言えないものであった。この状況を脱したい一心で勉強をした。というのも奨学金目当てで良い成績を収めて、大学なんてどこでも良いと思えていた。
俺は今までどんな人生を過ごしていたかというと、両親がいなかったから高校に通いながらもバイトをしていたし、遊ぶこともほとんどなかった。だから、覚えているかぎり思い出というものはない。大学2年の後半になって、俺は早くも自分の残された大学生活を思いやっていた。適当な道を選べば、適当に人生を終えてしまうような、そんな気がする。俺は自分に何か意味を見いだせるだろうか。
「何ぼーっとしてんの? 早く私に大学を案内しなさいよ」
なぜか今日から、イザナミという少女が俺について来ている。トモヤのいた家から車で送られ、俺は大学に帰ってきた。
イザナミは綿シャツに黒いジャケットを羽織、下は先ほどと同じくホットパンツにタイツ姿だった。
「寒くないの?」
イザナミは、俺には笑みを浮かべない。
「寒くないわよ。私、神だもの」
会話を続けられない。この子と大学を通うことになるのかと思うと、そんなに気乗りはしない。いくら本を狙う人々から自分を護衛するとはいえ、愛想を良くしてほしい。俺はこのときに改めて本を捨てたいと思った。
「お腹が減ったわ、食事はどこでとればいいの?」
「神なんだから食事はとらなくていいんじゃないの?」
するとイザナミはムッとして俺を睨んだ。
「体は普通の少女なの! 食事だってとるでしょ、少し頭使ってよ」
俺はため息をついた。
俺はまず、少女を学食に連れて行った。少女はパスタを頼んだ。俺は何も頼まなかった。
「あのさ、お金くらい払ってくれる?」
「馬鹿言わないで、この前君を救ったのは私なのよ。食事くらい振る舞って当然でしょう?」
俺はバイトもしているので金銭的には余裕がある、一人で生活するには。しかしイザナミが無一文となると俺が諸経費に金を出さないといけないのか?
「恩に着なさいよ」
神話上でなんとなく想像していたイザナミの像が崩れていく。ある意味では人間味があるが、普通の人間よりも図太く感じる。
「大学に編入するならそのための費用はどうするんだ」
「それは先生が払ってくれたわ、もろもろの手続きもやってもらったし」
普通はこの時期に編入など認めていないと思うのだが、どうやったんだか。
「じゃあイザナミは何処に住むんだ。トモヤの家はここから随分と離れていたみたいだが、そこから通うのか」
彼女はパスタを頬張って、ゆっくりと飲み込んだ。
「そんな面倒なことはしないわ、近いんだし君の家に住むよ」
「はあ?」
冗談じゃない、あまりにも自分勝手だ。彼女がたとえ神だとしても俺の権利は存在するはずだ。確かに命を救われたかもしれない。でも俺の生活を奪うようならもう救ってはほしくない。
「悪いがそれはできない。トモヤにもそう言ってくれ。お前たちも分かってるだろうけど俺には両親がいないから、自分自身の生活で手一杯なんだ」
彼女はパスタを取る手を止めた。
「だから言ってるでしょ、本を狙う奴らから君を守るためだって」
「じゃあ俺の生活なんてどうでもいいって言うのか。ならこんな本、お前たちが奪っていってくれよ」
彼女は困った顔をした。
「じゃあ、何をすればいいの? 私はそれで『はい』って答えて、のこのこ帰ることなんてできないよ」
「それはこっちが聞きたいよ…」
彼女は俺の顔をじっと見つめる。少し真剣に考えてくれているようだった。
「……仕方ないわね。なら君が私を愛せば良いまで」
「え?」
彼女は呪文の詠唱を始めた。
「汝よ、私を慈しみたまえ……エウロペ!」
彼女は俺に人差し指を向けた。それだけで何かが起こったりはしなかった。
「あら、こんなにかわいい妹を放っておくつもり? 優くん、いや……英雄カドモス!」
俺はその瞬間、恐ろしい焦りに駆られた。なんとしてでもこの人を守らなければならない、何処からその感情が湧いてきているか分からなかったが俺は冷静さを失っている。
「……あ、あぁ…分かった。俺の家に住むといい、君を見捨てようとして悪かった」
彼女は満面の笑みを浮かべている。
「さすが美貌の王女エウロペね、効果抜群だわ」
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