第10話 招待
俺は少女と一緒にソファに座らされて、窓から差す日差しを眺めていた。机を挟んで反対側に、黒髪が目を隠しているが穏やかな瞳から好青年と見える男が立っている。男はセーターを着込み、部屋は寒い。彼は朗らかな表情で俺をもてなしているようだ。
「寒い部屋でごめんよ。コーヒーを淹れてくる」
男は部屋の奥へ向かう。白壁の部屋はどこか落ち着かず俺は少しどきどきしていた。少女は黙って俺の隣に座っている。綺麗な黒髪を肩に下ろしている。渋谷で倒れていた際の巫女の姿ではなく、綿シャツを着用して下はホットパンツとタイツで体のラインを見せていた。俺が見ていると鋭い瞳が俺を見返してきた。
「何見てんの」
俺はその一瞬で凍りついてしまう。そのところに男が帰ってきた。
「はは、イザナミは緊張してるだけだから許してやってくれよ。ツンデレって言ったら彼女は怒るけど要はそういうことだ」
少女の舌打ちが聞こえた。男は3皿のコーヒーを机に置く。コーヒーからは湯気が立ち上る。
「いきなりこんなところに連れてきて悪い。それに色々なことに君を巻き込んでしまった」
男は向かいのソファに座り、コーヒーを一口すする。優しい表情をして俺に微笑みかけた。
「でも君は昨日のことを覚えてないのか…」
「先生、私も覚えてないわ」
少女は男のことを先生と呼ぶ。男は少女に笑いかける。
「あの場にいたものは記憶を全員失ってしまったのだろう、巻き込まれた一般人もね。もっとも、少年がクリスマスを消さなければ皆死んでいたんだけど」
少女は首をかしげた。
「クリスマスって何のこと? それにこいつがそれを消したってどういうこと?」
「ほらね、この世からクリスマスが忘れられてるよ」
俺は状況を理解できない。とりあえず目の前に出されたコーヒーを一口すすった。
「クリスマスっていうのは12月25日のことで、キリストの生誕を祝う日のことだ。つまり実は昨日、そのキリスト教のお祭りだったんだけど少年がその概念をなくしちゃったってこと。クリスマスがなければ昨日の大惨事もなかったって考えたんだろ、もっとシンプルな解決法があったとは思うけどね」
少女はまだ頭をひねっている。俺もあんまり理解できていない。
「先生、キリストの誕生日がなくなったらこの世界に色んな不都合が生じるんじゃない」
男は悩みもせず質問に答える。
「いや、クリスマスは別にキリストの誕生日ってわけじゃなくて、キリストの誕生日に関して諸説がいくつもあったところを統合して、12月25日に祝おうっていうことになっているだけなんだ」
少女はあまり納得のいった顔をしていない。しかし俺にとって最も気になっている点はそこではない。
「………あの、ここって一体何処か教えてもらえませんか」
男は思い出したかのように目を見開いた。
「悪い悪い! お客さんを招くことはめったにないんだ。不安な思いをさせてすまない」
男は咳払いをする。
「ここは私たちの拠点だ、具体的な場所は特に定まってはいないけど日本国内ならある程度どこにでも行くことができる。神の書の能力で生み出している空間に私たちはいるんだ」
「……か、神の書って?」
男はあきれたように苦笑いをする。
「そこから説明が必要か」
俺は今になってこれが夢の中なのではないかと疑っている。だが男も少女もなに食わぬ顔で俺の方を見ている。
「神の書を与えられたくせに、神の書のことを知らないなんて……」
少女は俺を見下すようにボサッと呟いた。男からは昨日あった出来事についても話された。しかしそれが真実とは思えなかったし、彼らが俺を陥れているのではという疑惑をより深めた。
「そんな現実離れしたこと話されても、簡単に信じられると思いますか」
「そんな興奮しないでくれよ」
男は俺をなだめる。少し取り乱している俺をよそに、少女はコーヒーをすすっている。
「納得いかないです、僕を帰らせてください」
すると少女が口を挟んできた。
「ねえ、こんな初歩で自分の使命から逃げるわけ。この本はあんたの両親が与えたものなんでしょ」
「でも、俺の両親は死んでるし」
「じゃあ誰がこの本を持てっていうの、世界を滅ぼしかねないこの本を」
俺は何も言えず黙ってしまう。少女は冷たい口調で続けた。
「それを無責任って言うの。私はそれを持ちたくても持てないわ」
少女は俺の目を覗き込んでくる。体がのけぞってしまうほど、彼女の顔は近くにあった。
「あっ、なんかあんたにマザコンって言ったの覚えてるわ」
「は、はあ!?」
俺はそんなこと全く覚えていないし、言われる筋合いもない。
「まあ、君とこの本が出会った意味についてはゆっくりと考えればいい。多分、無理やり思い知らされるときがきっとあるとも思う」
男はそう言うと立ち上がった。
「まだ名乗ってなかったね、僕たちは“
俺は彼に名乗った覚えなどない。
「……
男は手を差し出す。
「ようこそ! 複素八咫烏へ」
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