第11話 複素八咫烏
「世界の均衡を保つ組織、と言うと少し語弊がある。もともと平穏をもたらしていたのは神々のおかげだからだ。この結社も神と人々との接触を図るためや現世で神の意志を遂行するために設立されたとしている。代々、神事に携わる人々の中で呪術的な力を授かった者だけが他言無用の契約のもとに入ることを許された組織だ」
トモヤのその真っ直ぐな眼差しを見ながら、俺は話を聞いた。
「だけど、その結社は突如姿を消したんだ。それから百年、構成員は一人も残っていないとされているんだけど、結社が守ってきた神具やこの世の真実の歴史は闇の中に消えたんだ」
俺は自分の本を眺める。表紙は革でできており、いつまでもその外質が真新しいままなのを俺は不気味に思っていた。
「その神具の1つが神の書、ってわけ。君の両親は複素八咫烏の構成員の子孫と言われていた。彼らは、その本も君と同じくらい必死に守ってきたのだろうと思うよ」
トモヤは柔らかな笑みを俺に向ける。
「君はまだ呪術的な力が開花していないようだ。もっともこのまま一生開花しないこともある」
俺の隣に座っていた少女が口を出す。
「あんたの持ってるやつが神の書だって言ってもね、神がわざわざその力を分散させてその書に収めたの。あなたはその書について何も知らない。それが呪術以前に、私が一番気に入らないことね」
彼女の言うとおり、俺はこの本について何も知ろうとしてはこなかった。怖かったのかもしれない、死んだ親から預けられた形見である、この本が。
「彼女の紹介をしてなかったね。驚くかもしれないけど彼女は列記とした神なんだ。多分、名前を聞いたら分かると思う」
俺は彼女の方に目をやる。黒い髪に黒い瞳、薄褐色の肌には自分より年下であり思春期にある女性のような艶がある。薄いピンクの唇は冷淡さなその美しさが表れていた。
「私はイザナミ、そんなに見ないでくれる?」
俺はとっさに視線を伏せた。
「彼女はわけあって、いや別にたいそうな理由もないけど僕を手伝ってくれている」
俺は現実味のないこの状況をあめり認めたくはなかったが、質問をすることにした。
「あの、さっきイザナミさんがトモヤさんを手伝ってくれていると言ってましたけど、トモヤさんは何をしているんですか」
トモヤは頷いて話し出す。
「僕は一度途絶えた複素八咫烏を復活させて、その役割をこの世に取り戻すために神からこの命をもう一度もらった。神の啓示を遂行するために派遣された天使みたいなものだ。もっともこの体にも実体があるし、空を飛べるわけでもないんだけど」
俺は呆気にとられる。俺を隣と目の前にいるこの二人は人間ではないのだ。
「……僕はもう死んだんですか?」
「馬鹿ね、頬をつねってみたら」
仮に死んでいたとして、それ相応の痛みは無いし、気分も特に悪くはない。
「僕はもう帰ってもいいですか。僕にだって生活はあります」
「それは少し待ってほしい」
トモヤは俺をなだめた。少女は脚を組んでつまらなそうにしている。
「君が持っているその本のことはもう察したと思うけど、とても危険だ。喉から手が出るほどそれを欲している奴らがいる。そいつらは手段を選ばない」
トモヤは席を立った。トモヤは背が高く、中肉中背ほどの体をしている。
「そこでだ、君の護衛としてイザナミをついて行かせる。たとえ何かあったとしても、イザナミが君を守ってくれるだろう」
俺はその言葉を理解できなかった。隣の少女はその言葉を聞いても、何食わぬ顔をしていた。
「自分で自分の身も守れないなんて、選ばれた人間としての自覚ぐらいは持ってほしいけど、先生の頼みなら仕方ない」
俺は席立ち後退りした。トモヤはにっこりとしていた。
「イザナミには君と同じ大学に通ってもらう。僕の能力で時や並行世界を操れば、イザナミがもともと君と同じ大学に通っていたっていうことにもできるんだけど、むやみに能力を使いすぎるのもよくない。彼女は編入ってかたちで君と一緒に大学生活を送ることになる」
少女は鋭い目で俺の表情を伺う。
「よろしく、マザコンくん」
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